3-11.ヒロイン不在で
「レーシア、こんなところで騒いでなにをしているのだ! カルティの言うことをきいて、部屋で待っているよう、言っていただろ!」
ライース兄様の押し殺した声が、あたしとカルティの動きを止める。
カルティの顔面が蒼白になる。
「ライース兄様!」
「部屋に戻りなさい」
怒っている。
ライース兄様がめちゃくちゃ怒っている。
この先の選択肢を間違えたら、親密度が爆下がりする警告表情だ。
「ライース兄様! お部屋にもどるまえに、これを……この絵本を、デイラル先生によんでいただきたいのです!」
「絵本?」
ライース兄様の眉がぴくりと跳ね上がる。
(……あ、怒らせてしまったかも)
それもそうだ。
お祖母様がとても珍しい奇病にかかってしまい、あと数日の生命だと宣言されたのに、のんびり絵本など……普通なら「ふざけるな」って怒るよね。
ヒロインはどうやって、この場面を切り抜けたんだったっけ?
……あ、ヒロインの方が身分が上だったから、強引に押したおし……じゃない『強引に押し切る』が通用したんだ。
あたしはライース兄様を見上げて、口をぱくぱくさせるが、言葉がなにもでてこない。
ライース兄様はしゃがみ込むと、絵本ごとわたしをぎゅっと抱きしめる。
(え? え? ええええ? どういうこと?)
「すまない。レーシア。こんなときにレーシアをひとりぼっちにさせてしまって。不安だろう。だけど、我慢してくれるか? 今は、とっても大事な時なのだ。おりこうにして、ひとりで……いや、カルティといっしょに、自分のお部屋で待っていてくれるかな?」
きゅっきゅっ、と抱きしめられ、頭に「チュッ」と、き、き、キス……をされたぁあああっ!
「え、え、絵本を……」
「うん。絵本は、また今度だよ。読めない文字があるのなら、カルティに尋ねるといい」
そしてまた頭に「チュッ!」だ!
体温がみるまに上昇し、頭の方に血がのぼっていくのがわかる。
心臓がドッキン、ドッキンと煩い。
だめだ。
ここで、鼻血はだめだ。
ライース兄様のフェロモンに抵抗しなければ!
思い出すんだ!
穏やかな転生ライフを満喫するための三箇条改め五箇条の内容を!
出血厳禁。
気絶回避。
ここで出血気絶したら、間違いなく、なにもかもが終わってしまう。
『キミツバ』のコアユーザーでなくともわかることだろう。
「だ、だめです! 絵本は! 絵本は! デイラル先生じゃないとだめです!」
外見六歳児の特権か、はたまたフレーシアのもともとの設定なのか、あたしは大声で泣き始めた。
それこそ、火がついたように泣きながら、「デイラル先生!」と叫びつづける。
「レーシア!」
「お嬢様!」
泣き始めたあたしの背中を優しく撫でながら、ライース兄様はあたしを抱き上げる。
「仕方がない。お部屋に送ってあげるよ。絵本はおれが読んであげるから、もう寝ようか。今日は色々とあったから疲れただろう」
「ちが――う! デイラル先生っ!」
「デイラル先生はお忙しいんだ。先生のお仕事の邪魔をしてはいけないよ」
ライース兄様の優しい声が耳元で聞こえたと思ったら、ふわふわとした浮遊感が加わる。
カツ、カツ、カツ……というライース兄様の足音と、それを追うカルティの足音。
お祖母様の部屋の扉がどんどん遠ざかっていく……。
だめだ。
だめだ。
このままだと、あたしはお部屋に連れ戻されてしまう。
そしたら……どうなっちゃうの!
だめだ。
このままでは、氷結晶病の治療薬を完成させることができなくなる。
やっぱり、この時点では氷結晶病の治療薬は存在してはいけないものなの?
シナリオ通りに本編がはじまるまで、バなんとかは発見されない……ということなの?
違う。
違うよね。
だって、こうして、あたしが生きているんだもん。
外見六歳児のひ弱なあたしにできることは限られている。
だったら、限られていることを全部やってやろう!
モブにすらなれなかったモブのしぶとさを思い知れ!
まずは…………。
暴れる!
「いやです! 部屋にはもどりません!」
「コラ、レーシア! おとなしくするんだ。危ない!」
結果、ライース兄様の動きは止まったが、ぎゅうぎゅうと抱っこされる力が強くなり、動きを簡単に封じられる。
だったら…………。
叫ぶ!
「デイラル先生! デイラル先生! でてきてください! おはなしがあります!」
「ちょ、レーシア!」
ライース兄様がうろたえ、慌ててここから離れようとする。
負けてられない…………。
泣き叫ぶ!
「デイラル先生! デイラル先生! あたしのおはなしをきいてください!」
再び号泣しはじめたあたしに、ライース兄様がうろたえる。やった! ライース兄様の動きが止まった!
まだだ!
まだ、デイラル先生は、まだでてこない。お祖母様の部屋の中だ。
こうなったら…………。
最後の手段!
「キャ――! たすけてぇぇぇぇっ!」
あたしの金切り声が屋敷中に響き渡る。
これは使いたくなかったが、そうもいってられない。
「レーシア! いいかげんにしなさい!」
ついにブチ切れたライース兄様の怒声も屋敷中に響き渡る。
「キャ――! たすけてぇぇぇぇっ! いやぁぁぁぁぁ――っ! キャ――!」
子どもの叫び声は予想以上によく響く。
びっくりするくらい響いた。
あれ?
この独特な金切り声……どこかで聞いたような?
なにかのアニメで聞いたような気がする?
……って、今はそんなことを考えている場合じゃない。
もう、そろそろネタ切れだ。
とにかく、叫びまくって、暴れまくって、デイラル先生に気づいてもらう!
と、扉が開き、大人たちがわらわらと部屋からでてきた。
「坊ちゃま! いかがなされました!」
「今の声は!」
爺やや使用人たちに混じって、フサフサした白髪に、立派な白いひげを蓄え、モノクルをかけた皺だらけのお爺さん……デイラル先生もいた。
「デイラル先生!」
(今だわ!)
扉の方に気をとられているライース兄様の顎に、あたしは思いっきり頭突きをくらわす。
「ぐふぅっ……」
渾身の頭突きが見事に決まり、ライース兄様の拘束がゆるむ。
そのすきにあたしはライース兄様の腕の中からすべり降りると、そのままデイラル先生の方へと駆け寄っていった。
惚れ惚れするくらいの素早さだ。
前世を思い出した頃のガリガリなあたしではない。
この世の飲み物とは思えない、激マズおくちゅりを一日三回服用している今のあたしはそれなりに体力もついてきた。
体力がついてきたからわかる。
フレーシア……なかなかの運動神経の持ち主なのだ。
他の大人たちは、あたしの令嬢らしからぬ破天荒な行動を、唖然とした顔で見送るだけである。
「デイラル先生! デイラル先生!」
「フレーシアお嬢様、どうされたのですか?」
あたしは涙を浮かべながら、デイラル先生を見上げる。
「デイラル先生! この絵本を読んでください!」
そして、手に持っていた絵本をデイラル先生に見えるようにめいいっぱい掲げる。
デイラル先生の目が、驚いたようにまんまるになった。
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