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1-5.チビカルティ

「まずはお水……」


 と、カルティは言いながら、顔を動かして、入口付近の水浸し状態を再認識する。


 己がしでかしたことに絶句するが、なにごともなかったかのように、あたしの方に向き直った。


 ……見なかったことにしたいのだろう。


 水の入ったガラスの水差しとコップが、絨毯の上で派手に粉々になって、砕け散っているのだ。


 片付けるのが大変そうだ。

 現実逃避したい気持ちはわかる。


「お水が……ありませんね。汲んでこないと……。そ、それよりも……大奥様にお知らせ、いえ、まずは、お医者様をお呼びして、ああ……ライース様にもお知らせしないと……。旦那様にも……。そんなことよりも、なにか、お腹に入れたほうがいいのでしょうか……」


 涙で濡れた顔をゴシゴシと拭いながら、カルティはブツブツとひとりごちる。


 目がちょっと遠くを見ている。

 なんか、変なスイッチが入ってしまったようだ。


「ちょ、ちょっと……落ち着こう、落ち着いて、カルティ。まずは、深呼吸を……」

「とりあえず、医者ですね」


(…………ああ)


 残念ながら、あたしの声は、カルティには聞こえていないようだ。


 あたしの前世の知識と今世の記憶が間違いなくシンクロしていたら、現在のカルティは八歳。


 大人のカルティはちょっとぶっ飛んだ危ない系のイケメンだったが、今は、ただの少年侍従でしかない。


 前世を思い出したあたしは……おそらく……今世プラス前世の年齢を足すと、三十歳を突破する。

 あたしの方が精神年齢は上だ。


「カルティ……。まずは、お祖母様にお知らせして、医者の手配は、爺やがやってくれるから。カルティは考えなくても大丈夫。それよりも、メイドに言って、入り口にあるガラス片を片付けてもらって……」

「……お医者様を呼んで参ります!」


 チビカルティに……あたしの指示は見事に無視される。


 まあ、もともと、お祖母様の言うことしか聞かない子だったけどね……。


 カルティのキャラ設定では、――純粋だが、少し思い込みが激しいところがある。一度、こうだと信じると、他人の言うことを拒絶する傾向にある――というのがあった。


 そういうキャラ設定だから、カルティ・アザは、『ゲーム』では黒幕の言葉にころっと騙される。


 黒幕やら周りの人間にいいように利用されて、カルティ・アザは、命がけの危険なコトばかりやってた。

 なのに、やばくなったら裏切られて、簡単に死んじゃうんだよね……。


 さらに悲惨なのが、自分が騙され利用されていた……ということに気づかずに死ぬパターンが八割以上ときたものだ。


(すでにこの年齢から、その設定が生きているの……?)


 夢のような現実に、頭が痛くなってきた。


(間違いない。あたしは……乙女ゲームの世界に転生したんだ)


 自分自身を落ち着かせるためにも、現状を分析し、心の中で呟く。


(あたしは、乙女ゲームの世界に転生した。ゲームの内容を少しずつだけど、思い出しつつある……)


 見た目は小学生だけど、中身は結婚していてもおかしくはない大人だ。


 ここは、冷静に、慎重に対応して、順風満帆な楽勝転生スタートダッシュといきたいところだ。


 いきなりあふれ出たカルティ・アザの情報量には脳がびっくりしたが、それも時間の経過とともに落ち着いてきた。


 ふかふかのベッドに横になり、カルティにさらりとした肌触りの気持ちの良い掛け布団をかけてもらう。

 う――ん。前世で使っていた掛け布団よりも高級だ。


 カルティ・アザのあたしに対する態度は、お祖母様への献身ぶりと比べると温度差はあるが、仕事はきっちりとしている。


 お祖母様がカルティに直接頼んだということもあって、あたしのことが気に入らないからといって、わざと手を抜いたり、嫌がらせをしたりはしない。


 そこは評価すべき点だと、あたしは素直に思う。


 色々な物語の世界でも、前世でも、嫌がらせをするヤツや、ヒトが見ていないところでは仕事の手を抜くヤツがごまんといたんだから……。


 カルティは陰気な少年ではあるが、あと十年もすれば、腐女子を惑わすイケメンに成長するということがわかると、印象も変わってくる。


 現金なもので、心に傷を負ったミステリアスなキャラと思えば、納得できなかったことも我慢できるようになるのだ。


 これぞ、腐女子スキル。物事を歪めてとらえることは大得意だ。


 未来の美形キャラに世話をされ、あたしはゆっくりとではあったが、自分の状況を客観的に眺めることができはじめる。


 カルティの年齢と季節からして、キャラの過去やら、裏設定を知るシークレットエピソードが発生する時期の可能性が高い。


 第一部でも第二部でも、カルティには散々な目にあったので、それほど思い入れのあるキャラではなかったが、あわよくば、シークレットエピソードを、陰からコッソリこの目で見ることができるかもしれない。


 これは、メチャクチャラッキーな展開なのでは?

 推しキャラのタペストリーが消えたとか、抱きまくらがない、とか言っている場合じゃない。


 そんなことを考えると、なんだか胸がドキドキしてきた。


「お、お嬢様……、お顔が真っ赤ですが、また熱が?」


(いえ、違います。ちょっと、これから起こることを妄想して、心拍数がとんでもないことになっているだけです……) 


 腐女子の心を知らないカルティは、青ざめた顔で、わたしをのぞきこむ。


 泣いたり、心配したり、怯えたり……まだ成人していないカルティの表情は、忙しくコロコロとかわる。


 これはこれで、可愛い。

 オネーサンの『護ってあげたい』心理を巧妙に刺激してくる。


 さすが、腐女子たちから金を搾り取れるだけ搾り取るゲームの看板キャラだ。

 ……と、あたしは痛感した。


「お嬢様、失礼いたします」


 カルティとの距離がさらに縮まる。


(やだ、めっちゃ近い! すごい、アップ! ど、ど、どうしよう)


 緊張のあまり、身体が硬直する。


 あたしは寝台で横になっているので、上からカルティがあたしを覗き込むような態勢になる。 


 いつもは下ばかりを見ているカルティの顔を、あたしは真正面から見上げることとなった。


(な、な、なにが……)


 これから、なにがはじまるというのだろうか!


 ゴクリ…………。


 ゆっくりとカルティの手が動き、あたしの額の上に置かれた。


 あたしの額に置かれたカルティの手は、ひんやりとしていて、とても気持ちがよかった。


 まだ大人になっていない、小さな手だ。

 でも、毎日欠かさず剣の練習をしているせいか、手のひらはマメが潰れて固くなっている。ゴツゴツしていて硬い。カルティの努力が感じられた。


(な、な、生カルティが、あたしの額に手を置いている)

 

 ど、ドキドキが止まらない……。


 大きな声で叫びたくなるのを、歯を食いしばって、あたしは必死に耐える。


 叫び声は、なんとか我慢できた。


 だが、ため息までは、無理だった。


 あたしは目を閉じ、おもわずほうっと、息を漏らす。


 前世を思い出したばかりだが、もう、このまま昇天してしまっても、悔いはないだろう。


 感動のあまり身体が震える。


(ああ……これは……)


 おでことおでこをコツンとあわせて、熱がないかを確認する……という胸キュンイベントの『不発パターン』ではないだろうか!


 カルティとあたしの親密度が低かったせいで、『手を額に置く』で終わってしまった……。


 それでも、素敵な瞬間でした!


 腐女子の神様ありがとうございます!


「熱はないようですが……」


 あたしの額と首筋に軽く触れて、体温を確認しつつ、カルティは首をかしげる。


「さきほどにも増して……お顔は真っ赤になってきていますし、目も、なんだか潤んできましたね……」

「そ、そんなことは……」


(ないとはいえないが、カルティは完全に勘違いしていることはわかっている)


「やはり、まだ具合が悪いのですか? 寒気がするのですか? 震えていらっしゃいますね」


 カルティは機敏に動くと、あけ放たれている窓を閉めようとする。


「い、いや、カルティ……これは、大丈夫だから。顔が赤いのは、熱のせいじゃないから! 窓はそのままで!」


 あたしは思いっきり、カルティの言葉を否定する。


 避暑地とはいえ、窓を閉められたら暑くてたまらない。


 が、カルティはあたしの言葉を無視してさっさと窓を閉めてしまうと、様子をもっとみようと、ぐいぐいと近づいてくる。


(ち、ちかい、近いぃぃ!)


 スマホやパソコンの画面越しで見慣れているはずの顔――ずいぶん幼いけど――が身近に、息遣いまでリアルに感じられる。あたしの心臓は限界点に達してしまいそうだ。

 イケメン予備軍を目の前にして、興奮しているなんて……口が裂けても言えない。


「これから高熱がでる前兆かもしれません」

「だ、大丈夫だから……」


 攻略キャラの悩殺オーラをまともにくらってしまい、頭の中がくらくらしてきた。


 ちょおっっっと待ってください!


 これ以上、やりとりをしていたら、本当に、熱がでてしまいます!

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