3-10.凍える森の眠り姫
あたしが今、必死になって探している棚には、ライース兄様があたしのために本邸からとりよせた絵本がぎっしりと詰まっている。
この世界の文字はミミズがうごめいているような文字だが、ローマ字のヘボン式表記とばっちり重なったので、頭脳がトータル三十路前のあたしは、苦労せずに読むことができる。
伝承か創作かはわからないが、絵本よりも、もっとこの世界の背景などがわかる実用的な本を読みたかったのだが……。
ライース兄様のチョイスは絵本だった。
絵本も薄い本には違いないが、私が求める薄い本ではなかった。
しかし! 穏やかな転生ライフを満喫するための偽装工作も必要である。
あたしは「つまらない」と思いながらも、ライース兄様と絵本についての会話にも滞り無く対応できるよう、ひととおり目を通していた。
その中の1冊をあたしは探す。
「あった! これよ!」
お目当ての本が見つかり、急いで棚からひっぱりだす。
表紙にはミミズ文字で『凍える森の眠り姫』とある。
ちょっと、切り絵風なタッチの、太い線で描かれた絵本だが……大丈夫だろうか?
この絵本は……ヒロインが大好きだった話だ。
避暑地は生憎の雨となり、外出できなかった日。
時間つぶしで書庫の本を眺めていたヒロインが、本棚からその絵本を見つけ、懐かしむ……というストーリーだ。
そして、それは……氷結晶病に倒れたライース兄様の異母妹――あたしの異母姉――を救うヒントとなるのだ。
ちなみに、雨の日に『書庫で読書』ではなく『サロンで会話を楽しむ』を選択していたら……ライース兄様の異母妹は氷結晶病で死んでしまう。
そして、妹の死に自暴自棄になったライース兄様も自殺してしまう……という、わけのわからないバッドエンドとなる。
いくら、弟や妹を大事に想っていたという設定だったとしても、ちょっとそれは強引すぎると思う。
が、ゲーム中のライース兄様は、弟や妹が死ぬと、すぐに病んでしまって、後追い自殺をするのでとても困った。
とにかく、このイベントは中盤の山場として運営も力を入れていた。
とにかく、分岐点だらけで、あっという間に『巻き戻しの砂時計』を消費してしまう。
今までは『巻き戻しの砂時計』をひとつ消費するだけで、間違った分岐点にまで戻れていた。
しかし、このイベント以降、間違ったルートを選んだ後にもダミーの分岐点が続くようになった。
そして、バッドエンドになると、間違い分岐点から再プレイするには、ダミーの分岐点の数も含めた個数の『巻き戻しの砂時計』が必要となったのである。
ログインボーナスやフレンドギフトで『巻き戻しの砂時計』をばらまきすぎた結果、『巻き戻しの砂時計』のインフレ現象が発生したのだ。
分岐点が多すぎて、自力クリアとなると、かなりの数の『巻き戻しの砂時計』を必要とする。
今まで自力でプレイしていたユーザーも、この頃から攻略サイトにアクセスしたり、掲示板に質問してゲームをすすめるようになる。
鬼畜イベントのはじまりともいえるイベントだ。
あたしも豆吉さんの攻略サイトにはお世話になったし、ヘビーユーザーさんたちと情報提供の交流が始まったのも、このイベントあたりからだったと思う。
豆吉さんの攻略サイトが充実しはじめたのも、このイベントがきっかけだ。
まあ、そのぶん、イベントをクリアしたら、そのキャラとの親密度はとてつもなく高くなり、この先の攻略がとても楽になるのだが……。
って、またどうでもよいことをたくさん思い出してしまった。
あたしの記憶、どうなっちゃってるの!
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あたしはドキドキしながら、『凍える森の眠り姫』の表紙をめくる。
『凍える森の眠り姫』
森の奥の古城に、ひとりの美しい姫が眠り続けていた。
姫の身体は氷のようにカチコチに固まっていて、何十年、何百年と眠り続けていた。
ある日、森の奥に迷い込んだ王子様が古城を発見し、眠り続ける姫を見つける。
王子様はおつきの魔術師に命じて、回復魔法を唱えさせるが、姫は眠り続けたままだった。
魔術師は王子様に語る
「この姫様はまるで氷のように冷たい。結晶のようにかたくなってしまっております。この氷を溶かし、結晶を砕くには、遠き地に咲く、奇跡の花の蜜を飲ませるとよいでしょう……」
魔術師の言葉を信じた王子様は、奇跡の花を探す旅にでかけ、花を手に入れる。
そして、花の蜜を眠り続ける姫に捧げると、姫は長き眠りから目覚め、姫は王子と共に末永く幸せに暮らしました……。
「これだ! この花! この青い花だ! デイラル先生――!」
あたしは絵本を抱え――今度はちゃんと書庫の扉を開けることができ――部屋を飛びだした。
「お、お嬢様!」
カルティのあたしを呼ぶ声が聞こえたが無視だ。
階段を駆けのぼり、お祖母様の部屋へとあたしは向かう。
そう、ヒロインは、この絵本の内容を思い出し、医者に絵本を見せるのだ。
絵本はあくまでも作り物の物語り。
だけど、昔の伝承を物語りにアレンジしたものだってある。
眠り姫の症状と、氷結晶病の症状はとてもよく似ている。
だったら、魔術師の語る『奇跡の花の蜜』が氷結晶病の治療薬になるかもしれない。
とヒロインは推理したのだ。
医者は絵本に描かれていた花の絵を見て、この花がなんの花なのかを言い当てる。
花の名前がわかれば、ライース兄様がその花の生息地を知っており、ヒロインと一緒に花を探しに行って……そこで親密度がドッカ――ン、と、アップするラブラブイベントが発生するのだ。
あ、もちろん、ライース兄様の異母妹は、そのバなんとかっていう花の蜜で回復する。
きっと、お祖母様もそのバなんとかの蜜を飲めば、氷結晶病も治るはずだ。
まずは、デイラル先生に絵本だ!
ちょっと息が苦しくなるが、あたしはがんばって走る。
カルティがあたしの後を追ってくる。
「お嬢様、お部屋にお戻りください。お部屋に戻りましょう。この先は、大奥様のお部屋です! 怒られますよ!」
「ウルサイ! お祖母様がたいへんなの!」
あたしを追い抜いて前に回り込んだカルティは、両手を広げてたちふさがる。
カルティはあたしよりふたつ年上だ。
この年齢差は地味に痛い。
難攻不落の壁のように、あたしの目の前でとうせんぼしている。
「カルティ! じゃまです!」
「お嬢様、お部屋に戻りましょう。皆様の邪魔になります」
「いやです。この絵本をデイラル先生にみてもらうのです」
「お嬢様! 落ち着いてください」
「どきなさい!」
お祖母様の部屋は目と鼻の先なのに、カルティが邪魔をして先に進めない。
カルティとしたら、私に掴みかかってでもこの場から退散したいのだろうけど、使用人の身分では、あたしに触れることにためらいがあるようだ。
ふたりして廊下で言い争っていると、お祖母様の部屋の扉が開いた。
「うるさいぞ。なにごとだ!」
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