3-9.要注意人物
ライース兄様が応接室をでたところで、デイラル先生を部屋に送り届けた爺やとばったり出会う。
「ゲインズ、レーシアに夕食を用意してやってくれ」
「わかりました」
「ライース兄様、あたし、しょくよくはありません」
と、答えたそばから、あたしのお腹が「きゅるるうぅ」と音をたてる。
ライース兄様が微笑む。
いや、笑わないで! 本当に、食欲なんてないんだからね!
ライース兄様は片膝をつき、あたしの目を真正面から覗き込む。
「わかっているよ。お祖母様が心配で、食事どころではないだろう。だけど、パンだけでも、スープだけでもいい。軽めのものでいいから、とにかく、食べられるときに食べておかないと。レーシアが倒れたら、デイラル先生のお仕事が増えてしまうだろ?」
頭をなでなでされながら、ゆっくりとした口調で言い聞かされる。
確かに……ライース兄様のおっしゃるとおりです。
反論の余地もございません。
「おれも父上に知らせを送ったら、食事をするから、軽めのものを用意しておいてくれ。デイラル先生の食事もだが……。先生がお祖母様の部屋での食事を望まれたら、そのように取り計らうように」
ライース兄様の指示は的確だ。
「お祖母様のことが心配で落ち着かないだろうが、屋敷のみなにもしっかりと食事はとるように伝えておいてくれ」
「承りました」
爺やが深々とお辞儀をする。
「カルティ」
「はい」
「レーシアとの同席を許す。一緒に食事をとってやってくれ」
ライース兄様の指示に、みんな目をまんまるにして驚く。
カルティ本人もびっくりしているようだが、爺やなんか、露骨に嫌そうな顔をしている。
いや、わざと顔を顰めて、ライース兄様の指示に難色を示しているのだろう。
使用人と一緒に食事など、爺やにしてみれば許されることではないだろう。
「カルティ、レーシアをひとりにはしないでほしい」
「承知いたしました」
「…………わかりました」
ライース兄様の意図を悟ったふたりは、深々と頷く。
爺やなど、ライース兄様の采配に感動しているみたいだ。
使用人や、ちっこいあたしにまで気を配るとは、流石はライース兄様である。
ゲームではそんなシーンもそぶりも全くなかったのだが……。
もしかして、ライース兄様の性格、ちょっと変わってしまったのかもしれない?
ライース兄様は書斎へ。
爺やは調理場へ指示をだしに。
そしてあたしはカルティと一緒に食堂へと向かう……。
同じテーブルでカルティと一緒にディナー?
ライース兄様とは母親が違うとはいえ、兄妹関係なので当たり前だったのだが、これってもしかして……トキメキお食事イベントなのだろうか?
食事中になにか起こるのかも……ってドキドキ身構えてたんだけど、特に、普通の夕食だった。
ライース兄様の指示通り、喉越しのよいあっさりとしたメニューだった。
ここのシェフは優秀だね。
そのあっさりめの夕食をあたしとカルティは淡々と、会話もなく無言で食べる。
カルティは立派なテーブルと椅子に緊張したのか、お祖母様が心配なのか、食料を口の中に入れて嚥下するという動作をひたすら繰り返しているだけのようだった。
このような大変なときだというのに、食事の後には、デイラル先生の『超激まじゅおくちゅり』が忘れずにでてきたのには……びっくりしてしまった。
(まじゅい――! まじゅい――! 今日もあいかわらずやっぱりまじゅい――!)
生理的涙をだばだば流しながら、あたしはデイラル先生の『超激まじゅおくちゅり』をごっくんと飲み干し、食事を終える。
ライース兄様は……どうやら、本邸の方から親類縁者がかけつけたらしくて、その対応をしているらしい。
ゲームだったら各地を放浪していたはずのライース兄様が、ここでは領主の長子として、しっかりとお仕事をしていらっしゃる。
これがよいことなのか、悪いことなのか、全くあたしにはわからなかった。
薬を運んできた爺やから、食事の後は自分の部屋に戻って、大人しくしているようにと言われてしまった。
そして、カルティには、あたしの側にずっといるようにと命じている。
あたしって、そんなに要注意人物なのかな。心外だ……。
爺やはライース兄様の命令で、あたしがちゃんと薬を飲み終えるか見届けにきたようだ。
こんなときでもあたしの薬を忘れないなんて……ライース兄様はしっかしりしすぎている。少しくらいうっかり忘れてくれてもいいのに。
その爺やも色々と忙しそうだ。
あたしが泣きながら薬を飲み終えると、空になったコップと一緒に爺やは慌ただしく食堂をでていった。
耳をすませば、静かではあるけど、屋敷の中は大勢の人の気配がして、なんとなく空気がざわついている。
ますます『お祖母様ご危篤!』っぽい雰囲気だ。
あたしは口直しのバニラアイスクリームを味わいながら食べる。
(オイシイ!)
がんばって、がんばって、改良させて、ついに、前世の記憶と同じくらいの味になってきた。
そう、この深みのある甘くて濃いバニラの味!
もちろん、この世界にバニラはなかったので、それに似た香料を探してもらって……。
ん?
バニラ?
最後の一口を食べ終わると、あたしはスプーンを口の中にくわえたまま、首を傾ける。
バニラ……?
そういえば、氷結晶病に効く薬草はバ……なんとかといって、響きがなんとなくバニラに似ていたような?
そして、薬草の花も、バニラの花そのまんまっぽい……とか、SNSや攻略サイトの掲示板で話題になっていたような?
「お嬢様?」
動きを止めてしまったあたしに、カルティが遠慮がちに声をかける。
「そうだ!」
あたしは叫ぶと、次の瞬間には椅子から飛び降りていた。
「お、お嬢様!」
カルティが驚いたような声をだす。
「絵本だ! 絵本! ……『凍える森の眠り姫』だ!」
「はい? 絵本? ……ち、ちょっと! お嬢様! どこへいかれるのですか!」
走り始めたあたしをカルティが慌てて追いかけてくる。
それにかまわず、あたしは猛ダッシュで、1階にある書庫へと向かった。
扉を開けて書庫の中に……入ろうとするのだが、扉が重くて動かない。
なんて非力なんだ!
デイラル先生の超激まじゅおくちゅりでは、筋力はアップしないのか!
「お嬢様、どうされたのですか?」
書庫のドアノブをガチャガチャいわせて、うんうん扉を押しているあたしにカルティが声をかける。
「中に入りたいの! カルティ開けてちょうだい!」
「わかりました」
不思議そうにしながらも、カルティはドアノブを握り、扉を自分の方へと引き寄せる……。
あ、押すのではなく、引くのか……。
いつも開けてもらってばかりいたから、失念していた。
あたしは書庫の中へと転がり込むと、一番手前にある本棚の下段を必死になって探し始めた。
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