3-2.ライースガチャ
いや……お父様がこんなに早く到着したのは、ライース兄様がお父様に知らせた内容が『あたしが池に落ちて危篤』だったからだろう。
用意されたシナリオどおりの『あたしが池で溺れて死亡』だったのなら、お父様は出立前に仕事の引き継ぎやら色々と手配をして、王都を出発する時期も遅くなっていただろうし、到着までに時間がかかったに違いない。
それで間違いない。……と思う。
本来のシナリオ通りにすすんでいたのなら、お父様の到着は、どんなに早くても十日。二週間はかかったんじゃないだろうか。
であったら、『ライース・アドルミデーラ 真夏の静養地編』と『カルティ・アザ 晩夏の別離編』がうまい具合にリンクする。
それにしても……通常は一ヵ月の時間をかけて移動する距離を、本気をだしたらたったの五日。
お父様の本気はすごい。
「ライース兄様もおーとからここまで、五日でとうちゃくすることができますか?」
「いや。無理だ」
なんと……驚きの即答だった。
後で知ったのだが、お父様が領主特権で指定した名馬を乗り継ぐとか、夜の街に乱入するという荒業が、ライース兄様にはできないから「いや。無理だ」の返事だったらしい。
名馬を乗り継ぐことができたら可能とのこと。
そうですよね。
ライース兄様はハイスペック攻略キャラですもんね。
それくらいのこと簡単にやっちゃいますよね……。
それにしても、お父様ってば、すごすぎます。
それについてきたという、最後のひとりもすごい人なんだろう。
もしかしたら、ゲームに登場するハイスペックキャラなのかもしれない。
(護衛の人って、ライースガチャのキャラかもしれない)
なぜか『キミツバ』では、ストーリーの中盤からガチャシステムが導入されたのだ。
正式には『協力者ガチャ』という名称だったのだが、ユーザーたちは『ライースガチャ』と呼んでいた。
協力者たちというのが、ライースが放浪していた期間に知り合った才覚あふれる優秀な人たちという設定なのだ。
その人物たちを王都に呼び寄せるという名目で、ガチャでキャラを引き当てるという……。
もちろん、美麗イラストとスペシャルボイスでユーザーを釣り上げる課金ガチャだ。
出現率もギリギリにまで絞られ、金も搾り取られ、百連ガチャになると、お目当てのキャラは最後にしかでてこない……という、定番のお金ホイホイだ。
特別イベントのたびに、そのイベントクリアに必要不可欠な新しいキャラが登場し、それを引かないことには、イベントのエンディングスチルと詳細が開放されないという残酷仕様だ。
ライース兄様が他のキャラに比べて強いといわれたり、バッドエンドで国を滅ぼすことができるのは、この強力な協力者たちのおかげ……ということだ。
いくらライース兄様がハイスペック設定のキャラとはいえ、人外を超えた存在ではない。
一応、ライース兄様は人間扱いされている……というか、登場キャラは全員人間なので、ひとりで神のごとく荒れ狂って荒野にしてしまうとか、空から隕石を降らせて国を滅ぼすという展開ではない。『キミツバ』はそんな便利魔法が横行する世界設定ではないのだ。
地味に、普通に人海戦術でやっちゃうわけだ。
これだけ協力者がいたら、国ぐらいほろぼせるでしょ……というわけだ。
サブキャラのなかでは、ハイスペックで重要キャラのお父様にくらいついてこれるくらいの人物となると、その最後のひとりの護衛とやらは、ガチャキャラだとスーパーレアかアルティメットレアクラスじゃないだろうか。
その最後のひとりが誰なのかすごく気になったが、ライース兄様に質問するのはなぜか躊躇われた。
よくわからないけど、あたしの腐女子本能が危険だと告げている。
ここは野生の勘、腐女子の神様からの啓示を信じるべきだ。
「父上が子どもたちのことで、あれほど慌てられたのは……あのときが初めて……だと思うよ」
勉強の途中だというのに、ライース兄様はあたしを膝の上に載せながら、お父様がこの別荘地に駆けつけたときのことを詳しく教えてくれた。
あたしが池に落ちてから五日後の昼過ぎに、お父様は別荘の玄関扉を蹴破るような勢いで到着した。
そのときのお父様は、無精髭が生え、髪は乱れ、息も絶え絶えで、睡眠も最低限しかとっておらず、目の下にはクマができていたそうだ。
メイドたちはお父様の鬼気迫る表情に悲鳴をあげ、最初、お父様だとわからなかったらしい。悲鳴をききつけた警護の兵士がかけつけ、屋敷は大騒ぎになったそうだ。
あたしが危篤という知らせに、よほど慌てたのか、動転したのか、お父様がはめていた手袋は、左右のデザインが違っていたらしい。
シャツのボタンもふたつほどズレていたとか……。
そして、最後のひとりとなった護衛は、お父様が別荘に到着するのを見届けると、玄関で気絶してしまったという。
どうやら、あたしは色々な人に迷惑をかけてしまったようだ。
「お父様は、あたしのことを、たくさん、しんぱいしてくださったのですね」
「ああ。そうだな。でも、以前からもっと、注意してくださっていれば、あのようなことには……」
と呟いたライース兄様は、ちょっと悲しそうな顔をしていた。
おそらく、このときのライース兄様は、年明けに死んでしまったあたしの双子の弟のことを思い出していたんだろう。
お父様が慌てたのも、ライース兄様が過保護なのも、弟につづいてあたしまでもが死んでしまう……って思ったからかもしれない。
これは大事なことなので、もう一度、おさらいしよう。
豆吉さんも言っていた。
「いくつかのイベントが錯綜してわからなくなったときは、メインキャラを軸に、状況を単純化する。そして、整理する。そうすれば、選択肢が見えてくる」
……って。
今は秋だ。
あたしはまだ生きている。
お祖母様は……ぴんぴんとは言えないが、しっかりと生きている。
むしろ、あたしをアドルミデーラ家の侯爵令嬢としてふさわしいレディに育てるまでは、とてもじゃないけど死ねないと言っているくらいだ。
ライース兄様はなぜか放浪の旅にでずに領内にとどまり、あたしに色々なことを教えながら、素直に領地の仕事を手伝っている。
お父様はカルティを追放しなかった。
カルティは烙印を押されなかったし、背中に鞭の跡もなければ、右目を負傷することもなかった……。
豆吉さん……整理したけど、選択肢は見えてきません。
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