2-18.馬に初めて乗る六歳児
ローマンともう一頭、栗毛の馬が馬小屋からだされる。ローマンの方がこう……凛々しい感じがするのだが、栗毛の馬もカッコイイ。ミリガンとは違う。
栗毛の馬はセンチュリーという名前らしい。
カルティと中年の厩番が鞍や手綱の準備をしてくれて、あっという間に乗馬の準備が整った。
ローマンとセンチュリーという二頭の迫力ある美しい馬を前にして、あたしは言葉もなくただ棒立ちになる。
こうして改めて外で見ると、馬って……大きい。
イメージしていたよりも、脚が太く、がっしりとした体型をしているので、余計に迫力があった。
馬に蹴られてどうこうというのがあるが、たしかに蹴られでもすれば、ちっこいあたしなら即、あの世に旅立ってしまうだろう。
池で溺れて死亡が、馬に蹴られて死亡……ってことにはならないよね?
一応、まだ夏だし。
用心した方がいいだろう。
あたしはさりげなく馬から距離をとる。
「怖いか?」
ローマンとセンチュリーを交互に撫でながら、ライース兄様がからかうような口調で尋ねてくる。
「こ、怖くなんかありません! おうまさんが、ライース兄様みたいに、とっても、き、キレイなので、びっくりしただけです!」
「……キレイ?」
「真っ黒なおめめが、とても、きれいです!」
そう。
二頭ともとてもおとなしく、かしこそうな目をしている。つぶらな黒い瞳がとってもキュートだ。
顔を真っ赤にさせて反論するあたしを、ライース兄様は軽く笑う。
補助なしで軽々とローマンの背にまたがると、あたしにむかって手を差し伸べる。
う、馬に乗るライース……か、かっこいい……。
踏み台を使うが、それでもライース兄様の手に届かず、あたしは厩番に抱っこをしてもらって、ライース兄様の前に座る。
視界がぐんと高くなり、今まで眺めていた風景が一気に変わった。
二人乗り用の鞍にちょこんとおさまると、腕が前に回され、背後からライース兄様に抱きしめられる。
こ、これは……大好きな彼と馬に乗るイベントが発生した!
いかん!
ぼーっとしてたらまた鼻血がでてしまう。
そうなったら、乗馬訓練がなくなってしまう!
「レーシア? 大丈夫か?」
「あっ。はい。だいじょうぶです。とってもいいながめです!」
「…………」
あたしに差し出された手綱っぽいものを握りしめる。
六歳児の小さな手でも握りしめられるくらいの幅と太さだ。
心臓がドキドキ煩いのは……今世ではじめて馬に乗るから……だよね?
鞍の上でぴょんぴょん飛び跳ねると、コツンと軽く頭を叩かれた。
全然、痛くない。
「馬が驚くだろ。大人しくするんだ」
「はい。ライース兄様! 早く! 早く! 出発しましょう!」
このままじっとしてたら、心臓が爆発してしまいそうだ。
ライース兄様ははしゃぎまくるあたしに溜息をもらすと、軽く足で馬の腹を蹴る。
ローマンは小さく嘶くと……いきなり疾走しはじめる。
(え? ええええ????)
風景がものすごい勢いで後方に流れていく。
「わ、若様! おまちくださ――いっ!」
出遅れたカルティが慌てて馬を走らせる。
ローマンは疾風のごとく、軽やかに馬場を駆け巡る。
風圧がすごい。あたしは振り落とされないように綱をしっかり握りしめ、前方を睨む。
「怖いか?」
「いえ。全然、だい、だいじょうぶ……ですうう……っ!」
耳元でライース兄様の声が聞こえた。
あたしを前に載せながら、ライース兄様は巧みな手綱さばきでローマンを走らせる。
背中が熱い。
心臓がバックンバックンする。
にしても……。
容赦のない競馬なみのスピード(だと思う)に、あたしは焦る。
こ、これは……「しゃべると舌をかみますよ」というシチュエーションではないだろうか。
本日、馬に初めて乗る六歳児、領内で一番小さい馬を用意された六歳児に対する扱いではない。
どう考えても間違っている!
ライース兄様がガチだ!
スピードだしすぎです!
ローマンとセンチュリーは砂煙をあげながら馬場をぐるりと二周する。
きっと全力疾走だ。
柵の外で、ぽかんと大口を開けたまま直立している厩番がちらりと見えた。
「若様! 若様! 待ってください!」
と言いつつも、カルティはローマンとちゃっかり並走している。
「怖いか?」
「い――え! ぜんぜん!」
西急アイランドの絶叫マシーンと比べたら、こんなもの、へのかっぱだ!
新幹線の方がもっと速い!
「……わかった、だったら……」
あたしを支えるライース兄様の体がぐっと前方に移動する。
ヒヒーン。
ローマンの鳴き声が馬場に響き、カルティの悲鳴が聞こえた。ローマンのスピードがさらにあがる。
(うそ! うそ! うそ! うそでしょっ!)
あたしの乗馬イメージは「ぱっぱか、ぱっぱか」もしくは「ぱからん、ぱからん」だったが、これは「ドドドッ……」という地響きだ。
振動で地味にお尻が痛い。
振り落とされないようにという意識から、変に力が入ってしまって、脚がぷるぷるしてきた。
ただ馬に跨っているだけなのに。
フレーシア・アドルミデーラが虚弱すぎる!
隠れて体幹と筋力アップのトレーニングをしておいてよかった……。
そういえば、乗馬ダイエットという言葉もあるくらいだ。
実際にひとりで馬に乗るには、かなりの体力と筋力を必要としそうだ。
(ら、ライース兄様!)
そんなことを考えていると、眼前に柵がぐんぐんと迫ってくる。
ローマンの疾走スピードは緩まない。
(嘘! ぶ、ぶつかるうっ!)
「はいやっ!」
ライース兄様の掛け声とともに、ローマンがひらりと飛び上がる。
ローマンは前方の柵を軽々と飛び越えていた。
(け、競馬じゃなくて、障害馬術ですかっ!)
しかも、ローマンの速度は少しも緩まず、そのまま小道を駆け抜けていく。
(しかも、コースアウト!)
「わ、若様! お、お待ちください!」
あたしも慌てたが、カルティはもっと驚いている。
センチュリーもローマンを追って、柵を飛び越えたようである。
気づけば、ライース兄様の隣に馬を近づけ並走していた。
やるな! 八歳児!
十六歳のライース兄様にぴたりとついてきている。
「若様、どちらに向かわれるおつもりですかっ!」
「ちょっとそこまで……ぐるりと一周……かな?」
カ、カルティ……そこで絶句してないで、ライース兄様を止めて!
ライース兄様も、計画的に行動してください!
「わかりました!」
いやいや、カルティ! わからなくていいからさ! 激走しているライース兄様を止めて!
センチュリーのスピードがゆっくりと落ちていき、ローマンの後ろへと下がっていく。
ものすごい勢いで景色が後方に流れるなか、二頭分の疾走する蹄の音が聞こえる。
ふたりともこの辺りの地理、地形は把握済みなので、馬が走りやすい道を全力疾走で駆け抜けていく。
敷地内の散歩しかしたことがないあたしは、ここが敷地外である、ということしかわからない。
どこを走っているのか、どこへ向かっているのか、全くの謎だ。
途中、小川や木の根といった障害物が行く手を阻むが、ライース兄様もカルティも軽々と飛び越えていく。障害ですらない。
馬に翼が生えているのではないかと思うくらい、軽々とだ!
しかも、一向にスピードが衰えない。
さほど馬には詳しくはないが、人間だって、全力疾走の場合、そんなに長い時間、走り続けることはできない。
なのに、ローマンもセンチュリーも息切れしている気配が全くない。
さすが、ご都合主義が横行している、リアル無視のゲーム世界!
これぞファンタジー!
なんと、ライース兄様は一時間も馬を走らせつづけ、別荘の馬場へと戻ったのである。
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