2-16.シスコン
悪夢のような急展開に、あたしとカルティは半泣きになる。
激おこライース兄様……怖い!
本編が始まっていないからって油断した!
「や、やっぱり……ら、ライース兄様に……じょーばは、おしえて……ほしいのですっ」
恐怖に全身を震わせ、涙を浮かべながらも、辛うじてそれだけを絞りだす。
「ほ、ほかのヒトじゃだめです! ライース兄様じゃないとだめです!」
「うん……?」
突き刺さるような視線が少し緩くなったのを感じる。
「お、お兄様が! ライース兄様がいいですぅっ!」
「わかった」
あたしの魂からの叫び声に、緊迫していた空気がふっと緩む。
顔をあげると、いつものライース兄様があたしに優しい眼差しを向けていた。
(た、たすかった――)
カクカク震えながらも、カルティはなんとか体勢を整え、ワゴンを押しながら食堂を出ていく。
じつに見事な逃げっぷりだ。
(か、カルティ! あたしをひとりにしないで――っ)
あたしよりもお祖母様が大事なカルティには、あたしの心の声は届かない。
振り向いてもくれない。
「…………」
食堂の中には、あたしとライース兄様のふたりだけになった。
室温は常温に戻ったが、大量に噴出した冷や汗で、背中が湿って気持ち悪い。
まだ身体が恐怖で震えている。
「ら、ライース兄様……」
「なんだい? レーシア? どうしたんだい? そんなに震えて……」
ライース兄様はあたしの隣の席に移動すると、あたしの頭をナデナデする。
ガタガタ震えているのは、あなたのせいです!
あたしはライース兄様に怯えているんですよ!
「な、泣いているのかい?」
(え……?)
ライース兄様の指摘に、あたしは首を傾ける。
すると、その拍子に、ぽたぽたと頬から涙の粒が滑り落ちていく。
「う……うわわわああん――っ」
手で拭い取った涙を見たとたん、今まで抑えていた感情が爆発する。
恐怖と、恐怖から開放された安堵と、木登りや乗馬訓練を拒否された悔しさ。
そして……。
死亡イベてんこ盛りのゲーム世界に転生してしまい、緊張の連続ですり減っていく心に、六歳児の感情が耐えきれず爆発した……。
「レーシア……」
とまどいを含んだライース兄様の声が聞こえ、ひょいと身体が持ち上がる感覚の後、暖かな温もりに全身が包まれる。
あたしはライース兄様の膝の上で抱っこされていた。
「う、う、うっ……っ。うわわわああん――っ」
ライース兄様の胸の中にギュッと抱きしめられ、あたしは大声で泣き始める。
哀しいのか、嬉しいのか、悔しいのか……なにがなんだかさっぱりわからない。
ただ、どうしようもなく、涙が溢れ、泣きたくてたまらない。
「ごめん、レーシア……。びっくりさせた……かな?」
「ら、ライース兄様は……ず、ずるい……です……」
そんな……そんなに、優しい声で囁かないでほしい。
背中を愛おしそうに撫でないでほしい。
「レーシアは、泣くほど……馬に乗りたいのか?」
あたしは首を左右に振る。
「あた、あたしは……じぶんで……馬に……の、のれるようになりたい……の……です……元気な……こになりたい……のです」
途中でひっくひっくとしゃくりあげながらも、なんとかライース兄様にあたしの気持ちを伝える。
「わかった。レーシアの体調が悪くならなければ、乗馬は三日後からはじめよう。木登りは……馬を乗りこなせる体力がついてからはじめようか?」
柔らかい声が、震えているあたしの心のなかに染み込んでいく。
あたしはコクリと頷くと、再び泣き始める。
感情のコントロールが上手くいかず、涙がつぎからつぎへとあふれでてくる。
これだけ派手に泣いたのは……いつぶりだろうか。
今世で双子の弟が死んだときも、あたしは泣かなかった。泣けなかったのだ。
涙ひとつぶこぼそうとしない、可愛げのない子どもだ、メイドたちが陰で囁いていたのを知っている。
前世だと……特番で放送されていた『涙なくては見られない懐かしの名作アニメベスト50』を見たとき以来だ。
絵描き志望の少年が、飼い犬と一緒に凍死するシーンを不意に思い出し、さらに悲しくなって涙がでてくる。
ライース兄様はいつまでも、いつまでも、あたしの背中を撫で続けてくれた。
**********
あたしがライース兄様に乗馬レクチャーをお願いしてから三日がたった。
あの……年甲斐もなく……ではなく、六歳児らしくわんわん泣いてしまった日は、その後、泣きつかれてライース兄様の胸の中で眠ってしまったそうだ。
そして……そのまま夕食もとらずに、あたしは朝まで爆睡してしまった。
さすが六歳児である。
晩御飯と食後の激まじゅお薬をとりそこねたが、まあ、そういう日もあるだろう、ということで、怒られることはなかった。
号泣してから三日間……ライース兄様とついでにカルティを注意深く観察していたが、死亡イベに直結しそうな事件らしいことは起きていない。
ライース兄様はあいかわらずあたしの世話を焼きたがっている。
というか、さらに、あたしに干渉してくる度合いが増えてきた。
ステータスが確認できないのがもどかしいが、『親密度』『仲間密度』が爆上がりしているとしか思えない、とても不思議な現象が発生していた。
午前中の勉強。
最初は二時間だけという話が、今では午前中まるまるいっぱいが『ライース兄様との勉強のお時間』になった。
もちろん、ライース兄様がつきっきりで教えてくれる。
文字の練習のときは、書道の時間のように、背後から手を添えて、美しい形の文字を教えてくれる丁寧さだ。
午後は午後で、書庫であたしが読書をしていると、ライース兄様は自分の部屋ではなく、書庫に大量の書類を持ち込んできては、あたしの隣で仕事をしている。
そして、わからない部分をカルティに質問しようとすると、ライース兄様がさえぎって代わりに答えてくれる。
散歩にでたらでたで、カルティだけでなく、ライース兄様が同伴としておまけについてくる。
別荘の周辺をぶらぶら散策しながら、ライース兄様からアドルミデーラ領のことを詳しく教えてもらう。
前世では、こういうヒトのことを優しい言葉では『シスコン』厳しい言葉では『ストーカー』と言うだろう。
こちらの世界の知識を少しでも早く、多く仕入れたいあたしにしてみれば有り難い話なんだけど、あたしの勉強も見ながら、領主補佐としての仕事をはじめたライース兄様はタイヘンそうだ。
ライース兄様に届く書類が日増しに増えている。
まあ、増えた書類をその日のうちに問題なく片付けてしまうライース兄様も兄様だが……。
カルティは一歩引いたところから、あたしとライース兄様を観察している。
そしてなにやら不穏な空気を感じ取ると、いつの間にか姿を消している。
そんな感じで、この三日間、あたしはライース兄様に勉強を教えてもらったり、書庫で本を読んだり、天候がよければ散歩をしたりして過ごした。
もちろん、夜は夜で秘密の筋トレとストレッチ、ゲーム内容を思い出す作業を行っている。
ただ、日中も散歩をしたり、勉強をしたりしているので、三十路のあたしはやる気満々でも、六歳児平均以下の体力、耐久力しかないあたしの活動時間はちょびっとしかない。
すぐに眠たくなるのだ。
困った。
体力をつけようとがんばると夜はすぐに眠くなるし、夜に起きたくて体力を温存……するほどの体力がない。
ニワトリが先か、タマゴが先かだ。
体力が先か、記憶の整理が先か……。
記憶の整理を昼にすれば……とも思ったのだが、ライース兄様の監視下ではそれも不可能だ。できるわけがなかったので、すぐにあきらめた。
脳内で記憶の整理をしていたら、ぼんやりしているあたしをライース兄様はひどく心配したのである。
これでは……無理だ。
そのうち、トイレにまでついてきそうな勢いだ。
あたしの知っているライース・アドルミデーラは、こんなキャラではなかった。
いや、最終はヒロインとそういう関係になっちゃったりするけど、それはゲームの終盤のことで、ヒロイン限定の反応だ。反応だったはずである。
今からだと九年か、十年後の話だ。
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