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2-15.激おこライース兄様

 ということで、読み書き問題はクリアできた。

 独特の言い回しとか、地名やこの世界にしか存在しないものは、読めたとしてもなんのことかさっぱりわからないが……。


 前世を思い出す前のフレーシア――病気がちで貴族の子女としては教養が足りていない六歳児――が知らないコトバは、カルティに質問して教えてもらっている。


 カルティが答えられないことは、辞書や辞典でカルティと一緒になって調べていた。


 調べてわからないことがあれば、またそれを調べたりと……気づけば脱線していることもあるが、それはそれで楽しい。


 ステータスが高いカルティも知識をドンドン吸収していっているし、仕事中に本が読めてカルティも嬉しそうだ。


 特に不自由しているわけではないから安心してほしい……という意味を込めて、ライース兄様に説明する。

 

「そうか。子ども用の本が本邸にあるから、運ばせるように手配しておく」

「……ありがとうございます」


 子ども用ということは、絵本だろうが……できれば、地理や歴史書、王室関連の情報が欲しいのだが、そんなことをここで口走ったら、ライース兄様を驚かせてしまう。


 本ではなく、あたしの方が本邸に移動できるようにならないといけないだろう。


 今でさえ、なんだか、ライース兄様の表情に元気がない。なにか、心配事でもあるのだろうか。


「それよりも、ライース兄様!」

「なんだ?」


 テーブルから身を乗り出すあたしに、ライース兄様は少し驚いた表情を浮かべる。


「木登りとっくんは、いつからはじめるのですか? まじゅいおくちゅりをがんばってのんで、あたしはこのとーり、元気になりました!」


 まじゅいお薬をがんばって飲んでいるご褒美をおねだりしてみる。


「木登り?」

「おしえてくださるって……やくちょくしましたよね?」

「ああ……。木から落ちたら危ないから、もう少ししてからだな」


 即答だった。


 え? 木登りを教えてくれるっていう話だったのに?


 そこで「はい、わかりました」って引き下がるあたしではない。


「木登りとっくんがだめなら、馬にのれるようになりたいです。じょーばとっくんです!」


 脱虚弱体質!

 目指せ死亡イベ回避!


 木登りは隠れて自主トレも可能だろうが、馬の乗り方など……子どもの頃に旅行先のふれあい牧場で乗馬体験をしたくらいだ。


 手綱は係のお姉さんが持っていて、あたしは鞍についていたハンドルを握るようにって言われた。

 あたしはただおとなしい馬の背に乗って、ぐるりとコースを一周しただけなのだが……それだけの経験というか、子どもの思い出で馬に乗れるようになるはずがない。


 乗れるだけではなく、乗りこなせるようにならなくてはならない。


 行動範囲を広げ、行動スピードをあげるためには、この世界では乗馬は必須だ。


  場面転換はフェードイン、フェードアウトでよくわからなかったが、便利な転移装置はなかった……はずだ。


 普通の令嬢は馬車でガタゴト移動するものだろうが、数は少ないが後宮を護衛する女性騎士もいるし、ヒロインも当たり前のように馬を乗りこなしていたので、女性が馬に乗ることがタブーとされている世界設定ではない。


 ライース兄様の手から砂糖なし、ミルクなしのブラックなコーヒーが入ったカップが滑り落ち、テーブルの上に茶色い染みが広がる。


「レーシア! いきなり、なにを言いだすんだっ! なにをやりたいって?」


 ライース兄様が声を張り上げる。


「じょーばです!」

「だめだ! 馬から落ちたらどうするつもりだ!」


 すごい剣幕で怒られてしまった。


 とりあえず、あたしは落ちるの前提なんだ……。


 ライース兄様は首をブルブルと振りながら、ダメだ、ダメだと連呼する。


「ライース兄様はじょーばを教えてくださらないのですか?」

「侯爵令嬢が馬に乗る必要などない! 危険すぎる!」

「そーでしょうか? 馬にのれたら、いろいろなところに行けて、たのしいとおもいます」

「馬に乗れなくても、色々な場所に行けるぞ」


 思いっきり顔を顰めながら、ライース兄様が反論する。


「あたしは馬にのりたいのです。おーとにいらっしゃるおねーさまは、馬にのれないのですか? お祖母様は馬にのれないのですか?」


 あたしの言葉に、ライース兄様はこめかみを押さえて沈黙する。


 言葉に詰まったということは……アドルミデーラ家の女性は馬に乗れるのだろう。

 たぶん、乗れる。乗れるはずだ。


「馬車で移動すればよいだろう? 今度の誕生日に、レーシアの馬車とそのための馬、専属の御者をプレゼントしてもらうよう、父上にお願いしておくから」


 ちょ……ライース兄様! 七歳の誕生日に、馬車セットをぽーんとプレゼントだなんて……おかしくないですか!


 それに、馬車は機動力が落ちるし、狭い道は役に立たない。なにより目立つし、コソコソもできないし、単独行動ができなくなるじゃない!


 あたしは、優雅な侯爵令嬢ではなく、死亡イベントを阻止する攻略令嬢になりたいのだ。


 馬だ!

 馬!

 馬車ではなく、馬に乗りたいのだ!


「わかりました。ライース兄様」

「そうか」


 テーブルの上に転がったカップを拾い上げ、カルティに手渡しながら、ライース兄様はにっこりと微笑む。


(ひ、ひぃ……っ)


 あ、あいかわらず、ライース兄様の女性を骨抜きにする微笑は心臓に悪すぎる。


 また、感激のあまり気を失ったら、再びベッド生活に逆戻りとなるので、あたしはぐっとお腹……丹田あたりに力を込めてなんとか踏みとどまる。


「ライース兄様がじょーばを教えてくださらないのなら、あたしは、カルティにじょーばを教えてもらうことにします」

「え…………っ」


 あたしの発言に、ライース兄様の微笑が凍りついた。

 と、同時に、黒い双眸に殺気ともとれる禍々しい光が灯る。


「ひぃぃぃぃっ!」


 カルティの口から悲鳴が上がり、よろめいた拍子に食事を運んできたワゴンにぶつかる。

 ワゴンの上に載っていた食器がガチャガチャと不協和音を奏でた。


(ギャ――っ!)


 あたしは、心の中で悲鳴をあげる。


 怖い!


 ライース兄様の顔がめちゃくちゃ怖い!


 こ、これは……ファンが狂喜乱舞した差分イラストの激おこバージョン(の若い版)だ!


 鑑賞するぶんには美麗だが、実際に遭遇すると恐怖で身がすくむ。というか、心臓が止まったかと思った。

 室内の温度が十度は下がった。


 いや、室内温度はこの際、どうでもいい。


 早くフォローしないと、ライース兄様との『親密度』と『仲間密度』が急下降してしまう!

 降下どころか、地に激突、マイナスにまで下降することを予告する表情だった。


 ライース兄様の激おこバージョンはめったに見ることができない。


 だが、この表情がでたら、九十九パーセントの確率で、死亡イベントが発生するんじゃないか、と噂されるくらい、ヤバい現象である。

 死亡スチルマニアにとっては尊死な表情だが、通常プレイヤーにとっては、ちっともありがたくない展開だ。


 八歳のカルティは、ワゴンにすがりながら、ガタガタと震えている。

 ライース兄様の静かなる怒りにすっかり怯えきっている。


 これ……もしかして、というか、もしかしなくても、カルティとの関係もやばいんじゃないの?


「お、お、おじょうさま……」

「な、な、なに?」


 顔面蒼白なカルティがすがるような眼差しをあたしに向ける。


「わた、わた、わたしは、まだ……うま、う、うまをお、おしえるほど、じょ、じょうたつ、して、おりましぇん」

「うっ……ん」

「で、で、ですから、おじゃうさまに……うまの……おしえる……など、むむむ、むりです」


 ブルンブルンと頭を思いっきり振りながら、舌をかみながらも、カルティは全否定する。

 今にも泣き出しそうだ。


「う、わ、わかった。カルティ。だったら、べつの……ひぃっ」


 さらに室内温度が下がる。

 怖くてライース兄様を直視できない。

 目と目があったら、まちがいなく、あたしは死ぬ!


 石になる!


 凍りつく!


 死亡する!


 虚弱な六歳児の心臓では、この試練を乗り越えることなどできない!


 心臓が止まって死ぬっ!

お読みいただきありがとうございました。

お気に召しましたら、

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