2-9.虚弱なあたしはオコチャマ思考
お父様が王都へと戻られてから一週間がすぎた。
ライース兄様の話によると、お父様は、行きと違って、帰りは急ぐこともなくのんびり……といきたいところなんだろうけど、そうもいかなかったようである。
書記官としての仕事、王都での領主としての仕事などなどを放置した状態で、とるものもとりあえず飛び出したお父様は、行きと同程度の強行軍で王都へと戻ったそうだ。
お父様はタフだ。
そして、それに付き合う……いや、従う従者や護衛もタフだよね。
アドルミデーラ家のスタッフモブはとても優秀だ。
ライース兄様のスペックを底上げさせるためのゲーム設定だ。
お父様の通常の年間行動は、秋の収穫シーズンから領地に戻り、領内で冬を過ごす。その間は領地の収穫物やら利益を確認し、来年度の計画をたてるという。領内の重要人物との面談も行われる。
春から夏の終わりにかけては、王都の屋敷で王宮の仕事やら社交やらに精力的に励むそうだ。
書記官が長期間不在で大丈夫なのか……と思ったりもしたのだが、そこはゲームのご都合主義万々歳だ。
領主の考え方にも色々あるようで、お父様のように、王都と領地を行き来する領主もいれば、領地の運営は他人にまかせてずっと王都に留まる領主もいる。
王都近辺に領地があって行き来に時間がかからない古参の有力領主なら、長期滞在ではなく、ちょくちょく週末に戻ったりしているそうだ。
お父様は秋の収穫期になったら――あと一ヶ月もすれば――領内に戻ってくるそうだ。
それまでには木登りをマスターしておかなければって、ライース兄様にお話したら、微妙な顔をされながらも、まずは、身体を回復させることを考えなさい、と言われてしまった。
う……ん。
自分が言うのもなんだが……このフレーシア・アドルミデーラという六歳の女の子は、びっくりするくらいに体力がない子どもだった。
虚弱だ。
産まれてはじめての挑戦で、木登りができたって、さすが、アドルミデーラ家の人間って、高スペックねっ。なんでもできちゃうんじゃないのかな? って喜んだのは一瞬だった。
フレーシアは池に落ちて高熱が続いたこともあって、かなり体力を消耗していた。
少し起き上がって、部屋の中をウロウロしただけで、ぜはぜは息切れをして歩けなくなる始末。
それを見たカルティとライース兄様はものすごく驚き慌てたけど、一番、驚いたのはあたしだからね。
ちょっと……弱すぎる。
ぼんやりと記憶に残っている双子の弟もどうしようもなく身体が弱かったが、あたしも同じように弱かった。
この世界の小学一年生の女の子の平均体力がどれくらいかはわからないけど、あたしは、かなり弱い部類にはいるんじゃないだろうか……。
それもこれも……正妻がヒトを使って、こっそりとあたしと弟に遅効性の毒を、少しずつ飲ませていたからだろう。
ドロドロ食事が普通の食事になり、スプーンも自分で持てるようになった頃には、ライース兄様の「あ――ん」攻撃はなくなったが、あの不味い薬だけは続いていた。
どうしたことか、あたしの体力の回復と共に、不味い薬がさらに不味くなっていく。
あたしはいつまでこの薬を飲めばいいの!
目覚めてから、朝、昼、晩……と、食後に毎回、欠かさずずっと飲み続けている。
あまりにもあたしが「まじゅい、まじゅい」と騒ぐので、ライース兄様がみかねてひとくち飲んでみたが、ひとくち、口に含んだところで、ライース兄様は口元を押さえて黙ってしまった。
眉間に深いシワを刻み、まるで、この世の終わりが来たような深刻そうな顔つきになる。
薬のあまりの不味さに驚いて、言葉を失ったみたいだ。
ライース兄様もこの薬の不味さにようやく気づいてくれたようだ。
「おくちゅり、まじゅい!」
舌がピリピリ痺れて滑舌が悪くなっている。
「うん。……たしかに……これは、オコチャマにはちょっぴり厳しい薬だね」
「ちょっぴりじゃない!」
ライース兄様の感想に少し傷ついたけど、まあ、薬が不味いというのも、あたしが六歳児のオコチャマだということも事実だ。
ぷくって頬をふくまらせて抗議したら、ヨシヨシって、頭をナデナデされてしまった。
あたしはオコチャマだけど、頭ナデナデで誤魔化されるようなチョロいオコチャマじゃない!
アラサーオコチャマだ!
下手な慰めはいらないから、この薬の不味さをなんとかしてほしい。
前世ならまちがいなく、炎上案件だ!
厚生労働省なら、絶対に承認しないだろう!
せめて、これがなにに効く薬なのか、いつまで飲み続けなければならないのか、教えてほしい、と切実に思う。
デイラル先生に聞いても「ふぉっ、ふぉっ」と笑いながら「今のフレーシアお嬢様に必要なお薬です」とか「元気になられたらね」などと、のらりくらりと誤魔化されて、肝心な情報が開示されない!
この世界にインフォームドコンセントはないのか!
ライース兄様は知らないけど、この館の主人であるお祖母様や、領主であるお父様なら知っているだろう。
いや、知っていないとやばいだろう。
「レーシア……これは、レーシアにとって必要なお薬のようだね」
「おくちゅりまじゅすぎます」
「それは認めよう……。でも、デイラル先生の調合に間違いはないだろうから、飲まなければならないよ。父上とも約束しただろ?」
「ううう……」
ライース兄様の盲目的な正論に、涙がじわっとにじみでてくる。
「……飲んで元気にならないと、木登りを教えることができないよ?」
「ライース兄様が木登りを、おしえてくださるのですか?」
「……ああ。万が一、木の上に取り残されても、落ちない方法を教えてあげるよ。ひとりで無事に降りることができる方法もね」
「…………?」
なんだか、意味深い複雑な言い回しだけど、木登りには違いないだろう。
「あと、この薬だけど……もう少しなんとかならないか、交渉してあげよう」
「ホント?」
「ああ。時間はかかるだろうけど、とりあえずは、次の回からの……口直しの水飴を、蜂蜜に変更するように厨房に言っておくよ。デザートの内容も再検討するようにお願いしてみるね」
「わぁ――い!」
……って、ライース兄様の提案に素直に喜んでしまった。
う――ん。あたしってば、すっかりライース兄様に手懐けられて、オコチャマ思考に馴染んできているようだった。
やっぱり。ライース兄様のナデナデがだめなのだろう。
あのナデナデは確実に、腐女子を腐らせる効果がある。
幼児退行?
見た目だけでなく、中身もオコチャマになってしまうわけ?
……それって、とてもまじゅい展開ではないだろうか?
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