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2-8.お父様の言葉

 あたしの言葉に、お父様、そして、ライース兄様が驚いた顔になる。


 この館の主人――お祖母様――は『働けるのに働かざるもの食うべからず』……という主義だ。

 子猫にだって倉庫番――ネズミ捕り――の役割を与えるくらいである。


 屋敷にやってきてお祖母様とはじめて対面したとき、お祖母様はあたしにもその話をした。特例はなく、あたしが元気になったら、なにか役割を与えると、言っていた。

 そして、あたしの当面の『仕事』とは、病気を治し、体力を回復して、元気になることだ、とお祖母様は言った。


 お祖母様の元にしばらく滞在したいと思うのなら、ライース兄様は働く――領主の長子としての義務――を果たさないといけない、というわけだ。


 拒否すれば、お祖母様に屋敷から追い出されるだろう。


 お父様はライース兄様からその言葉を引き出したくて、あたしに説教する風を装い、今の今まで粘りに粘ったということだろうか……。


 ライース兄様は屋敷によりつかなかったが、家族を大事に想っている。

 お祖母様やお父様には敬意を払い、異母であろうと、弟や妹には兄として優しく接していた。


 フレーシアは知らないことだが、ゲームの設定では、正妻とは仲が悪いライース兄様だったが、どういうわけか、彼女の息子、娘とは良好な関係を築けているのだ。


 妹思いのライース兄様なら、きっとあたしを助けに入ると、お父様はわかっていたのだろう。


「フレーシア……それは違うぞ。大事な我が娘をエサなどにするものか。父の言葉にも嘘偽りはないぞ?」


 お父様の大きな手が、あたしの頬をゆるりとなでる。

 剣を握り慣れているゴツゴツした手だが、暖かくて気持ちいい。


「たしかに……説教にしては長い時間だったな。疲れさせて悪かった……。だが、父の説教は本物だぞ」

「ほんもの……?」

「そうだ。全てがフレーシアに言いたかったことだ。それだけ父は心を痛め、心配したのだ。フレーシアはまだ幼い故、聞いているフリだけでも許そうと思ったが……理解できるのなら、父が言った言葉、しっかりと心に留めておきなさい」

「……わ、かりました……どりょくいたします」


 ばれてたのか……。

 今度は、素直に、心から反省する。


 正妻に頭が上がらず情けない男かと思っていたが、ジェルバ・アドルミデーラ侯爵は、私が思っていたほど悪い父親でも、愚かな男でもなかったようである。


 王家の外戚としての駆け引き、書記官の仕事、侯爵家の義務、広大な領地の采配……やることがたくさんありすぎて、家のことは妻に任せっきりになってしまったのだろう。


 仕事はめちゃくちゃできるけど、家事育児は妻に任せっきりで、一切、顧みない父親……。

 そういう家庭は前世でも、そして、『キミツバ』の上位貴族家庭でもあるあるだ。


 アドルミデーラ侯爵は、世の中にゴロゴロと転がっている、愛情表現が苦手な、ただの不器用な男のひとりだ。


 ゲーム中や、六歳のフレーシアでは気づくことができなかった設定だ。


 あたしの脳内でアドルミデーラ侯爵に対する評価が上書きされていく。

 ジェルバ・アドルミデーラ侯爵は、まちがいなくフレーシア・アドルミデーラの父親だ。

 親子としての交流時間が少なくとも、フレーシアにとっては大事な父であり、家族だ。


 今まであまり触れ合う時間がなかったから、六歳のフレーシアには、父親というものがどういうものなのか理解できていなかったようだが、今日のこの触れ合いが、ひとつの転機となるだろう。


 お父様の手が頬から頭に移動して、ゆっくりと頭を撫でられる。


 なんだかくすぐったい。


 ちょっぴり嬉しくて、ちょっぴり恥ずかしい。


 この気持ちは、前世の記憶を取り戻したあたし……ではなく、六歳のフレーシアのものだろう。


 ライース兄様にナデナデされるのとは少し違った。


「まあ……あまり無理はするな。お祖母様もおっしゃっているだろうが、あせらずゆっくりでいいからな。まずは、身体の回復に専念しなさい」

「はい」


 できるだけ時間をかけて、一日でも長くライースをここに引き止めておくように……という副音声が聞こえた気がするが……深くは考えないようにしよう。


 だって、六歳の女の子だもの。


 ライース兄様と話しているときと違って、あたしに語りかけるお父様はとても優しい顔になっている。


「デイラル先生の薬はちゃんと飲むのだぞ」

「…………」


 その言葉に、あたしの眉がへにょんと下がる。口をへの字に曲げ、沈黙する。


「返事がないが?」


 イケオジの穏やかな眼差しがあたしに問いかける。


「……まじゅいです」


 あんな、不味いものを六歳の子どもが毎食後に飲めるわけがない。


 あれはもう、一種の拷問、嫌がらせだ。


「フレーシア……薬を飲みたくても、飲めない者がこの世界には大勢いることを忘れてはいけないよ」


 お父様の声が静かに響き、あたしの心が震え上がる。


 そうだ。

 そうだった……。


 『キミツバ』の世界では、貧困層の描写もあった。


 バッドエンディングのひとつに、疫病が国内にまん延し、多くの民が生命を失う事件が発生するというものがある。


 疫病が流行した結果、人心が乱れ、疲れ切った民衆の反乱によって国が滅びるというパターンだ。


 衛生観念の欠如、医療の未発達、医師の不足と貧しい者への診察の拒否、患者の隔離、薬の不足などが原因となり、疫病をさらにやっかいなものとしてしまったのだ。


「わかりました。おくちゅり……がんばってのみます。一日でもはやく、のまなくてもよくなるように、がんばります」


 あたしの返事に、お父様は「ふふふっ」と笑い声をたてる。


「ライースやお祖母様の言うことをよく聞き、元気になるんだぞ。次に会えるときは……」

「木のぼりができて、おちないくらいにかいふくしておきます!」


 あたしの返事にあきれかえりながらも、お父様は満足そうな笑みは崩さなかった。


 それでこそ、ライース・アドルミデーラの父親だ。


 こうしてお父様は、ご機嫌な様子で王都へと戻ったのであった。

お読みいただきありがとうございました。

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