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2-7.ライース兄様のエサ

 お父様の言葉が脳内で木霊して、くわんくわんと鳴り出す。だんだん頭がくらくらしてきた。


 ごめんなさい、お父様。そろそろあたしは……限界です。


「レーシア! 大丈夫か!」


 上体が左右にぐらんぐらんと揺れだしたあたしに気づいたライース兄様が、慌てて側に寄ってくる。


「父上、このあたりで許してやってください。レーシアはまだ完全に回復しておりません」


 あたしをきゅうっと胸の中に抱き寄せながら、ライース兄様は椅子に座っているお父様を睨みつける。


 ライース兄様……そんな……ぬいぐるみを抱きしめるような、ぎゅうぎゅうな抱き方をされると、息ができなくて苦しいです……。


 それに、どちらかというと、あたしは抱きしめられるよりも、他の攻略キャラをぎゅうぎゅう抱きしめているライース兄様を陰からコッソリ観察したい方なんですが……。


「でも……なあ……」


 酸欠になりながらも、困り果てたようなお父様の声が聞こえた。


「父上、でも……ではありません。そんなにレーシアの行動が心配で安心できないのなら、レーシアが回復するまで、わたくしが側について見張っておきます」

「いやしかし……それだけでは……」

「では、お祖母様と相談して、レーシアにふさわしい教育係を手配いたします。教育係が決定するまでは、わたくしがレーシアを教育します」

「ライースが教育だと?」


 ライース兄様の発言に、お父様は驚いたような声をあげる。

 あたしを抱きしめるライース兄様の手がゆるみ、その隙間からお父様の顔が見えた。


「はい。レーシアがどこにでても恥ずかしくないよう、貴族の子女としての常識、品格と教養を、わたくしがしっかりと叩き込みます」


 その言葉が終わるやいなや、お父様の目がすっと細まり、顔に満面の笑みが浮かんだ。


「言ったな! 聞いたぞ! 確かに聞いたぞ!」

「はぁ、はい?」


 小躍りしそうなくらい喜んでいるお父様の豹変ぶりに、ライース兄様だけでなく、あたしも呆然とする。


(ライース兄様があたしを教育?)


 なんで、こうなるの?


 ライース兄様は家出するんじゃなかったの?


 予想外の展開にオロオロする。

 こ、こういうときは……どうするんだろう?


 ゲームで行き詰まったら、ネットで公開されている『同士』たちの情報をかき集めたり、その過程で仲良くなったヘビーユーザーに直接相談したりするんだけど……ここにはスマホもパソコンもないので、アクセス手段がない。

 自力で解決しなければならない。


 『キミツバ』では、ライース兄様は二年後、王太子の八人目の教育係になるのだから、年少者の教育スキルに関しては、全く問題ない。

 というか、優秀すぎる教育係だった。

 ヒロインとの親密度にもよるのだが、ライース兄様は高スペックぶりを遺憾なく発揮して、王太子をみっちり教育してしまう。


 だけど……。


 だけど……。


 妹を教育したという設定はないよ?


 ライース兄様が全霊をかけて教育するのは、王太子と王太子の一番近くに仕えることとなる小姓たちだけだ。


 まあ、そもそも、ゲームでは妹は死んでしまっているのだから、死人相手に教えることもできないよね……。


 妹が生きていたら、たしかに、ライース兄様が教育にかかわっていてもおかしくはない。


 ゲームではプレイヤーがアクション選択に迷っている間は進行が止まって長考も可能だけど、『ここ』はそうではない。


 あたしがあたふたしている間も、時間は容赦なくどんどん流れていく。


 リセットボタンなるものはもともとないし、『巻き戻しの砂時計』もないので、やり直しはきかない。


 お父様は勢いをつけて椅子からたつと、ライース兄様の両肩をがしっと掴む。


「ライース……ここに留まり、責任をもってフレーシアの看病と養育をいたすのだな? その理解で間違いないな?」

「は、はい……」

「その言葉に、嘘偽りはないだろうな?」


 してやったり。

 とでも言いたげに、にんまりと笑うお父様。

 これはもしかして……お父様の策略?

 ライース兄様は、お父様の誘導にひっかかってしまった?


 正妻と表立って対立しようとはしなかったお父様が、唯一といっていいほど、己の意志を貫き通したのが『ライース兄様を後継者にして、家督を譲る』だった。


 その想いはずっと以前からあり、お父様は正妻に悟られぬよう、密かに準備をしていた。


 これはその一環なのだろう。

 お父様にしてみれば、またとない好機とでも思っていそうだ。


「…………」


 お父様の意図を悟り、ライース兄様は諦めにも似た苦々しい表情を浮かべる。


「レーシアが回復し、教育係が手配されるまでですよ? 暫定的処置ですからね?」

「わかっている。わかっている。だが、その間、少――し、領内の執政を手伝ってもらってもかまわないよな? それくらいならできるだろう? ライースならできて当然だよな?」

「…………そういうことですか。はめられましたね」


 ライース兄様の口からため息がこぼれる。


「仕方がありません。レーシアが回復し、教育係が手配されるまでですからね……」


 と、強く念を押しながらも、お父様の言葉には素直に承諾するライース兄様。


 一度、自分の負けを認めると、ライース兄様は潔い。

 そして、勝負を挑まれると、真正面から受け止める。


 そういう一直線というか、純真なところが、あたしは気に入っている。


「ふっふっふっ。出立時間を遅らせて、二時間、いや、三時間、ねばったかいがあった!」


 嬉しそうに笑うお父様。


「お父様。ひどい。あたしは、ライース兄様のエサにされたの?」

お読みいただきありがとうございました。

お気に召しましたら、

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