2-4.糸の切れた凧
くちぶりからして、お父様も正妻の行いに気づいている。
いや、あたしの弟が死んで気づいたのだろう。
だから、あたしはお祖母様のところに預けられたのだ。お祖母様の側にはデイラル先生がいる。
だけど、正妻は糾弾されることなく、アドルミデーラ侯爵夫人として今もなお君臨している。
お祖母様が病気療養で領地の奥に引っ込んでしまってからは、遠慮がなくなった。
そして、この先、お祖母様がこの世を去ると、正妻の勢いはさらに強くなるのだ。
一族内の殺し合いに嫌気がさし、また、己自身の身の危機を感じたライースは、正妻の毒牙から逃れるかのように、成人するまで放浪の旅にでてしまうのだ。
…………。
あれ?
ライースは、成人するまで放浪の旅に……。
…………。
なんで、ここにライース兄様がいるんだろう……?
さっさと王都に戻れ、とライース兄様はお父様に言っているけど、ライース兄様こそ、さっさと放浪の旅にでないといけない頃じゃないでしょうか?
お父様とライース兄様が言い争う声を聞き流しながら、あたしは頭をひねる。
『ライース・アドルミデーラ 真夏の静養地編』で妹が池で溺れ死んだのをきっかけに、ライース兄様の放浪癖に一段と磨きがかかるのだ。
もともと、ライース兄様は糸の切れた凧のように、フラフラと領内、領外を流れ歩いていたが、妹が死んだその日の夜に、ライース・アドルミデーラは衝動的に家をでていく……で、ストーリーイベントが終了する。
あれ?
終了……してない?
あたしが池で溺れてからもう一週間以上過ぎているよね?
今までは護衛を連れて放浪の旅を楽しんでいたライース兄様だが、ここから先は監視の目をふりきって、行方不明、音信不通になってしまう。
あたしの記憶が正しければ、行方をくらましたライース兄様は、お祖母様の葬儀にも出席しなかった……と、ファンブックには書いてあったよ?
しまった! 色々……ライース兄様の「あ――ん」攻撃とか……ありすぎて、気づくのが遅くなってしまった。
ゲーム内の時間軸だと、ライース兄様は今頃、絶賛行方不明中になっており、護衛が慌てふためいている頃だ。
お目付け役の監視から逃れたライース兄様は、領地の外、さらには国外へと放浪エリアを広げていく。
ゲームでは、これからあと二年、ライース兄様は放浪の旅を続け、成人してから――十八歳になってから――イヤイヤ王宮づとめをはじめるのだ。
本編のプロローグはそこからはじまっており、ヒロインとの出会いも、王宮づとめ初日となっている。
これって、もしかして、というか、もしかしなくても、あたしが池で溺れても死ななかったから?
ライース兄様が姿を消す理由がなくなった……?
これって、不味いんじゃない?
ライース・アドルミデーラはその二年間、ただ物見遊山を楽しんでいたわけではなく、各地を放浪することによって、見識と人脈を広め、味方となるサブキャラクターたちと出会っていくのだ。
それによるライース兄様の『経験値と人脈、協力者の存在』によるステータスかさ増しは、チートといってもさしつかえないくらい、他の攻略キャラと圧倒的な差があり、本編クリアには必要不可欠な能力だ。
旅先で知り合ったライース・アドルミデーラの協力者――サブキャラークターたち――は、ガチャで登場する仕様だった。
メインは攻略キャラなのだが、サブキャラクターの存在なくては死亡イベントを回避できないエピソードもある。
それがなくなる?
ちょ……落ち着けあたし!
これは、間違いなく、社内に持ち帰って再検討する重要案件だ。
予想外のアクシデントに対しても、慌てず落ち着いて、冷静に、スマートに、冷静に……華麗に対応できてこそ、一人前の社会人だ。
冷静という言葉を二度使うくらいには、あたしは焦っていた。
でも、どう対処したらよいのかわからない。
このままライース兄様が行方をくらまさなかったら、今後、どうなるのか……全くわからない。
と、とりあえず、目の前の手頃な問題から片付けよう……。
親子はまだ言い争っている。
といっても、声のトーンは通常の会話とかわらず、内容だけが、身を削るような刺々しさに満ちあふれている。
嫌味の応酬というか、ライース兄様の毒舌……怖い。
その毒舌に屈することなく平然としているお父様ってば、すごすぎて怖い。
ただ、会話の内容が、気がついたらあたしのことからライース兄様自身の放浪癖に変わっていたのは……まあ、ご愛嬌だ。
あたしはモブだからね。
ライース兄様の貴族子息らしからぬ行動に、お父様もそれなりに頭を悩ませていたようである。
お父様の主張を要約すると……今までは正妻からのいじめを避けるためにも、ライース兄様の放浪を黙認していたが、そろそろ戻ってこいということだ。
アドルミデーラ家の家督を継がせるために、政務補佐の勉強、引き継ぎを見据えた手伝いを当主代理としてライース兄様にさせたい……とアドルミデーラ侯爵は考えていた。というか、その機会を虎視眈々と狙っていたっぽい。
ライース兄様はというと「正妻の息子に家督を譲ればいいでしょう。その方が、波風もたたず、あのヒトも心穏やかに過ごされますよ」とお父様の攻撃をのらりくらりとかわしている。
「アドルミデーラ家の長子としての義務を放棄することはゆるされない。いいかげんあきらめなさい」
とか
「父上こそあきらめが悪いですね。いいかげん聞き飽きました」
といった会話がされているので、あたしがまだ意識を回復していない間、あるいは、昨日の夜など、ことあるごとに言い争っていたのかもしれない……。
ジェルバ・アドルミデーラ侯爵が陰謀に巻き込まれて殺害されてしまうのは、ストーリー上、回避不可な死亡イベントだったとはいえ、原因は味方が少なかった――敵が多すぎた――からだとあたしは考えている。
ならば、味方を増やせばいい。
まずは、手頃なところから、家族一致団結……だろう。
お父様が回避不可死となったとき、ライース兄様は「なぜ、あのときもっと話しておかなかったのか」と、哀れなくらいに後悔しまくるのだ。
まあ、ライース兄様の後悔はあながち間違っておらず、もっと、家族間で意思の疎通ができていたら、回避も可能な陰謀だけに悔やまれてならなかったのだろう。
うん、「報・連・相」は、どこの世界でも大事だね。
父親を亡くして涙するライース兄様は見たくないので、まずは、父と息子の歩み寄りからだ。
「お父様……ライース兄様」
あたしの声に、言い争っていたふたりは「しまった」とばかりに、同時に口をぴたりと閉じる。
まさか、あたしの存在をわすれてた……ってことはないでしょうね?
「フレーシア、気分でも悪いのかい?」
「レーシア……つまらないものを見せてしまったね。疲れただろう? 横になるといいよ」
「…………」
ちょっぴり慌てながら、気持ち悪いくらい優しい声でふたりから同時に話しかけられる。
やはり親子だ。こういう誤魔化し方はよく似ている。
あたしの存在、忘れてたみたいですね。
はい。わかりますよ。わかってますよ。どうせ、あたしはモブですから……。
「けんかするお父様……キライ」
「え……っ! フレーシア!」
あたしの突然の宣告に、ジェルバ・アドルミデーラ侯爵の顔が固まった。
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