2-2.デイラル先生の薬
がんばってね、という気持ちをめいっぱいに込めて、あたしはカルティを見上げる。
「わ、わ、わかりました」
顔を真赤に染め上げたまま、カルティはコクコクと頷く。
その勢いで、後ろで一つにまとめられた髪がぴょこぴょこと馬の尻尾のように跳ねている。
……本編では、すごく捻くれて扱いにくいのに、幼いカルティは正反対の性格をしている。この素直さと反応は可愛すぎる。
いつまでも愛でていたい。
というか、このままの状態で育って欲しい。
食器の片付けを再開したカルティを、あたしは生暖かい目線で見守る。
カルティって、すごい『おばあちゃん子』なんだな――と、改めて実感する。
あたしにとって、お祖母様はヒトとして尊敬する対象だけど、血縁関係者としては……ちょっと怖い。
あたしは実母の身分が低かったこともあったし、正妻から隠れるようにして息を殺して生きていたので、貴族としての教育はさほど受けることができなかった。
正妻の妨害で、支給品も滞り、さほどよい暮らしもしていない。
身分が低いお母様はそれが当然と思っていたようで、あえて現状を父上に訴えることはしなかった。
下手に訴えて、さらに嫌がらせの度合いが酷くなっても困る……とでも思ったのだろうか。
言葉遣いもこんなんだし、礼儀作法もなってなくて、あたしを見たお祖母様は頭を抱え込んでしまったくらいだ。
今は体調を崩されてちょっぴり控えめになったけど、最初の頃はマナーがなってない、とビシバシ怒られた。
その厳しさが刷り込まれているから、お祖母様に対する苦手意識が消えないでいる。
ま、前世を思い出した今なら、貴族世界で生きていくにはあまりにも未熟すぎるあたしに、お祖母様はあせりと責任を感じたのだろう。ということがわかる。
お祖母様の教育的指導は厳しいけど、あたしの将来のことを思ってのことだ。
カルティはそんなお祖母様の優しさに気づいているんだろうな……。
厳しいだけではない、お祖母様の偉大さと懐の深さを、前世を思い出したあたしは改めて実感したのであった。
ぼんやりそんなことを考えていると、ゴホン、ゴホンという、ライース兄様のわざとらしい咳払いが、あたしの思考を中断させる。
「…………?」
すごくきれいな笑顔を浮かべたライース兄様があたしを見下ろしていた。
「ライース兄様?」
不機嫌になればなるほど、ライース兄様の笑顔はきれいになる。
ライース兄様のすらっとした人指し指がぴたりと止まって、一点を指し示した。
「…………?」
あたしはその意味がわからず、コテリと首を傾けてみせる。
「飲もうか?」
「なに?」
「飲みなさい……」
ライース兄様の人差し指が、ベッドトレイにぽつんと取り残されたコップを指さしている。
あえて意識の外へと追いやっていたモノだ。
コップの中では……この世のものとは思えない激マズな煎じ薬が、これまたこの世のものとは思えないほどの異臭を放っている。シュールストレミングやドリアンといい勝負だ。
デイラル先生が調合した劇薬。
コップを見たとたん、勝手にブルブルとあたしの身体が震えだす。
「……ノマナイトダメデスカ? オニーサマ?」
うるっとした目で見上げてみる。
マジ、本当に、勘弁して欲しい。
ドロドロご飯の「あ――ん」攻撃だけでも、あたしのライフはゴリゴリと削られているのに、この薬を飲んだらマジで、昇天してしまいそうだ。
これを飲むくらいなら、バリウムを飲んだ方がマシだと、あたしは心のなかで叫ぶ。
あたしのうるっとした目に、一瞬だけ、ライース兄様が狼狽えたような表情を見せた。
いける!
もうひとおし!
ここは『かわいい妹のお願い』で、逃げ切る!
と、思ったのだが、甘かった。
イース兄様は「負けるもんか」とでもいいたげに、ぐっと唇を噛み締めて、あたしを睨み返してくる。
「飲みなさい」
ライース兄様の笑顔がさらに深まり……きれいになる。
忘年会で上司からの酌を断るよりも、難しい局面に立たされているような気がする。
か、カルティは……ワゴンを残したまま、あたしの視界からきれいさっぱり消えている。
カルティってば、忍者ですかっ!
「…………」
「…………」
ライース兄様の笑顔が怖い。
ライース兄様の沈黙が怖い。
前世では、あたしから金をガバガバ巻き上げた二次元イケメンだ。
彼と出会ってから、あたしはクレカを使った自動チャージ機能を停止したくらいだ。
それが三次元になって降臨し、威力がマシマシになっているのだ。
……逆らえるはずがない。
あたしは大きく息を吸い込むと、右手でコップをぐいとつかみとる。
そして、左手で鼻を強くつまむと……一気に、コップの中身を飲み干した。
(ママママ、マジューイっ!!!!)
覚悟はしていたが、六歳の少女にこの味は……厳しすぎる。
全身の毛穴から、嫌な汗が一気にどばーっと吹き出すような感覚だ。
この味をなんと表現したらいいのだろうか……。
言葉にならない不味さだ。
あたしは薬の不味さに身悶えながら、涙をだらだらと流した。
薬と一緒に、さっき食べたドロドロ朝ごはんまでが逆流してきそうだ。
「レーシア! 我慢しろ! 吐くな! 味わうな! 飲み込め! 飲み込め! がんばって飲み込むんだ!」
青い顔をして、ライース兄様があたしの背中を懸命にさする。
ライース兄様もデイラル先生の薬の不味さは……身をもって知っているようだ。
デイラル先生はアドルミデーラ家の主治医で、ライース兄様はアドルミデーラ家の長兄だもんね……。
あたしよりもお付き合いが長そうだ。
でも、残念なことにデイラル先生の調合したお薬はよく効くのだ。
不思議なくらいよく効く。
よく効く薬は前世でも今世でも、苦いという設定のようだ。
だから、こんなに苦しそうにしていても、容赦なく飲まされるのだ。
お父様も、お祖母様もデイラル先生の調合したお薬を飲んでいる。
どんな顔をして飲んでいるのか、全く想像できないけど……自分たちが飲めるからって、子どもたちも飲めるだろう、と考えるのはどうかと思う。
そして、恐ろしいことに、吐き出したりするなら『おかわり』もあるのだ……。
絶対に、吐き出すもんか!
目を白黒させながら苦労して薬を飲み込むと、あたしは口を大きくあける。
その中に、口直しの水飴が、ライース兄様の手によってつっこまれる。
口の中に水飴の甘い味がいっぱいに広がり、ようやく人心地がつく。
(あああああ……地獄のようだった)
あたしは、肩でゆっくりと呼吸を繰り返す。
地獄がどんなものかは知らないが、この薬よりもひどいところではないだろう。
生き延びたら生き延びたで、このような死ぬかと思うような苦しみを食後に味わうことになろうとは思いもしなかった。
「よくがんばったな」
ライース兄様があたまをナデナデしてくれる。
「はい。がんばりました」
あたしはコクコクと頷く。
うん。あたし、がんばった!
ものすごくがんばったよ。
六歳の子どもが、こんな不味い薬を飲むなんて……エライと思うよ。
ライース兄様、もっとしっかり気合を入れて褒めてほしい。
「昼食後も同じ薬を飲まないといけないから、がんばるんだぞ」
「…………」
ライース兄様の衝撃的な発言に、あたしの全身が凍りついたのは……いうまでもなかった。
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