2-1.腐女子アンテナ
あたしが前世を思い出した次の日。
当たり前のことだが、朝になった。
やっぱり、あたしはフレーシア・アドルミデーラとして、『キミツバ』の世界で目を覚ます。
山鳥が美しい声でさえずり、高冷地の朝は、ほどよく空気が冷えていて、とても爽やかな朝だった。
そして、朝食は昨晩と同じくカルティを従えたライース兄様の「あ――ん」攻撃だった。
食べ物のドロドロ具合は、昨日の夜とほぼ同じだったが、一皿ドロドロ料理が増えていた。
もう、開き直ってしまったあたしは素直に……というか、観念して……ライース兄様の「あ――ん」で朝食を片付けていく。
ライース兄様には逆らえない。なら、さっさと回復して、ひとりで食べられるように体力を取り戻せばいいことだ。
パクパクと素直にドロドロ朝ごはんを食べているあたしの姿を見て、ライース兄様とカルティは、顔を見合わせて嬉しそうに笑い合う。
ライース兄様の笑顔はいうまでもなく素敵で心臓直撃の威力を持っている。
それに感化されたのか、カルティの笑みも柔らかいものになっていた。
いつも暗い顔で、地面ばかり見ていたカルティの変化に、あたしは内心とても驚いていた。
う――ん。なんか、このふたり、絆が深まっているみたい?
腐女子アンテナがムズムズする。
ふたりのステータスが覗けないのが、つくづく残念だ。
『キミツバ』では、ヒロインと攻略キャラの親密度の他に、攻略キャラどうしの仲間密度なるものも設定されていた。
仲間密度が高ければ仲良し、親友、背中を預けられる間柄へとなっていく。そして、低いと、両者の仲は険悪になる。反発関係になったり、非協力的になったり、互いを足を引っ張り合ったり、裏切ったり……という状態になるのだ。
ゲームを攻略する上ではイチャイチャしたければキャラとの『親密度』をあげて、死亡イベント回避や、逆ハーレムを狙うのならキャラ同士の『仲間密度』をあげるのが定番だ。
現時点でのふたりの『仲間密度』はどれくらいなんだろうか?
ゲーム本編ではこのふたりは対立関係になるので、『仲間密度』がすごく気になって仕方がない。
『仲間密度』が低いとすぐに殺し合いを始める間柄だ。
確認できないのがもどかしい。
異世界転生、転移モノとかでは、あの万能フレーズ「ステータスオープン」で、自分や相手の色々なことがわかっちゃう機能があるけど、あたしにはないみたいだ。
昨晩、眠る前に「ステータスオープン」と言ってみたり、それっぽい動作をやってみたけど、なんの反応もなかった。
ワクワクしながら言ってみたけど、なにも起こらなかった……自分にしか見えない近未来的なパネルがでてこなかったのは、めちゃくちゃ恥ずかしかった。
ちょっと、前世でそれ系のアニメを観すぎたのかもしれない。
ただ、例えば……自分のステータスは見れないが、他人のステータスは見ることができる。であったり、攻略キャラのステータスだけは見ることができる。
という可能性も、わずかばかりだが残っている。
だけど、昨日の今日で、他人に向かっていきなり「ステータスオープン」はちょっと……躊躇してしまう。
攻略キャラの親密度がわかれば、色々と楽なんだけどねぇ……。
あたしの遠慮のない視線を感じたのか、カルティがかすかに首を傾ける。
(な、な、なに! めちゃくちゃ……か、かわいいじゃないのっ!)
もう少しで飲んでいた正体不明なドロドロ液体を吐き出すところだった。やばい。まずい。
いや、食事はまずいが、食事を戻したりしたら、ふたりのことだからデイラル先生を呼びつけて、大騒ぎになるにちがいない。なんか、そんな気がする。とってもする。
あぶない。
あぶない……。
従者として働いているとはいえ、カルティはあたしより二つ年上……八歳のオコチャマなんだから、仕草が可愛くて当然だ。
「お嬢様……いかがなされましたか?」
ものすごくガン見していたんだろう。
カルティが食器を片付ける手を止め、あたしに質問してくる。
なにか欲しいものがあると思ったにちがいない。
「あ……とくに……。ちょっと、カルティが変わったなあ……って思って」
「変わった?」
カルティ、そして、ライース兄様も首を軽く傾けて不思議そうな顔をする。
部屋にはちょうど、朝の柔らかな光が入ってきていた。
その光の中でふたりは逆光の位置に立っており、神々しい輝きに包まれている。
朝からとても眩しく、尊すぎるツーショットに、あたしは心のなかで腐女子の神様に感謝の祈りを捧げる。
「カルティは、いい方向に変わったよ。前は、ずっと……暗い顔で地面ばかりみていたけど、今は、まっすぐ前を向いているでしょ?」
興味津々といった風な表情で、ライース兄様から煎じ薬が注がれたコップを渡される。
あたしはコップを受け取ると、それをベッドトレイの脇に追いやり、とまどっているカルティをのぞきこむ。
「…………」
「表情も……ちょっと柔らかくなって……前よりも、だんぜんよくなったと思う」
「は、はあ……?」
あたしの言葉に、カルティは目をぱちぱちさせて驚いている。
あたしの口からそんなセリフがでるとは思ってもいなかったんだろう。
ライース兄様も一緒になって驚いているのはなぜ?
「いい方向に変わった……ですか?」
「うん」
そう。
ここ数日でのカルティの変化は、とても大きい。
本人に自覚がないようなので、言葉を慎重に選びながら説明する。
褒めるって、大事だからね。
ダメダメな後輩を指導するときに、先輩としてどうやって指導していったらいいか、必死になってネットで調べたんだよ。
まあ、後輩はイマイチな感じだったけど、カルティは違う……と信じたい。
せっかく、カルティがいい感じになっているんだから、荒んだ大人にならないよう注意が必要だ。
カルティがひねくれることなく、素直な子に育ってくれたら、この先、アドルミデーラ家に降りかかる災難の半分、いや、四分の一くらいは減るんじゃないだろうか?
「カルティ……。いつも、いつも、下ばかり見ていても楽しくないでしょ? ちゃんとしっかり前を見て。うん、そう。前をしっかり見ているカルティは、とても仕事ができるオトナな男に見えて、素敵だよ。きっと、お祖母様も安心するし、喜ぶと思う」
最後の一言が効いたんだろう。
カルティの顔が一気にボフッと真っ赤になった。
幼いからか、すごくわかりやすい反応だった。
恥ずかしそうに下を向くが……。
「イタっ!」
「コラ! レーシアが下を向くな、と言った直後に下を向くやつがいるか!」
ライース兄様の叱責が飛んだ。
「アタタ……。お許しください。若様、痛いです。髪を……そんなに強く引っ張らないでください」
カルティのまとめられた後ろ髪をライース兄様がむずっとつかんで、思いっきりひっぱりあげていた。
ライース兄様ってば、手加減なしだ。
うん、あれは痛そうだ……。
絶対に痛いだろう。
見ているあたしも痛くなってきた。
カルティの目には涙が浮かんでいるよ。
「カルティ、下ばかり見るな。ちゃんと正面を見据えろ!」
「はい……」
カルティの顔が正面を向いた時点で、ライース兄様はぱっとその手を離す。
乱れた髪を手で直しながら、カルティは姿勢を正した。
「おまえは、一流のアドルミデーラ家で、一流の教育を受けた、アドルミデーラ家の一流の従者だ。もっと自信を持て。アドルミデーラ家に選ばれた一流の従者であることを誇れ。一流は堂々としていろ」
何回『一流』って言ってます?
少し、ライース兄様の口調が刺々しいような気もするけど、あたしが言いたかったことをライース兄様がフォローしてくれた。
さすが、ライース兄様だ。
「カルティは素敵な従者になれるよ」
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