1-17.モブにすらなれなかったモブ
やりかけの仕事よりも、なによりも、パソコンとか、スマホの中身とか、クローゼットの奥に隠している薄い本とか……見られると、恥ずかしいものがいっぱいそのままで残っているのがいたたまれない。
(お母さん、娘の部屋を片付けて泣くだろうな……)
貯金は『キミツバ』に搾り取られたけど、一応は残っている。
生命保険にも加入したままになっているし、帰宅途中の事故だから、労災が適応されるんじゃないだろうか。
葬式代とかは、両親に迷惑をかけることなく自前の金でできると思う。
色々な意味で、泣かせてしまいそうだった。
ごめんなさい、と心のなかで謝るが、残念ながら母親の顔もうっすらとしか思い出せない。
朝イチで使用するプレゼンの資料が、同僚の手によって無事にプリントアウトされたかなど、もう、どうでもいいことだった。
だって、死んで別の世界に転生してしまった。と断言してもいいだろう。
死んだ九割。
意識不明もしくは夢オチが一割じゃないかな。
いや、もう、死んじゃったと思うことにしよう。
死んでしまったモブのあたしには、どうしようもできない。
戻れない前世のことに、いつまでもこだわっていてもしかたがない。
こういうときは、スパッと切り替えが大事だ。
限定生産のタペストリーはきっぱりあきらめ、今世の生ライースと真剣に向き合うことを考えよう。
推しキャラのいる世界に転生できたのは、嬉しい……。
普通であれば、嬉しいことなのかもしれないが、ちょっとだけ微妙だった。
ライース・アドルミデーラには悪いが、どうせ、転生するのなら、もっとぬるい、楽勝なゲームの世界の方がよかった……。
というのが、嘘偽りのない本音だ。
それこそ、『キミツバ』では、右手をだすか、左手をだすか、という選択肢が、そのまま、生きるか、死ぬかに直結する。
そのシステムがこの世界にも適応されていたら、選択肢をあやまって、下手に動いたら、すぐに死んでしまう。
困ったことに、前世では複数アカウントでゲームを嫌というほどやり込み、ファンの交流サイトではそこそこ名の知れたヘビーユーザーだったんだけど、肝心の選択肢が思い出せない。
ダメダメじゃん……。
ライース・アドルミデーラとカルティ・アザの細かな設定は思い出せたのに……だ。
そこがものすごく、もどかしい。
しかも、あたしが知っているふたりには、微妙なズレがある。
それを言うなら、お父様――ジェルバ・アドルミデーラ侯爵――も、人前で号泣するようなキャラではなく、ちょっとやそっとのことでは動じない鉄面皮の厳つい父親だったはずだ。
キャラたちの性格もだが、それ以上にあたし――フレーシア・アドルミデーラ――の存在に問題があった。
カルティとライースの設定を思い出したとき、おまけっぽい感じであたしは、『キミツバ』でのあたしの役割に気づいた。
ゲーム本編では、ライース・アドルミデーラの『年の離れた異母妹』は登場していない。
ゲーム中の会話で、ヒロインに
「幼い頃に亡くなった妹が、今も生きていたらちょうど、あなたくらいの年齢だと思います」
とか
「妹が生きていたら、あなたのよき友となれたでしょうに……」
といったセリフで、ヒロインに語られるくらいだ。
つまり、その時点でばっちり死んでいるのだ。
それだけではなく、最後の最後までライース・アドルミデーラは『妹』の名を口にしなかった。
『妹』の名前は、前世のあたしが死んだ(と思われる)時点では、公開されていない。
実は、名前だけではなく、顔も公開されていないのだ。
謎の人物というよりは、それほど重要でもないから、こんな扱いになってしまったんだろう。
最初、目覚めたときに、自分が誰だかわからなかったのは、そういうゲーム設定に影響を受けたからかもしれない。
ライース・アドルミデーラの『妹』が重要キャラとして登場するのは、特別イベントの『ライース・アドルミデーラ 真夏の静養地編』だけだ。
そこでも、名前部分は伏せ字扱い。
容姿にいたっては、前髪が長くて、顔は髪の毛の影にかくれてしまって口元しか描かれないというキャラだった……。
ちょろっとの「ちょ」くらいしかビジュアル登場しなくて、あとは、溺れているところとか、ライースがすがりついて(ライースが)涙を流しているというところに、身体の一部がちょこっと見えているくらいだ。
画面から見切れているのがほとんどだった。
だって、メインは若かりしライースのエピソードだからね。
あたしってば、刺し身のつまくらいな存在なんだろう。
演出上の意図的な表現だったのか、公開まで時間か予算が足りなくて、妹のデザインを断念したのか……。
ファンたちがライース・アドルミデーラの『妹』を想像したイラストをSNSに発表したり、薄い本をだしたりしていたから、今更、顔を公開できなかったのかもしれない。
モブの絵の方が、まだしっかりと描かれていたくらいだ。
モブ以下のモブ扱い。
あまりにも雑な扱われ方だ。
ショックで言葉もでない。
モブでもザコでもいいじゃないか、といいたいところだが……。
モブはモブでも、池で溺れてさっさと死んでしまうという、メインキャラになれなかったモブにあたしは転生してしまったのだ。
いやいや、モブにすらなれなかったモブにあたしは転生してしまったのだ。
ゲームでは名前がなかったライースの『妹』は、フレーシア・アドルミデーラという名前がついていた。
フレーシア・アドルミデーラに転生したあたしは、真夏の静養地編のイベントが発生したとき、こっそり部屋を抜け出したのではなく、従者のカルティ・アザを連れて、別荘周辺を散策した。
ライースの『妹』は、四葉のクローバーを探した。
でも、フレーシア・アドルミデーラは、四葉のクローバーを探したい、とは思わなかった。
足元にあるクローバーなど、視界にも入らず、ずんずん踏みつけていたくらいだ。
(まさか……クローバーの呪い?)
いやいや、それは……ありえないだろう。少しばかり想像の翼を広げすぎだ。
ゲームには、木から降りることができなくなった子猫は登場していない。
ゲームでは、子猫を助けようと木に登ったあたしを見て、カルティ・アザが大騒ぎすることもなかった。
でも、フレーシア・アドルミデーラは、子猫を助けようと、無謀にも産まれて初めて木に登った。木の下では、カルティ・アザが派手に大騒ぎした。
****
だから、こうしてあたしは生きている。
そう、ライースの幼い頃に亡くなった『妹』は、ここではしぶとく生きているのだ。
ライースの妹は死ななかったのだ。
前世のあたしが大好きなキャラ。
今世のフレーシア・アドルミデーラが大好きなライース兄様。
ゲームとは少し違うライース兄様は、あたしに「生きていてくれて、ありがとう」と言った。
ライース兄様は幼い頃より、身の回りの死に触れてきた。
身内の死はとても身近なもので、心を痛めるできごとなのだろう。
あたしが池に溺れて死にかけたとき……幼い弟が亡くなってから半年ちょいで、妹もまた死んでしまうのか……と、ライース兄様は口にこそださなかったが、怖かったに違いない。
喜び、感謝、安堵、感激、愛情……そういった、ライース兄様の心が複雑にまじりあって、ひとつになり、「生きていてくれて、ありがとう」という言葉として発せられたのだ。
その言葉を思い出し、じわじわと温かなものが、体内のすみずみにまで広がっていく。
六歳の少女には難しいことかもしれないが、前世で『キミツバ』のヘビーユーザーだったあたしには、ライース兄様の『言葉の重さ』を理解することができた。
ゲームではライースの『妹』は簡単に死んでしまう。
ライースは『妹』の生命を救うことができなかった。
なので、そんなセリフはなかった。
護らなければ。
助けなければ。
と、あたしは強く想う。
フレーシア・アドルミデーラは生きている。
ライース兄様とカルティ・アザによって、あたしは生きている。
そして、ライース・アドルミデーラも、カルティ・アザもあたしと同じで、ちゃんと生きているのだ。
数奇な運命をたどるふたりとその周囲のひとたちのために、あたしは、前世の記憶を思い出して、こうして生きているのだろう。
そう思いたい。
そのためにここにいる。
ゲームの世界だけど、ここは、決して、ゲームだけの世界じゃない。
あたしの額に触れたカルティの手は、幻ではなかった。
抱きしめられたとき、ライース兄様の力強い鼓動が聞こえた……。
こんなに温かで、感情にあふれている世界が、プログラムで動くゲームであるはずがない。
みんな、感じて、考えている。
だから、ゲームとは違う展開になっているのだ。
護らなければ。
助けなければ。
小さな両手をぎゅっと握りしめると、鏡の中の少女に向かって、あたしは誓ったのだった。
(Mission1 前世を思い出せ! 完)
ここまでお読みいただきありがとうございました。
Mission1 前世を思い出せ!
はこれで終了です。
次回より
Mission2 げきまじゅおくちゅりを克服せよ!
がはじまります。
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