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1-15.ライース兄様の笑顔

 今までのあたしは、カルティにとって、どう思われていたのだろうか……。

 ちょっと気になる。


「それから……カルティ、そして、ライース兄様……。心配かけてごめんなさい」


 あたしはぺこりと頭をさげた。


 侯爵の娘が従者に頭を下げるなど……ありえないことだろう。


 それをあたしはやったのだった。


 ふたりは無言だった。

 静止画のように固まってしまっている。


 カルティなど、不思議な生き物を観察するような目になっていた。


 あたしの謝罪に感激すると思ったのだが、なんだか、ものすごく気味悪がられているような気がする。


 頭を下げただけで、こんな反応をされるとは……ちょっと、いや、かなり傷ついた……。


「でもね、猫ちゃんを助けようとしたことについては、悪いことじゃないから! あたしは、あやまらないわよっ!」

「いや、ああいうときはだな、自分でなんとかするのではなく、大人を……使用人を呼んで、猫を助けてもらいなさい」


 ライース兄様の教え諭すような正論に、あたしはぷくっと頬を膨らます。


 前世の二十代後半までの人生があっても、ベースは、しょせん六歳児。仕草ややることが、年相応に幼い。


「木に登るのではなく、ハシゴを使うなど、色々な方法があるだろう?」

「そんなことしてたら、猫ちゃんが、池に落ちちゃうじゃない!」

「落ちるとは限らないだろ? 猫だぞ」

「猫は猫でも、子猫だよ!」

「猫ちゃんが落ちたら、あたし、池に飛び込んででも助けるよ!」

「泳げないのに?」

「木登りも、あの日が初めてだったんだから!」


 ライース兄様は「頭が痛くなる」とかいって、額に手をあて、大きなため息を吐き出していた。


 カルティはこのやりとりにかかわりたくない、と思ったのか、そろそろとワゴンの方へと移動し、息を潜めながら食事の準備をはじめている。


 八歳児とは思えない処世術だ。


「その件については……父上とお祖母様からの話を聞くといい」


 このまま言い争って食事が冷めてしまってもいけない……と、ライース兄様は、話を強引に打ち切る。


 あたしも別に言い争いを望んでいるわけじゃないので、おとなしくひきさがった。


 ライース兄様とカルティは、協力しあって、あたしの食事の準備をはじめる。


 枕をタテに二つ重ねて背もたれを整え、あたしをそこにもたれさせる。


 カルティがエプロンをとりだすと、ライース兄様がそれを素早く奪い取って、あたしにつけてくれた。


 ベッドトレイを準備したり、そこに食事の皿を並べたりと……ふたりの間に会話は少ないのだが、なんだか、奇妙な連携がとれている。


 ライース兄様が主導権を握り、カルティがそれを補助するように、細々としたものを準備していく。


 見事な連携だ。息ぴったり。


 このふたり、こんなに仲が良かっただろうか?


 ゲームでも、今世の記憶でも、こんなに仲良く並んでいるふたりの姿は見た記憶がない。


 仲良くというか、カルティがライース兄様になついているように見える。


 ライース兄様も、カルティを従えて、まんざらでもない様子だ。


 ふたりの和気あいあいとした姿に見とれているうちに、食事の準備があっという間に整う。


 カルティは従者だから慣れているが、ライース兄様は屋敷から飛び出して一人旅をしているせいか、貴族の息子なのに、自分のことや身の回りのことなど、苦労することなく、なんでもできてしまう。

 攻略キャラって、すごく優秀すぎるだろう。


 あたしは手際よくベッドトレイの上に並べられた食事を観察する。


 ドロドロのお粥、ドロドロに煮た果物のペースト、ドロドロに煮た野菜スープ、ドロっとした不気味な色の飲み物……。


 全て、素材の原型がなく、液体状だった。

 説明がないと、なんの液体なのかよくわからない。


 というか、人間が口にして大丈夫なのかと疑いたくなるような、怪しいいモノが混じっている。

 

 ライース兄様は再び、寝台横にある椅子に腰掛けると、スプーンを手にとり、お粥をひとさじすくいとる。


 フーフーと息を吹きかけてから、それをあたしの口元へと持っていく。


「ライース兄様?」


 一体、これは……どういうアクション?

 ライースはなにをやろうとしているのだろうか?


 いや、なんとなく……予想はつく。


 口元がひくひくとひきつっているのが自分でもよくわかる。


「さあ、レーシア、口を開けて? 食べさせてあげるから」

「ええええ?」

「ホラ」


 スプーンが口元に迫ってくる。


(カルティ助けて! 助けてください!)


 慌てて視線を巡らせるが、いつのまにか、カルティはあたしの視界から消えていなくなっていた。


「ライース兄様……だ、大丈夫。ひとりで食べられます」

「レーシアはなにを言っているんだ。昨日まで水分のようなもの以外、ほとんど口にできていなかったんだよ。消耗しているのに、スプーンが握れるのかな?」


 と言われ、あたしは渡されたスプーンを受け取ろうとしたら、握ることができずに……ガチャンと音をたてて、トレイの上にすべり落ちてしまった。


 ほらね、という、ライース兄様の勝ち誇ったような、心の声が聞こえたような気がした。


 よくわからないけど、なんだか……悔しい。


 ライース兄様はしれっとした顔で、どこからか現れたカルティから新しいスプーンを受け取ると、再び、皿の中の粥をすくった。


 カルティは……スプーンをライース兄様に渡し終えると、また、あたしたちの視界から消えてしまった。


 しかし、見えないとはいえ、カルティが近くで待機しているとわかると、なおさらこの状況が恥ずかしい。


「ほら、あーんして? あーんだよ?」


 幼児をあやすかのような、ものすごく、甘い声だ。


(いやっ、いやあっっっっ! あたしの知ってるライース・アドルミデーラは「あーん」なんて言葉は使わなかったからっ!)


 一体全体、どうなってしまったんだろう。


 おかしい……。


 ライース・アドルミデーラが、よくわからないけど、ゲーム設定ではありえない行動をしている。


 ライース兄様はスプーンを持ったまま、にこやかな笑みを浮かべていた。

 整った顔に、整った笑み。


「…………」

「…………」


 その笑顔を見たあたしの全身に、いいようのない悪寒が走った。


 笑顔なのに、なぜか、ライース兄様の笑顔が怖かった。


 逆らえない。


 逆らうことを許されない『圧』が、ライース兄様の笑顔にはあった。


 身内じゃなかったら、大変な目にあってそうな気がする。


 あたしは観念する。


 雛鳥が親鳥から餌をもらうときのように、大きく口を開けると、ぱくりとお粥を食べたのであった。

お読みいただきありがとうございました。

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