1-14.可愛い妹
まるで壊れ物を扱うかのように、ライース兄様の大きな両手が、あたしを優しく包み込んだ。
親密度が上がれば、どの攻略キャラも一様にベタベタしてくるが、初期のライースって、こんなにスキンシップが激しいキャラだっただろうか? と心の片隅で不思議に思いながらも、あたしは、ライースの黒曜石のような黒い瞳をのぞきこむ。
「ライース兄様が、あたしの……お兄様でよかった……」
まあ、やましい心がこれっぽっちもなかった……とは言えないが、これは、本当に心から思ったことである。
ライースの妹に転生できてよかった……と素直に思えた。
そして、前世の記憶を思い出し、死亡イベントを回避できたからには、ライースの妹でよかったといえる生き方をしていきたい。
あたしの言葉に、ライース兄様の顔が一気に真っ赤に染まった。
顔を真っ赤にさせながら、嬉しそうな、はじけるような笑顔をライース兄様は浮かべていた。
(――――!)
すごすぎる。
破壊力がハンパない笑顔だ。
これがゲームなら、まちがいなく、サウンドが切り替わって、キラキラエフェクト効果が発動するシーンである。
「おれもだ。レーシアが、おれの妹で、こうして、今もちゃんと、抱きしめることができて……ほんとうに、よかった……」
ライース兄様の両手に力がこもる。
タイミングを見計らったかのように、寝室の扉がノックされた。
ライース兄様はゆっくりとあたしから離れ、ベッドの脇の椅子に座りなおす。
最後にもう一度、あたしの頭をナデナデしてから入室の許可をだす。
扉が開き、カルティが食事の載ったワゴンを押しながら、寝室へと入ってきた。
「お嬢様……お食事をお持ちいたしました」
「ご苦労。おれも手伝うよ」
「若様、ありがとうございます」
年下の従者の登場に、ライース兄様はおもむろに席をたった。
ワゴンに載っている食事の内容を確認しながら、ライース兄様はカルティに質問する。
「デイラル先生はもうお帰りになられたのか?」
「いえ。今晩は、念のためこちらにお泊りになるそうです。お食事の後は投薬となりますが、デイラル先生が同席されるとのことです」
きびきびとしたカルティの返事に、ライース兄様は大仰なため息をついた。
「父上が、デイラル先生に留まるように命令したのだろう?」
「領地での医療事業と教育について、現時点での報告を受けたい……とか、なんとかおっしゃってましたが……まあが……そういうことになります?」
「まったく……あの強引さには困ったものだな」
「それだけ、お嬢様のことを心配なさっているのでしょう」
「……そうだな。娘の身体は、心配だよな……」
ライース兄様の含みのある言葉に、カルティは難しい顔をして沈黙する。
久しぶり――七日ぶり――に見るカルティは、なんだか雰囲気が変わって見えた。
たった七日ほどで外見がどうこう変わっるはずがないのだが、背筋が伸び、ライース兄様の目を見て会話している。
自信がなさそうな、怯えたような表情はあいかわらずだが、それだけでもずいぶんな進歩だ。
「カルティ……」
「はい。なにか御用でしょうか? お嬢様? 足りないものでもございましたか?」
あたしは首を横に振ると、カルティを手招きする。
カルティは一瞬だけ、ライース兄様に『おうかがい』をたてるような視線を送ったが、ライース兄様が頷いたので、そろそろとあたしの方へと近寄る。
「ライース兄様から聞いたけど……あたしが溺れたとき、カルティが色々と助けてくれた?」
「いえ……わたしはなにも……」
「そんなことない。助けてくれて、ありがとう」
「え……っ」
「えっっ?」
あたしの感謝の言葉に、ライース兄様とカルティが驚きの声をもらす。
「レーシアが使用人に礼を言うだと……」
「ありえないことですね……」
「もしかして、打ちどころが悪かったのか……」
小声でコソコソ話している。
ばっちり聞こえてますよ。
ふたりの驚いた顔が……見ていて辛い。
察するに、前世を思い出す前のあたしは、そこそこワガママだったようだ。
まあ、母親を早くに亡くして、使用人に囲まれて、病気がちな裕福層の女の子……ともなれば、どの世界でも甘やかされたり、病気のストレスでワガママに育つ可能性は高いだろう。
でも、そこらあたりは軽くスルーする。
みていないさい! これからのあたしは違うから!
驚いた顔であたしの前にいるカルティに、言葉をつづける。
こっちの方が本題だ。
「カルティ……お父様に怒られなかった?」
あたしの質問にカルティの表情が微妙な動きをみせた。
ゲームでは、娘が池で溺れ死んだのは、『あたしの世話を担当していた従者』が、あたしをしっかり監視していなかったから……という理由で、その従者はお父様から厳しく責められるのだ。
具体的には、激しく鞭打たれ、罪人の烙印を押されるのである。
烙印は熱した焼きごてを皮膚に押し付けて火傷させる。めちゃくちゃ痛いし、火傷の跡は、消えることなく、胸に残ったままだ。
そして、鞭打ちの方も悲惨なもので、成人しても背中には鞭の痕が残っており、その姿はとても痛々しい。
それだけでなく、鞭でぶたれたときに、右目を痛めてしまい、失明とまではいかなかったが、右目はほとんど見えない状態になるのだ。
『あたしの世話を担当していた従者』とは、カルティ・アザだ。
カルティが執拗にジェルバ・アドルミデーラ侯爵を狙って暗殺した理由、アドルミデーラ家を滅ぼすために黒幕に使われていた理由がこの『ライース・アドルミデーラ 真夏の静養地編』でとりあげられた出来事なのだ。
鞭で傷ついた右目はカルティの弱点――死角――になっている。
敵キャラとして存在する第一部では、カルティの右目を狙わないと、カルティに殺されてしまう。
攻略キャラになった第二部では、乱闘イベントで選択を間違えた場合、カルティは必ずそこを狙われて、致命傷を負って生命を落とす……という流れになるのだ。
ジェルバ・アドルミデーラ侯爵の娘はこうして無事に生きているが、怒り狂ったお父様はなにをやるかわからない。
あたしが熱でうなされている間に、鞭打ち百回とかやってそうだ。
「大丈夫です」
「ほんとうに? 怒られていない?」
あたしにじっと見つめられて、カルティは困ったような表情を浮かべる。
「……本当は、屋敷を追い出されそうになったのですが、大奥様と若様が、わたしをかばってくださいました」
そのコトバ……信じていいんだろうね?
あたしの視線がライース兄様の方へと移動する。
「カルティのことなら心配いらない。さっきもレーシアに話したが、カルティがいなければ、レーシアは助からなかった」
「…………」
「父上には、おれがそのことをちゃんと説明して、わかっていただいたから、大丈夫だ。この件でカルティが責められることはないから、安心しろ」
やっぱり優秀すぎるライース・アドルミデーラ!
領主の決定を覆すのは、なかなかできるものではない。
カルティは罪人の烙印を押されて、屋敷を追い出されて飢えに苦しむこともなければ、鞭で傷つくこともないのだ。
「ありがとう! ライース兄様! 大好き!」
できることなら、アニメみたいにライース兄様に飛びつきたいところだが、病み上がりのあたしには無理だ。
なので、言葉で伝える。
「当然のことをしたまでだ」
ライース兄様はテレたように頬を赤らめながら、そっぽを向く。
カルティは……信じられないものをみてしまったというような顔で、硬直している。
お読みいただきありがとうございました。
お気に召しましたら、
ブックマーク及び、↓下部の☆☆☆☆☆を押していただけるとやる気がみなぎります。




