1-13.ライースの告白
推しキャラが目の前にいる。
これは、神様が用意してくれたサプライズだろうか?
言うまでもなく、あたしの心臓が激しく動き始める。
毎朝、毎晩、起きたとき、寝る時に、タペストリーのライースをまじまじと眺めていたが、やはり、生ライースは違う。
さらに、思春期あたりの年頃のライースは、回想シーンでしか見ることができないのだ。
狼狽えている場合じゃない。
画面キャプチャができないのだから、しっかり、この目と魂に、思春期ライースの姿と香りを焼きつけておかなければならない。
「父上にも困ったものだな。色々と……。さっきは疲れただろう? 食事が用意されるまで眠ったらどうだ?」
食事の準備ができたら起こしてあげるから……とライースは優しく言うが、あたしは首をおもいっきり横にふる。
愛しのライースに見守られながら眠るなんて、いくらなんでも難易度が高すぎる。
企業コンペに勝ち残って仕事をゲットするよりも難易度が高い。高すぎるよ。
ライースのタペストリーの前では『見守られている』感じがして、ぐっすり眠れた。
だが、生ライースの前で眠れなど、ライースの願いであっても、緊張して眠れるわけがない。
目がギランギランに輝いてしまいそうだ。
四十八時間くらい寝ずに仕事ができそうだ。
ゲーム上では、ほとんどモブに近い存在だけど、ライースはあたしを家族の一員として扱ってくれている。
異母兄弟なのに、破格の待遇だ。
あたしに対する口調と視線は、とても優しく、いたわりに満ちていた。
なんだか、ライースが、乙女が夢見る『理想的なお兄ちゃん』になっている。
ライースは興味のない他人にはとことん冷たいのだが、どうやら、あたしはめでたくも『大切なヒトたち』の部類にカテゴライズされているようだ。
だからこそ、ライースの攻略が失敗してバッドエンドの『一家が罠にかかって、一族、使用人もろとも惨殺されてしまう』を迎えると、生き残ったライースは復讐に走ってしまう。
そして、悲しみのあまり歯止めが効かなくなったライースは、やりすぎてこの国までも滅ぼしてしまうのだ。
「…………」
「…………」
謎めいた沈黙の時間が流れる。
兄の言うことをきかない、かわいくない小娘とでも思われてしまったのだろうか……。
ちょっと心配になる。
ライースはしばらくの間、無言であたしを眺めていると、なにを思ったのか、あたしの頭の上に手をのせ、ぐりぐりとかき回し始めた。
勢いがありすぎて、上半身が前後左右にグラングランと揺れまくる。きつめの首の体操といったところか。
病み上がりにこれはちょっと……きつい。
世界がぐるぐる回っている。
「ライース兄様……? 髪がぐちゃぐちゃに……」
ちょっとびっくりしてライースの手を振り払おうとするが、十歳近く歳が離れていると、なかなかうまくいかない。
あたしはライースが納得するまで、わしゃわしゃともみくちゃにされた。
「よくがんばったな」
「え……?」
「レーシアは、よくがんばったよ」
(どういうことだろう?)
意味がよくわからない、というあたしの表情を読み取ったのか、ライースに苦笑が浮かぶ。
「レーシアは、たくさんがんばった」
「たくさん?」
ライースは大きく頷いた。
「そうだ。溺れて苦しかっただろうに……レーシアは、抱いていた子猫を離すことなく、水の中でがんばっていた」
「…………」
「おれが助けたときも、レーシアは、最後まであきらめず、生きようとがんばってくれていた」
最初は乱暴だったライース……ライース兄様の手の動きがゆっくりとしたものになり、最後には、優しく、やさし――く髪を撫でられる。
頭をナデナデされているだけなのに、なんだか気持ちよくなってくる。
ああ……だめだ。
さすがは攻略キャラである。
女性をメロメロにする術は、若い頃から標準装備されているようだ。
「高熱でうなされていたときも、レーシアは、熱に負けずにがんばった」
深い光をたたえた黒い双眸が、あたしをじっと見つめている。
そ、そんなにじっと見られたら……鼻血いや、熱がでてきそうだ。
ライース兄様の話によると……。
あたしが池に落ちたあの日。
カルティ・アザが大きな声で騒いでいたのが風に流れて聞こえたから、ライースはなにごとかと思い、池の方へと足を向けたという。
「カルティの叫び声が聞こえなかったら……おれは、のんびりと保養地の様子を確認しながら……時間をかけて別荘に向かうつもりだった……」
ライースの告白に、あたしは内心の驚きを必死に隠す。
ゲームの結果との『ズレ』の原因がカルティの叫び声にあるとは思わなかった。
ウルサイと、頭ごなしに叱りつけたことに、ちょっぴり罪悪感が芽生えてくる。
それによってライースの進行方向が変更され、あたしが池に落ちる現場に居合わせることとなった。
池の中から救い出されたとき――あたしは頭を打って気絶していたのでよくわからなかったが――あたしは水を大量に飲んでおり、息をしていなかったという。
さらに、夏とはいえ、避暑地にある池の水は冷たく、身体も冷え切っていたらしい。
全身はぐっしょりと濡れており、ぴくりとも動かない。顔色は土気色、身体は氷のように冷たい……。
あたしのその様子に、まだ若いライース兄様とカルティは驚き慌てたことだろう。
ライース兄様が必死に蘇生の処置をしている間、カルティは屋敷に駆け込んで使用人たちに知らせて、助けを呼び寄せた。
お祖母様の診察を終えて帰宅途中だったデイラル先生を、カルティは早馬に飛び乗って呼び戻したり……と、色々と大変だったそうだ。
「デイラル先生がすぐに駆けつけて、レーシアを診てくださったから、最悪の事態にはならなかったんだ……」
あの日のことを思い出しているのだろう。
ライース兄様の声は少し震えていたが、安堵した響きがそこにはあった。
ライース兄様の蘇生術が的確だったことに加え、デイラル先生が駆けつけたのが早かったこともあり、あたしは、奇跡的に息を吹きかえした……のだ。
カルティが騒がなかったら、ライースが池に足を向けなかったら、デイラル先生が屋敷の近くにいなかったら、あたしはあのまま子猫もろとも溺れ死んでいた……ということだ。
いくつものゲームとは違う小さな偶然が重なり……奇跡が起こったとしかいいようがない。
ゲームの展開――本来の結末――を知っているあたしは、ライース兄様の説明を緊張しながら聞いていた。
「レーシア……」
ライース兄様はひととおりの話を終えると、あたしを「ぎゅっ」と、力いっぱい抱きしめる。
……うん、わかってます。
わかっていますよ。
これは、家族想いの兄が、可愛い妹を抱いている構図です。
当然のことながら、あたしはヒロインじゃないし、小学一年生レベルだし、色気もなければ、レンアイカンジョウなんてものも、これっぽっちもありません。
と、わかっているのに、ライースのぬくもりを意識すると、ドキドキは激しくなる一方……。
あと、ちょっとの刺激があれば、まちがいなく心臓が簡単に破裂してしまう。
「生きていてくれて、ありがとう……」
耳元で囁かれたライース兄様の言葉。
「…………!」
ライース兄様の静かな声が、すとん、とあたしの胸の中に落ちた。
「ライース兄様……」
「なんだい?」
ライース兄様はあたしから離れると、今度はあたしの手をとり、そっと握りしめる。
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