1-12.アドルミデーラ家の女帝
サディリア・アドルミデーラは、ジェルバ・アドルミデーラ侯爵の実母にして、美姫として有名なマグノーリア王国正妃の実母でもある。
ライースやあたしのお祖母様となる女性だ。
もちろん、攻略キャラではないので、ジェルバ・アドルミデーラと同じように、脳に優しい情報が追加で加わっていく。
前世での設定と、今世のあたしが知っているお祖母様情報が明瞭化してくる。
お祖母様は、容姿こそ年老いてはいたが、凛としたたたずまいに、気品に溢れた所作がとても美しい……礼儀正しく自分にも他人にも厳しい厳格な女性であった。
体調を崩す前までは、貴族の子女にマナーを教えていたというので、礼儀作法にはうるさいヒトだった。
若い頃はさぞかし美しかっただろう、ということは容易に想像できる。
しかし、その見た目の美しさよりも、気性の激しさ、若くして夫を亡くし、息子が成人するまで領地を守り、発展させた才覚と男勝りな武勇伝にことかかない女傑であった。
ひとことで言うなら、アドルミデーラ家の女帝だ。
成人前までは各地を放浪し、好き勝手なことをしていたライースでも、お祖母様にはかなわない。
お祖母様の前では大人しく言うことをきくし、逆らうことはしない。
ジェルバが正妻に頭があがらない――気性の激しい女性を苦手とする――のは、お祖母様の影響もあるのではないだろうか?
と、あたしは密かに思った。
「わたくしたちはこの後、別室でもう少しデイラル先生とお話をいたします」
「はい」
「尋ねたいことがあるのなら、今のうちですよ。なにか質問はありませんか?」
お父様と同じ茶色の瞳が、じっとあたしを見ている。
「尋ねたいこと……?」
お祖母様の言葉に、あたしはしばし考え込む。
前世を思い出したばかりのあたしにしてみれば、知りたいことはいっぱいあるが、お祖母様が言っているのは、そういうことではないだろう。
(お祖母様に尋ねたいこと、デイラル先生に尋ねたいこと)
老医師とアドルミデーラ家の女帝を忙しく見比べる。
(あたしと一緒に池に落ちてしまった子猫は、助かったのかな?)
細い枝先でみゃあみゃあ泣いていた茶トラの子猫を唐突に思い出す。
あたしと一緒に池に落ちてしまってから一週間がたっている。
あたしは……水中で見た十六歳の若いライース・アドルミデーラに助けてもらったが、ライースの性格設定からすると、彼が猫まで助けるとは到底、思えなかった。
ライース・アドルミデーラは、好きなものと興味のないものに対する扱いの差が激しい人間だった。
気に入ったモノ以外にはとことん無関心で、冷淡なところがある。その他大勢の扱いなど、ひどいものだった。
ヒロインとの親密度があがると、偏愛が激しくなり、執着が強くなる。
その激しいセリフにユーザーたちはメロメロになって課金しまくるのだが、あくまでも、ゲーム、二次元の世界だからよいのだ。
リアルでこんな執着系な彼氏がいたら、ストーカー認定され、ぜったいにドンびくレベルだ。
「おまえがおれを好きでいてくれれば、それでいい。あとのことはどうでもいい」
という言葉が、呼吸するくらいに自然にでてくるキャラだ。そして、それをためらうことなくやってしまう。
そんなライース・アドルミデーラの好きなもののなかに、猫はなかった。
子猫の安否はすごく気になるが、今は、周囲の反応が怖くて聞けない。
見た目は六歳児、中身はふたりぶんの年齢を合計して三十路となると、空気くらいはよめる。
今は、子猫の話題は厳禁だ。
周囲にあわせるのが得策だろう。
(でも……)
「フレーシア……訪ねたいことがあるのではなくて?」
あたしの迷いに、お祖母様の声がかぶさる。
「あの……ねこ……」
あたしが言葉を発するたびに、みんなの視線が集まるようで恥ずかしい。大注目されている。
「いっしょに……池に……おちたねこは……たすかった……のでしょうか?」
質問する声が震えていた。
お父様だったら「今は猫の話をしている場合ではないだろう!」と怒りだすだろうし、なによりも、助からなかった……とか言われたら、とても悲しい。
「子猫は無事です」
「え……」
お祖母様の凛とした答えに、あたしは下げていた視線を上げる。
「たすかったのですか?」
「ええ。フレーシアが子猫をしっかりと抱きしめて離さなかったと聞いています」
アドルミデーラ家の女帝は、ニコリともせずに、事実だけを淡々と述べる。
どうやら、ライースは猫ごとあたしを助けてくれたようだ。
「よかった……」
目にじわりと涙が浮かぶ。
素直に嬉しかった。
「猫ちゃんがぶじでよかった……」
涙を流すあたしを見て、ライースは「レーシア……」と小さな声で呟いている。
「ライース兄様が助けてくれたのですね? ありがとうございます」
「いや、おれじゃない。おれは猫にはなにもしていない。レーシアが助けたんだ」
「ライース兄様……溺れたあたしを助けてくださって、ありがとうございます」
ライースらしい言葉に、あたしは泣き笑いの表情をみせる。
このメインキャラが簡単に死にまくる過酷な世界で、小さな生命が助かったのだ。
この部屋にいる人間だけでも最低、四名……に死亡の運命がつきまとっている。
感慨深い。
「兄として当然のことをしたまでだ」
ライースはぶっきらぼうな口調で答えると、そのままぷい、と横を向いた。照れているのか、耳の辺りが赤くなっている。
(か、かわいい……)
なかなかにレアな表情だ。
「フレーシア、よくお聞きなさい。あなたが助けたあの子猫は野良だったようです。アドルミデーラ家の人間が、生命をかけて救った生命です。よって、アドルミデーラ家が責任をもって、最後まで見届ける義務があります」
「は……はい?」
車椅子に座ったお祖母様は、キリリとした表情でおごそかに宣言する。
六歳児に言うにはかなり難解な言葉じゃないだろうか……。
お祖母様の大仰な言葉に、あたしはコテリと首を傾けた。
いや、だって、今は猫の話をしているのだけど……。
「今は、カルティが世話をしていますが、デイラル先生のお許しがでたら、その猫はこの部屋に連れてこさせます。フレーシア、あなたが猫の後見人となり、最後まで責任をもって、猫を保護するのです」
「……わかりました」
きっと、お祖母様はこんな調子で、孤児となったカルティを引き取ったのだろう。
厳しくて、怖いヒトだけど、心根は真っすぐで、あたしはこういう女性は嫌いじゃないな。できる女上司っていうかんじだ。
結婚で退職してしまったけど、最初の直属の上司がそんなヒトだった。
あたしはそのヒトに、社会人としてのイロハなるものを教えられ、鍛えられたようなものだ。
「ですが、フレーシア、働かざるもの食うべからずです。猫には、食料庫のネズミ退治の任を与えますから、責任をもって従事させるように」
「は、はい」
お祖母様はにこりともせずにそれだけを言ってしまうと、車椅子を爺やに押してもらいながら、部屋からでていく。
お祖母様のあとにはデイラル先生が続き、お父様もしぶしぶといった風で部屋をでていく。
気づけば、ライースだけが部屋に残っていた。
カルティもメイドたちの一団と一緒になって退出したようである。
ライースは、寝台の横にあった椅子を枕元の方へとひきよせると、そこに腰掛けた。
(ら、ら、ライースとふたりっきりぃ!)
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