1-11.お父様の動揺
ジェルバ――お父様――はあたしの顔色の悪さに驚き、デイラル先生に「本当に大丈夫なのか?」と詰め寄っている。
「ジェルバ様、ご安心ください。フレーシアお嬢様は順調に回復なさっております」
「あんなに顔色が悪いというのにか! あれのどこが順調なのだ!」
「フレーシアお嬢様の顔色の悪さは、こちらに移る前からのものでございます」
デイラル先生ののんびりとした返答に、お父様は「むうぅっ……」と唸って黙りこくる。
「熱も下がっております。七日間も高熱が続き、体力を消耗したのでしょう。これからは、時間をかけてゆっくりと回復していく段階です」
「父親の名前がわからないのは、どういうことだ?」
「それは、これから様子をみてまいりましょう。意識も記憶もはっきりされておりますし、長い間、意識を失っていたための混乱状態かとおもわれます」
「そんな……のんきなことで大丈夫なのか? 父親の名前が言えないのだぞ?」
「……まずは、フレーシアお嬢様の回復と安定に力を注ぎましょう。心身がおちつかれましたら、色々と思い出されるでしょう」
お父様が納得できる答えではなかったようで、ジェルバは疑っているような、ジトっとした視線をデイラル先生へと向ける。ののしりたいのを懸命にこらえているようだ。
が、お祖母様の咳払いで、お父様はしぶしぶ口を閉じる。
「頭の傷も悪化することなく、回復の様子がみられます。……まあ、痕が少し残るかもしれませんが……」
デイラル先生の言葉に、お父様は悲鳴めいた叫び声をあげた。
「お、おん、女の子の身体に傷が残るだとおっっっっっ!」
「ち、父上、大丈夫ですか?」
額を抑えてふらついたジェルバを、ライースが慌てて支える。
デイラル先生の言葉がよほどこたえたのか、ジェルバはよろめきながら「フレーシアが傷物になった」と、無表情でブツブツと呟いている。
なんか、ちょっと怖い……。
それに、傷物って……別の意味に聞こえるから、その言い方はやめてほしい。
「ジェルバ様、傷が残るといっても、それほど大きなものではありません。髪に隠れて見えることもないでしょう」
「傷の大小の話ではない。たとえ、小さなものでも、傷は傷だ!」
ジェルバの反論に、ライースはあきれたように首を振る。
言っていることは間違いないが、むちゃくちゃだ。
(額に傷が残るだけで、こんなに動揺してしまっているのだから、娘が溺れ死んだときは、もう大変だったんだろうな……)
他人事のように、心の中で感想を呟いたあたしは、次の瞬間、
「あああああ――っっ!」
と、大声をあげてしまった。
あたしの大声に、部屋の中が「しん」と静まり返る。
一瞬、いや――な緊迫感が寝室に満ちた。
(や、やってしまった……)
ジェルバの目が「くわっ」と見開かれ、大声をあげたあたしを指差す。
「デイラル! なにが大丈夫だ! みろ、奇声を発しているじゃないか! このやぶ医者め!」
「落ち着いてください、父上! それと、デイラル先生への暴言はお控えください。父上の声の方がはるかに大きいですよ」
デイラル先生に掴みかかろうとしているジェルバを、ライースが羽交い締めで必死に止める。
今の段階では、ライースよりもジェルバの方が、力は勝っているようだ。
ライースは顔を真赤にして歯を食いしばり、ぷるぷる震えながらジェルバを抑えている。
なにげに、ジェルバ・アドルミデーラ侯爵も死亡率は高いが、そこそこ強かったりする。
「フレーシアお嬢様、いかがされましたかな? ご気分がお悪いのですか? どこか、痛みますかな?」
憤慨しているジェルバは無視して、デイラル先生は、あたしに問いかける。
長年アドルミデーラ家に仕えてきたデイラル先生にとって、ジェルバ・アドルミデーラ侯爵は主君であると同時に、幼い頃から成長を見守っている患者のひとり。あまり怖くはないのだろう。
やぶ医者呼ばわりされても、表情ひとつ変えない余裕が、デイラル先生にはあった。
「あ……いえ、なんでも……ない……です」
あたしは、慌てて上掛けをたぐりよせる。
「大きなこえを……だして……ごめん……なさい」
この状況から一刻も早く抜け出したい。
はやく、ひとりきりになって、大事なことをゆっくりと考えたい。
屋敷にいる主な人間にぐるりと囲まれている状態では、落ち着いて考えることもできない。
と、思ったら、あたしのお腹が小さく「きゅるるぅっ」と、音をたてた。
その音を聞き、穏やかだったデイラル先生の顔が、さらに柔らかいものになる。
あたしのお腹の音で、再び部屋の中の空気が固まる。
ただでさえ注目されているのに、部屋にいる人々の視線が、あたしに向かって容赦なくつきささった。
ライース・アドルミデーラも、驚いたような顔をして、あたしをまじまじと見つめている。
(お、お、推しの前で、お腹が鳴るなんて……)
顔が……耳や首筋まで、羞恥のために赤く染まったのが、自分でもわかる。
もう、恥ずかしくて、恥ずかしくてたまらない。
六歳の子どもが、お腹の音でうろたえるのもおかしな話だが、中途半端であっても、前世の記憶が蘇ったアラサーのあたしには耐え難い屈辱的なできごとだ。
ライースの視線からひたすら逃れたくて、あたしは握りしめている上掛けを引き上げるが、この上掛け、子どもが使うには少々、大きすぎるようで、重くてたぐりよせることができない。
あたしが非力でもあるんだろう。
デイラル先生は再びあの「ふぉっ、ふぉっ」笑いを披露する。
「けっこう、けっこう。よい兆候です。フレーシアお嬢様、粥を用意さておりますから、あとでそれを召し上がってくださいませ」
「はぃ……」
「お食事をなさった後は、お薬をしっかり飲んで、眠ってください。眠くなくても、身体の回復を早めるために、かならず寝てください」
あたしよりも、爺ややメイド長が必死にデイラル先生の言葉を聞いている。
爺やなど、懐からメモ帳を取り出して、一生懸命にメモっている。
「食事は少しずつ、回数を多くして、ゆっくりと慣らしてください。お腹が空いたとしても、一気に食べてはだめですぞ」
あたしと爺やが同時に頷く。
食事の詳細や薬の処方は、使用人に指示をだすということで、デイラル先生は診察の終わりを告げた。
「ジェルバ様、お話したいことも山ほどおありかと思いますが、フレーシアお嬢様は消耗なさっておいでです」
「う……うむぅ」
「世話は使用人に任せ、詳しい話は明日になさいませ」
「………………わかった」
デイラル先生の指示に、お父様はしぶしぶ頷く。お父様の説教タイム突入とならなかったことに、あたしは心のなかで安堵する。
ありがとうデイラル先生!
お父様の隣では、息子のライース・アドルミデーラが黙ってデイラル先生のお話を聞いている。
お祖母様、お父様がいるので、ライースはとても静かでおりこうさんだ。
まあ、どちらかというと、寡黙なキャラなのだが、それを考慮しても、発言が少ないように思える。
カルティもこの部屋にいたのだが、使用人なので、若いメイドといっしょに、部屋のすみっコの方で、静かに直立不動の姿勢を保っていた。
気配を消して、というか、呼吸すらしていないんじゃないか、っていうほど、ぴくりとも動かず、背景として溶け込んでいる。
「フレーシア」
「はいっっっっ!」
凜としたお祖母様の声に、あたしの背筋が勝手に伸びる。
このお祖母様を前にして、だらけている者などいないだろうけどね。
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