1-10.あたしのお父様
デイラル先生はそれから、あたしの両目をみたり、口を開けて喉の様子をみたり、手足を触ったり、聴診器をあてたり、その他にも、指が何本見えるかだの、自分の名前や親の名前などを聞いてきた。
なんちゃってファンタジーな世界だから、診察もなんちゃって……かと思っていたけど、やっていることは理にかなっている。
とはいえ、医療器具はどっかの歴史博物館に展示されてそうな……なんちゃってヨーロッパ世界にあっても違和感ないものだ。
まあ、手術を受けるわけでもないから、前時代的な医療器具でも大丈夫だろう。
自分の名前、両親の名前の質問で……思わず考え込んでしまったら、部屋がざわついて、お祖母様が再び「静かになさい」と凛とした声で一喝した。
その声でぴたり、と室内が静かになるのだから、お祖母様の影響力はあなどれない。
その見事な統率力を目の当たりにした、デイラル先生の顔には苦笑が浮かぶ。
「デイラル、フレーシアの具合はどうなのだ? 熱はまだつづくのか? 出血して、気を失ったと聞いたが、大丈夫なのか? 頭の傷は? 自分の名前や父親の名前を言えぬとは……どうなっているのだ?」
老医師の診察がひととおり終わったと同時に、畳みかけるようにして壮年の男性が、デイラル先生に詰め寄って、質問を連発する。
(出血……って、鼻血のことだよね……)
具合が悪くてでたのではなく、興奮してでた……鼻血なのでなんだか申し訳ない。
壮年の男性は必死の形相で、今にもデイラル先生の胸ぐらをつかんで尋問しそうな勢いだ。
短く刈揃えられた黒髪に、やや鋭い印象を受ける茶色の瞳。背は高く、体格もしっかりとしている。
日頃から鍛錬を行っているのか、この歳に多い、お腹がぽっこりでている愚鈍なおじさんではなかった。
油断ならない気配をまとい、堂々としている。
容姿はどことなく、ライースに似ているイケオジだ。
ライースが壮年になったら、このような感じの男性になるのだろう。
「父親の名前がわからぬとは……フレーシアは、どうなってしまうのだ!」
デイラル先生の両肩を掴み、わっしゃわしゃと揺さぶっている。
(……もしかして、あたしのお父様になるのかな?)
カルティが「旦那様」と呼び、ライースが「父上」と呼び、そう呼ばれた壮年の男は、お祖母様のことを「母上」と呼んでいた。
お父様は、あたしが『父親の名前』を言えなかったことに対して、地味に……いや、激しくショックを受けているようだ。
先程から何度も「父親の名前」というフレーズがお父様の口からでている。
「父上、落ち着いてください。そんなに迫られたら、デイラル先生も困惑されていらっしゃいます」
ライースがデイラル先生とお父様の間にわって入る。
「いや、でも、娘が父親の名前を忘れたのだぞ? 一大事じゃないか?」
「父親の名前ぐらいで、慌てないでください。だったら、なおさら、落ち着いて、デイラル先生のお話をうかがいましょう」
「ぐらいとはなんだ! 大事なことだ!」
「些細なことです」
「ジェルバ、みっともない真似はおよしなさい。それでも父親ですか? 名前程度で動揺するとは情けない。そのようにうろたえることが、アドルミデーラ家の家長としてふさわしい行いですか?」
「いや! 父親の名前ですよ!」
「お黙りなさい!」
お祖母様も加わり、ようやく、お父様は静かになった。
さすが、お祖母様だ。
自分の母親に叱られ、お父様は静かになった……というか「しゅん」とうなだれてしまっている。
元気がなくなったお父様と目があった瞬間、再び前世の記憶が蘇る。
ただ、今回の対象である『お父様』は、攻略キャラではないので、公式から発表されている設定もそれほど多くはない。
脳に優しい、穏やかで淡々とした情報が、ライースとカルティの設定の穴を埋めるようにして、今のあたしの中に加わっていく。
(アドルミデーラ侯爵……ジェルバ・アドルミデーラ)
広大で豊かなアドルミデーラ領の領主にして、マグノーリア王国の書記官だ。
ゆくゆくは宰相になるといわれていたヒトである。
まあ、その前に死んじゃうんだけどね。
この時期、ジェルバは王都に滞在していたはずだ。
あたしが池で溺れて死にそうだ……という連絡を受けとると、ジェルバは馬車ではなく、馬を乗り継いで、昼夜問わず走り続けて保養地まで駆けつけたのだろう。
そうでもしないと、王都から七日ほどでは、この別荘にはたどり着けない。
アドルミデーラ家の者は、文官仕事に携わっている者が多いが、男女を問わず、武術、乗馬に優れた者が多いので有名だった。
メイン攻略キャラがいる家は容姿だけでなく、才能にも恵まれているというご都合ハイスペック設定だ。
連日連夜、馬を乗り継いで、領地と王都を行き来するなど、お父様にしてみれば、造作もないことなんだろう。
ジェルバはライース・アドルミデーラの父親で、三人の妻がいた。
一番目と三番目の妻はすでに亡くなっており、今は正妻しかいない。
その正妻がとても嫉妬深い女性で、ジェルバが側室を迎えることにいい顔をしなかった。
『キミツバ』は一夫多妻の世界設定だ。
上位貴族にしては、妻の数が三人というのは、非常に少ない方だ。
そのため周囲には愛妻家と見られていたが、本当は恐妻家であり、ジェルバはずっと正妻の暴挙を抑えきることができずに、アドルミデーラ家は、そのために様々な困難に巻き込まれるのだ。
また、ジェルバの同母妹は、マグノーリア国王の正妃だった。
つまるところ、現国王は、ジェルバの義理の弟になる。
妻には頭が上がらない情けない一面があったが、ジェルバの政治的手腕は優れていた。
曲者揃いの一族をうまくまとめあげ、適材適所で領地運営も順調。
書記官としてもとても優秀な働きぶりをみせていた。
なので、ジェルバは現国王の信頼も厚く、重用されていた。
そういうわけで、アドルミデーラ侯爵はガッツリ権力争いに巻き込まれ、このヒトもゲーム中で何度も何度も死んでいるお気の毒なキャラだ。
そして、どういうルートを選んでも、最終的にはカルティに暗殺されて、本当に死んでしまう。
ゲームのシナリオ上、アドルミデーラ侯爵の死亡は必要なイベントだった。
脳には優しい記憶情報量だったが、心臓には悪い部類の記憶内容だ。
そして、このライースに似た壮年の男が、あたしの父親であるならば……あたしの推しキャラ――ライース・アドルミデーラ――とあたしは、母親の違う兄妹の関係確定だ!
いや、びっくりだ。
普通であれば、推しキャラの異母妹なんて、なんて美味しい設定……と喜びたいところだけど、喜べない。
なぜなら、この『君に翼があるならば、この愛を捧げよう』は、普通の乙女ゲームとは毛色が少しばかりちがっていたからだ。
いままでの乙女ゲームが物足りなくなった乙女たちへ贈る究極の乙女ゲーム――というふざけたキャッチコピーでリリースされたゲームだからだ。
よりにもよって『キミツバ』だなんて。
どうして『キミツバ』……。
これはちょっとまずい展開では……。
「フレーシア、顔色が悪いぞ。まだ寝ていた方がよいのではないか?」
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