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70 宴、のち因縁

 つかの間の宴が終わり、ダンジョンスカイのメンバー解散した。


 学生の結花は大泉に連れられて帰宅し、ナスターシャは弔木(とむらぎ)のアパートでべろべろに酔っていた。

 酔いどれバニーガールはまだまだ終わらせるつもりはないようで、同じ話を何回も繰り返していた。


「我が研究による新素材の開発、トムの資金調達、さやっちとミス結花の動画配信。全員がベストを尽くした。これは全員の勝利だ! 今日は実に素晴らしい日だ……トム、ワインはもうないの?」

「教授、さすがに飲み過ぎだ。もう自分の部屋に戻るんだ」


「いいじゃないか! どうせ我らは同じアパートに住んでいるんだし。ねえ、さやっち?」

「………………」


 返事がない。

 平宗(ひらむね)は完全に眠りについているようだ。


「と言うか教授、なぜバニーになってるんだ?」


 ナスターシャは弔木(とむらぎ)の部屋に入るや否や、バニーガールに変身していた。


「どうだい、えっちだろう? これが私の正装だからね。ミスター大泉の命令がなければ、オフィスにもこの格好で通勤したいくらいだ」


「むしろ俺の部屋でも辞めてもらいたいんだが」

 弔木(とむらぎ)としても、目のやり場に困るのだ。


「それに何より、魔導衣装(バニー)の方が戦闘向きだ。いつ戦闘が始まらないとも限らないしね」

「……《《とあるお方》》、か」


 弔木(とむらぎ)が言った途端、ナスターシャは酔いが冷めたかのように表情を切り替えた。


「トムのところにも、あのネズミ男が来ていたみたいだしね。松島ダンジョンでは仕留めきれなかったかな?」

「奴とやりあったこと、気づいていたのか。なぜ分かった?」


「ふふふっ。トムのことで私が知らないことと言えば、ベッドの上の表情くらいだ。どうだい? 今夜見せてくれないかな?」


 バニーガールは、蠱惑的な表情でウインクをする。

「そんな冗談で済ませられるような相手ではなさそうだが……?」


「ああ、そのとおりだ。我らはもう戻れない所まで来ている。これまで以上に警戒を強めたほうが良い。トムが松島で編み出したという技も、いずれ使う時が来るだろう」 


 二人の脳裏には、同じ相手が浮かび上がっていた。

 令嬢だ。

 ダンジョン研究所からナスターシャを追い出し、これまでの研究成果やメディア情報を片っ端から削除した権力者。

 ネットでは今や、ナスターシャは完全に「謎に消された人」になっている。


「青島アンダーグラウンド、代表取締役。青島グループの令嬢。まだ年端もいかない少女。それが――」


「俺達の敵という訳か。だが教授。なぜ動画の配信なんて言う、一番目立つ方法で稼ごうとしたんだ? 教授は〝とあるお方〟の怒りに触れて今の職を追われた。命も狙われている。

 会社が大きく稼げるとしても、これだけ有名になればいずれ敵の目に付くだろう」


「逆だよ。トム。これだけ大々的に喧伝し、大泉社長という『表の人間』をしっかりと前に出した方が、敵も手出しがしにくくなる。このネット全盛の時代に権力者に楯突くには、この方法がベストだ。それに今のところ、情報は完全にコントロールできている」


 公開する動画の最終的なチェックは全てナスターシャが行っている。

 ここまで出ている情報はどれも、ナスターシャや平宗(ひらむね)の素性には触れられていない。

 動画に出演する平宗(ひらむね)の声は加工され、顔にもアニメ調のエフェクトが入れられている。



 株式会社ダンジョンスカイは、世間的には今のところ「謎の技術でダンジョン配信を行なうベンチャー企業」という認識をされている。

 これまではそもそも、令嬢には認識すらされていなかっただろう。



 だがこれからは、違う。



「俺達の活動は令嬢のビジネスの邪魔になる。本気でこちらを潰しに来るだろう」

「むしろ望む所だ。何しろ私も奴らを潰そうとしているんだからね」

「ほう……」


 ナスターシャは唇を好戦的に歪め、ギラついた目つきで弔木(とむらぎ)を見つめた。

 その瞳には、火傷をしそうなほどの熱が宿っていた。


そんな格好(バニーガール)の割には、ずいぶんと獣のような目をするんだな」


「奴らは私の研究の邪魔をした。自由を侵害した。故に万死に値する。

 それに奴らは人を人と思わない外道だ。あの令嬢は存在するだけで世界に害を及ぼす。トムだって心当たりがあるだろう?」

「もちろんだ。まだ顔も知らないが、奴には俺も因縁がある」


 財閥令嬢、青島ノエル。

 ダンジョン経済のダークサイド、その一翼を担う存在。

 かつて弔木(とむらぎ)は、結花とともにダンジョン内でキノコを取りに行った。

 いわゆる迷宮美食(ダンジョングルメ)のクエストだ。


 クエストの報酬は異常に高かったが、いざダンジョンに潜ったら恐ろしく強い魔物に遭遇した。

 弔木(とむらぎ)は二秒で殺した訳だが、普通の民間魔法会社(PMC)であれば確実に人死が出ていた。

 その発注の仕方はむしろ、人死を期待しているかのようでもあった。


 そのエピソードだけを持ってしても、敵の邪悪さは推して知れるというものだ。


「ナスターシャ教授。俺はあんたを信じられる。頭がおかしいところはあるが、利害は一致しているからな」

「それは嬉しいね。……それじゃお互いの考えも知れたことだし、トム。キスしよ?」


 しかしその瞬間だった。

(ぬっ!? 何だ、この気配は……!)


 弔木(とむらぎ)の脳裏に、鬼のような形相になった結花が浮かび上がった。

 心なしか(殺す殺す殺す殺す)などという幻聴も聞こえる気がする。

 弔木(とむらぎ)はバニーガールの唇をかるくいなし、言った。


「社内恋愛は禁止だ」


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ――およそ半年前。

 ナスターシャと青島ノエルの因縁は既に、最悪な形で絡まりあっていた。


 青島アンダーグラウンド、本社ビル最上階。

 上質なカーペットに高級木材をふんだんに用いた執務机。

 まるで年嵩の重役が出入りするような部屋に、場違いな二人が相対していた。


 一人は年若い少女。

 ゴシック調のドレスに編み上げのブーツを合わせ、ボリュームのある栗色の髪は、ツインテールでまとめられている。

 ロリポップを口の中で弄んでいるが、その眼光は鋭い。


 もう一人は、バニーガール。

 ナスターシャ教授だ。


「『魔王脅威論』を書いたのはお前だな。ナスターシャ教授。つまらないことをするな」

 と少女は言う。


()()()()()だと? それを決めるのはお前じゃないだろ。というか『国立ダンジョン研究所』のラボには研究の独立性があると聞いていたが、どうやら嘘だったようだな。年俸を倍にして返してもらいたいくらいだ」


「ふん、戯れ言を」

 青島ノエルはナスターシャを鼻で嗤った。

 そして見た目に似合わぬ威圧感を醸し出し、命令する。


「研究所の所長も監督省庁も私の犬よ。そんな自由があるはずがないじゃない? いいから、黙って消しなさい。私のビジネスの邪魔よ」

「嫌だね、バカバカしい」

「だったらお前が消えることになるけど?」

「下の毛も生えてないようなガキが生意気言うんじゃない」


 ナスターシャは、荒川の河川敷で書庫のようなダンジョンを発見した。

 中は大量の書物が保管されており、ナスターシャはその場で文献を解読した。

 それが、ナスターシャが記録としてまとめた『ダンジョン脅威論』だ。


 『迷宮(ダンジョン)化現象は魔王の配下による侵略行為だ』

 『既に魔王はこの世界に存在している』


 もちろんナスターシャとて、これが百パーセントの事実とは考えていない。

 が、仮説の一つとしては検証に値する。


 この世界になぜ、突如として迷宮(ダンジョン)が出現したのか。

 その疑問を解決する手がかりになる可能性があるかもしれないのだ。


 令嬢ごときにもみ消されて良いものではない。


「しかし解せないね。あの論考は研究所のサーバーに仮置きしていただけなんだが? なぜお前が口出ししてくる」

「愚問ね。この国のダンジョンのことは全て、私が支配している。青島グループの頭取からも許可を得ているのよ」

「パパに許しを得て親の七光で支配者ごっこか。それとも、お得意の隷属(テイム)の力でお人形遊びか? 哀れだな」


「――黙れ」


 令嬢の目が怪しく光った。

 唇から、暴力めいた言葉が紡がれる。


「〝黙って言う事を聞け〟」

「そんな力が効くものか。嫌だね」


 ナスターシャは牽制とばかりに、魔導衣装(バニースーツ)の胸元からダガーを投擲(とうてき)した。


 すると、令嬢の背後から黒い人影が現れた。

 スーツ姿の男だった。

 男は投げられたダガーの軌道を見切り、白刃取りのように指先で刃を掴んだ。

 そのナイフをナスターシャに投げ返した。


 ずだん! とナイフは執務室の壁に突き刺さった。

「ヒューッ!! 忍者みたいな会社員、初めてみたよ? シルク・ドゥ・ソレイユにでも転職したら?」

 とナスターシャはおどけてみせる。

 が、目は笑っていない。


 異様なまでの身のこなし。目を見張るような戦闘技術だ。

 しかし男の目は虚ろ。生気が抜けきっている。

 令嬢の支配下に置かれているのは明らかだ。


「この私が、そんな挑発に乗ると思って? 愚かね」

隷属(テイム)の力は対策済みだ。私がお前の言いなりになることは、ない。何度やっても同じだ。つまりこのまま闘えば、負けるのはお前になるが?」


「ふん。対策なら、こっちもしてるのよ。この私が下賤の者とマトモに戦うなんてありえないでしょう? もう用は済んだ。消えろ」

「――――!!」



 令嬢がそう言うと、ナスターシャの視界が暗転した。



 次の瞬間、ナスターシャは自らの研究所に立っていた。

「ちっ……。あの部屋自体に仕掛け(転送魔法)が施されていたか。こんな保険を事前に打っておくなんて、ガキのくせに嫌らしい性格だ。もっとも――私としても都合が良かったかもしれないがね」


 次の瞬間、「ぱきっ」と音を立ててバニーの耳が折れた。


「……気に入ってたのに。あのガキめ……」


 ナスターシャの魔導衣装(バニースーツ)には魔法効果がいくつも仕込まれている。

 その一つが防衛機構――使い手の身を護る効果だ。

 だが魔導衣装(バニースーツ)の耳は令嬢の魔力に耐えきれず、崩壊してしまったのだ。


 ナスターシャの耳の奥には令嬢の囁くような声が残っていた。

『次に会う時、お前は世界で一番惨めな姿になっているでしょうね。――必ず潰してあげる』


 ナスターシャは誰もいないラボの虚空に向かって呟いた。



「やれるもんなら、やってみるがいい」

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