67 レベルダウナー
「せーの」
「「ダダダダダンジョン!」」
という沙耶と結花のかけ声で収録はスタートした。
「今日は有料コンテンツの収録ということで、講師をお招きしています。謎の一流探索者の、トムさんです! トムさんはちょっと表に出せない経歴を持った特殊な人らしく、いくつものダンジョンを攻略してきたすごい人……らしいです。
言葉で言っても中々伝わらないと思いますので、ぜひ今回の収録で皆さんにトム先生の凄さを見てもらいたいと思います!」
と結花が言う。
動画配信も回数を重ね、かなり慣れている様子だ。
「それではトムさん。初めての配信ですが、今日は何をしますか?」
「そうだな――」
勇者時代の知識で、ダンジョン探索の初心者を手助けする。
それが弔木に課された使命だった。
弔木個人としては自分の知識にどこまで需要があるのか分からないが、ナスターシャや社長は「需要がある」と踏んでいる。
となれば弔木としてはやるしかない。
一応、この日のために準備はしてきた。
弔木が動画に出ると決まってから、台本もしっかり練り込んでいた。
他の人気があるチャンネルの動画を参考にし、しゃべり方や構成も一工夫したつもりだ。
(……これだけ準備したんだ。何とかなるだろう)
「今回は最初だから、初心者向けの基礎から始めるとしよう。……と言いたいところだが、ネットを探せばある程度の情報はすぐに見つかる。そこで初心者が格上の魔物に遭遇した時の対処法をお伝えしよう」
「おおー。さすがは謎の一流探索者!」
「知ってのとおりダンジョンは危険だ。一般的にはその階層の平均的なモンスターを同時に十体倒せるくらいの実力があれば、安全と言われている。いわゆる〝実力十倍の法則〟というやつだ。
だがダンジョンに不測の事態はつきものだ。低レベルの探索者が格上の魔物に遭遇する時は必ず来る。そんな時にこの知識を知っているかどうかで運命が決まることも、あるかもしれない。という訳で、二人ともこれをつけてみようか」
弔木は結花と平宗に不気味な文様が刻まれた腕輪を渡した。
「こ、これは……結婚指輪ですか」
平宗は落ち着いた表情で、弔木に問う。
動画向けにボケているのか本気なのか、判然としない。
「違うに決まってるじゃないですか! トムさんには(私という)決められた人がいるんですよ! 沙耶姉さん、あまり近づかないでくださいね!」
と結花が食い気味に平宗のボケを否定する。
「で、そのアイテムって何なんですか?」
「呪いの腕輪。俗に言う〝レベルダウナー〟だ」
それは一般の探索者にとっては全く意味のないアイテムだ。
装備するだけで魔力量や使える魔法の種類が制限されてしまう。
さらには筋力や持久力も20%ほどダウンする、呪いのアイテムだ。
「二人のレベルだと、この階層のモンスターは普通に倒せてしまう。なので一時的にこの腕輪で弱体化してもらう」
「なるほど。その方が視聴者さんもわかりやすいですね」
「これをつけると、探索者の総合レベルは50%ほど下がる。なので二人ともレベル30から40くらいになるだろうな」
「ぜんぜん足りないじゃないですか!」
「さて、つけてみようか」
二人が腕輪を装備すると、重い荷物を背負っているかのように背中を曲げた。
顔色も悪くなっているようだ。
「具合はどうだ?」
「お、重い……!」
『いいぞ! 良いリアクションだ!』
とナスターシャの声がインカムに響く。
今日の撮影者はナスターシャ教授だ。
相変わらずバニー姿だが、カメラに映ることは一秒もない。
「あ、あの……弔木さん? 私たちずいぶんレベル下げられてません? これ本当に50パーセントだけで済んでるんですか?」
「個人差があるからな。だがその方が、今から説明する方法の良さが視聴者に伝わりやすいだろう。これで二人は滅茶苦茶なハードモードな状況になった訳だ」
今弔木達がいるダンジョンは〝奥多摩ダンジョン〟の第七層で、魔物のレベルの平均は50くらいになる。当然、その平均よりも高い魔物が出没するとなれば、下手をすれば60近い個体に遭遇することもあるだろう。
「理論上、レベル30程度の二人がまともに戦ったら死ぬだろう」
「ええ……」
突然の無茶振りに、二人は愕然とした様子で弔木を見る。
(弔木さん、冗談ですよね?)
二人が目で訴えかける。
もちろん、その程度で日和る弔木ではない。
腕輪を外したら企画の趣旨がブレてしまう。
「では初めようか。まずは俺が指示するとおりに動いてくれ。さもなければ、身の安全は保証できない――」
と言っている間に、ダンジョンの奥から地響きが聞こえてきた。
ドォオオン……ドオォォオン…………という重量級の足音だ。
「え? 何この足音……」
「これだ」
弔木はおもむろに、ポケットから奇妙な形の笛を出した。
その形は、どこか結花が装備した呪いの腕輪と似たデザインだった。
「獣呼びの笛だ。ダンジョン内で魔物と戦いたくなった時に、役に立つぞ」
「「えええええ!」」
「ちょ! 何してるんですか!?」
何と言われても、弔木としては動画撮影をしているつもりだった。
ダンジョンの物陰から、単眼の巨人が姿を表した。
「悪くはないな。レベルは55前後といったところか。じゃあ二人で、あの魔物を倒してみよう」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
〝幽冥の老翁〟ことゼルゲイは、ダンジョンの入口で立ち止また。
そして問いかけた。
「勇者よ。ダンジョン探索の心構えとは何か。言うてみよ」
少数精鋭の部隊を結成して魔王を殺す存在。
それがこの世界での勇者だ。
暗殺チームと言ったほうがむしろ正しいかもしれない。
そのためこの世界には勇者が無数にいて、勇者を一人前の戦闘者に育て上げる教育者がいる。
ゼルゲイもその一人だった。
この世界でもダンジョンは危険なものではあるが、希少なアイテムが採れる場所でもあった。
故に勇者も必要に応じてダンジョンを攻略しなければならない。
「心構えか。……魔物を倒し、勇気を持ってダンジョンの奥へと進む。だが場合によっては撤退も即断する」
「ぶぶー、だ」
「なぜだ?」
「すぐに答えを求める態度も、ぶぶーだ。これだから勇者というものはすぐに死ぬ……。実に嘆かわしい。いいか、一度しか言わないからよおく聞けよ」
ゼルゲイは勇者の前に立ち、説明を始めた。
「ダンジョンでの心構えは、『常に五感を駆使してダンジョンを観察し、自らが生き残るための情報を集めておく』ということじゃ。魔物と戦うというのはその後だ」
「……そんなの、言われなくてもやっているが?」
「ほう? では貴様は、ダンジョンにいる魔物の『行動原則』を知っているか」
「原則、だと? ……知らないが」
「それこそ魔物をよく観察していれば分かることじゃ。ダンジョンの魔物はなぜ探索者と戦闘をするのか。その理由はいくつかある。
『飢えている』『自らの縄張りを守ろうとしている』『魔王の傀儡として常に人間に危害を加える意志がある』。一口にダンジョンの魔物といっても、これだけの戦う理由がある」
ゼルゲイは自信満々に言う。
しかしその知識が、ダンジョン攻略にどう生かされるのかはよく分からない。
「どっちみち戦う必要があるのに変わりはないだろう。知っていたからと言って、何の役に立つんだ?」
「やれやれ。最近の勇者は察しが悪いのう。決まっておるだろう。――魔物同士を戦わせるのに、役に立つのだ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「きゃぁああああ!!!」
結花と平宗はダンジョンで全力疾走していた。
「ちょっとヤバいよ! 死ぬって!」
弔木はゼルゲイとの記憶を思い出しながら、カメラに向かって説明をする。
「ダンジョン探索の初心者は、最初は同じダンジョンを何度も繰り返し攻略することをおすすめする。その理由は、ダンジョン内部の構造や魔物の配置を熟知することで、地の利を活かすことができるからだ。
単眼の巨人から辛うじて逃れられているのも、最適な移動経路が最初から頭に入っているからだ」
「さ、ささささすがはトムさん! はあ、はあ……! すごいですね! でも本当に倒せるんですか?」
「それは五分五分だな」
「ぎょぇえええ!」
ドッドッドッドッ、と単眼の巨人の足音が迫る。
巨体の割には軽やかな動きだ。
まるで陸上選手のように一直線に追ってくる。
入り組んだダンジョンでなければ、とうの昔に捕まっていただろう。
弔木の説明はまだ続く。
「そして魔物と一口に言っても、『飢えている』『縄張りの侵略者を撃退する』『人間をとにかく攻撃する』と言ったように、戦闘する理由は様々だ。
単眼の巨人はが戦う理由は主に三番目。探索者という存在をとにかく倒そうと動いている。
二人とも、次の分かれ道は右だ。その後十メートルほど進むと落とし穴があるから注意しろ」
加速、加速、呼吸困難。
加速、ジャンプ。
その直後に単眼の巨人が二人めがけて巨大な金槌を振り下ろしてくる。
地鳴りとともにダンジョンが揺れ、あちこちで地盤が崩落した。
単眼の巨人が土砂に埋まり、動きが止まった。
「やった! これがトムさんの作戦だったんですね!?」
「違う。まだ来るぞ」
単眼の巨人は重戦車のように土砂を跳ね飛ばし、ぎょろりとこちらを睨みつけてくる。
「はぁああ! もう駄目!」
「もう少しだ、頑張れ。あと三十メートルだ。走らないと死ぬぞ」
「その先に何があるんですか!?」
と平宗。
「行けば分かる」
「意外とドSですね!?」
二人のうら若き女子にはあはあと言わせながら、弔木は目的地にたどり着いた。
いくつもの分岐した洞穴を抜けた先で、一気に空間が広がった。
一行は巨大な鍾乳洞にたどり着いたのだ。
そしてその中には――
チチチチチチチチチ…………!!!
壁面には大量のダンジョンコウモリがひしめいていた。
通常のコウモリよりもサイズが巨大で、微弱ではあるが魔法を発動することができる。
単体では初心者でも十分に対処できる相手だが、これだけの数となれば厄介だ。
コウモリの群れは巨大な侵入者に反応した。
単眼の巨人は全身を噛みつかれ、次第に毒に侵されていった。
手足を振り回し、コウモリを撃退しようとするがあまりにも数が多すぎる。
単眼の巨人は
『オォオオアアアアア――――!!!』
と叫び声をあげ、撤退していった。
結花達は、遥かに格上のモンスターを撃退することに成功したのだ。
二人はへなへなと地面に腰を下ろした。
「た、助かったあ~」
「ダンジョンコウモリは、飢えているか敵が縄張りに入らない限りは攻撃をしてくることはあまりない。一方で、単眼の巨人は探索者を倒すまで追いかけてくる習性がある。だから今回のように敵同士を戦わせることが出来た訳だ。
……とまあこのようにダンジョンの地理条件や魔物の性格や生態を知っていれば、最悪の状況に陥った時も助かる可能性が高まる。こういう展開を想定して、ダンジョンのトラップを敢えてそのままにしておくのも一つの手だ。
もちろん言っておくが、初心者は無謀な戦いをするべきではない。命を大事にしながら探索をすることだ」
「はいオッケー! 皆よくやった! 中々良いのが撮れたじゃないか!」
とカメラを回していたナスターシャが快哉をあげた。
弔木としても、中々上手く喋れたと思う。
「さっそくオフィスに戻って編集しよう。『ダンジョンキャンパーズ』配信コンテンツ第一弾の公開だ!」




