66 ダンジョンキャンパーズ
「社長、準備は良いですか?」
コワーキングオフィスの一室、弔木は大泉にカメラを向けて、言った。
大泉は苦虫を噛み潰すような顔になっていた。
今日の撮影の主役は大泉だった。
「準備は良くない。こんな風に喋るなんて初めてだ……」
大泉はそこで言葉を区切り、自らの頬を叩いた。
「いや、こんなことじゃだめだな。今日が一番大事な日だ。……よし、はじめよう!」
室内にはダンジョンスカイの面々が集まっており、誰もが大泉の様子を見守っている。
いつもとは違う撮影になっているのは、今回の収録には特別な意図があってのことだった。
大げさなことを言えば、ここから数日の間で会社の運命が決まると言っても良いだろう。
「収録なんで、いつもの感じで大丈夫ですよ。それじゃあ、3、2、1……」
弔木は録画ボタンを押し、手振りでゴーサインを出した。
「みなさん初めまして。株式会社ダンジョンスカイで社長をやらせてもらってる大泉です。
急に謎のおっさんが出てきて驚いた方もいると思います。
普段このチャンネルでは沙耶姉さんと結花の二人によるダンジョン配信をしているところですが、実はこのチャンネルは弊社が運用しています。
今日は、色々とお知らせしたいことがありますが、その前に質問コーナーで皆さんの疑問を解消したいと思います。
みなさんから寄せられる質問で一番多いのが『電子機器が壊れるダンジョンでどうやって撮影しているのか』ということなので、この機会に説明をしたいと思います。
具体的な内容は特許出願中のため明かせませんが、撮影中はダンジョン内の〝魔力〟や〝瘴気〟を無効化し、電子機器を保護するカバーを取り付けています。いずれこちらも製造販売したいとは思っていますが、いかんせん一点もののアイテムなのでなかなか量産は難しい状況です――――」
「パパ、大丈夫かな……目線がぜんぜん動いてないんだけど?」
結花は心配そうな表情でカメラを前に長文を喋る大泉を見ていた。
「それに滑舌も微妙に悪いし。汗がすごくない?」
「甘いな、結花ちゃんよ。君はあまちゃんだ。それくらいでちょうど良いのだよ」
とナスターシャ。
「何でよ。あれじゃチャンネル登録、解除されるんじゃない? いつものノリと全然違うし」
「その程度で解除するやつは、それまでってことで良い。ここはむしろ半端にしゃべりが上手い方が怪しまれる。我らが今ユーザーに伝えるべきことは、誠実さだ。その意味では社長の姿は完璧だよ」
「どこが完璧……?」
正直言って、大泉はあか抜けない格好をしている。
着慣れないスーツを着ており、むしろスーツに着られているといった様子だ。
結花の不安をよそに、大泉のプレゼンは佳境へと進んでいった。
「近日中に、弊社は世界でも類を見ない画期的なサービスをリリースします。
その名は『ダンジョンキャンパーズ』。サービスの具体的な内容としては、ダンジョン探索の初心者に向けた、教育コンテンツの月額配信サービスとなります。
『とある凄腕の探索者』を講師に迎えた、レアでディープななダンジョン探索の動画を配信します。サンプルだけでもかなり役に立つ情報を盛り込む予定なので、ぜひご期待ください。
……初心者はどうしてもダンジョンで失敗します。武器や防具を失うだけなら良いのですが、命の危険を伴うこともあります。そうしたことが起こらないためにも、弊社のコンテンツが皆様の役に立てれば幸いです。サービスの開始は今から半年後を予定しています――」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――大泉の収録の数日後。
次は「とある凄腕の探索者」こと弔木の出番だった。
「システムの構築は順調だ。ベンダーとの交渉も実にスムーズに行ったよ。秘密厳守でやってくれている。先日のリリース動画の反響もかなり良い。
つまりサービスのリリースまでの準備は完璧。一つを除いてはね。トム、分かっているね?」
奥多摩ダンジョンの深層、際どい格好をしたバニーガールが弔木に詰め寄った。
発言も思考回路もイカれているとは言え、この美貌に接近されると動揺を禁じ得ない。
「も、もちろんだ……台本もしっかり読み込んで来たからな」
「教授、そうやって弔木さんに近づくのは控えてください。困っているじゃないですか」
と平宗がナスターシャを牽制し、
「そうそ。弔木さんは、いつも通り私といたほうが力を発揮できるんですよ。ねえ? 弔木さん」
とさらに結花が平宗を牽制する。
期待をかけられる弔木だが、自分の価値を今ひとつ理解できていなかった。
「俺の知識なんて、別にネットに転がってるのと大差ないと思うが……」
「そんなことはないね。トムが持ってる知識は、かなり役に立つ。ネットにもあるようでない情報ばかりだ」
元勇者の記憶。
それがナスターシャ達が持っているもう一つの強みだった。
この世界に出現するダンジョンは、弔木がかつて冒険した異世界に似ている。
持っている知識は、かなり互換性があると言っていいだろう。
弔木の知識をナスターシャが検証した結果、「ダンジョン管理機構」が定めるルールよりも数ランク強い魔物と戦えることが判明した。
例えば探索者が持つ魔法の属性とモンスターとの相性。
あるいはアイテムの効果的な使い方。
ダンジョン内にある罠の見極め方。
そうした知識を一つ一つマスターしていくことで、初心者はレベルを高めることなく強くなれるのだ。
これまで、初心者が安全にダンジョンを探索する方法は限られていた。
超低レベル帯のチュートリアルダンジョンで小物を狩る。
もしくは課金で強い武器を手に入れて火力でゴリ押しする、と言った程度だ。
青島アンダーグラウンドの武器レンタル事業〈ASK〉が、その最たる例だ。
――しかし。
ダンジョンスカイの新サービスは、その業界の現状に風穴を開ける可能性があるのだ。
「トムの知識は金になるだけじゃない。ダンジョン探索のやり方を一変する可能性すらある。それにシンプルに死者を減らすことができる。さて、分かったなら収録開始だ。トム、これを装備するんだ」
ナスターシャは弔木に探索者が初期に持つ武器と被り物を渡した。
「な、何だこれは」
何とナスターシャが渡してきたのは、狼の被り物だった。
「トムの実力は異常だからね。今はまだ顔バレするのはまずい。君の動画内でのキャラ付けは〝謎の一流探索者トム〟だ」
「俺、日本人なんだが……?」
「細かいことはいいんだよ。さあやるぞトム! 『ダンジョンキャンパーズ』の収録を開始する! 3、2、1……スタート!」




