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65 死の商人

 ――都内某所、青島アンダーグラウンド株式会社。

 数年前に建てられたばかりの瀟洒(しょうしゃ)なオフィス。

 その応接室の中から怒号が響いていた。


「どうしてうちの主人が死ななければならなかったんですか!! 安全に攻略できるって言うのは嘘だったのね!? 高い金払わせて武器をレンタルして、結局死んだら意味がないでしょうが!」


「へ、弊社では重要事項説明を本人に何度も行った上で契約を締結しています。亡くなられたご主人は残念ですが、自己責任ですので」


「あなた、よくそんなこと言えますね!? 人が死んでるんですよ! こんな物価も高くなる中で、一般庶民はダンジョンしか稼ぐところがないんですよ! 警察に訴えてやる! あんたらは人殺しよ!」


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


井桐(いきり)部長、何とかなりませんか。どうしても上の人間を出せと……」

「それを抑え込むのがお前の仕事じゃないのか。いちいちその程度の話に俺が出てどうする」

「ですが……クレームの相手は亡くなられた方の遺族で、訴えを起こすとまで」


 通常、この手のクレームはコールセンターで処理をする。

 井桐(いきり)にまで話がきている時点で、かなり厄介な相手だというのは確定だ。


「ダンジョンで人間が死ぬのなんて当然だろう。そんなことでギャーギャーと騒ぎやがって。面倒くさい」

「さ、さすがにその言い方は…………」


 井桐(いきり)は、「ダンジョン開発部」の事業を取り仕切っていた。

 入社して数ヶ月足らずで「世界のアオシマ」の一部門のトップにまで上り詰めていたのだ。

 客観的には目覚ましい出世と言えるかもしれない。


 が、井桐(いきり)は疲弊していた。

 常に苛立ち、攻撃的になり、怯えていた。

 超巨大財閥の令嬢――青島ノエルの魔力に服従を強いられ、ただひたすらに金を稼ぐ機械となっていたのだから。


 井桐(いきり)は「世界のアオシマ」の資金力を背景に、武器の保管庫を新築した。

 ミドルクラスの武器を市場(マーケット)から買い占めた。

 そして代理店に巨額な広告費を支払い、大々的に宣伝をした。


 ダンジョンは安全だ。

 世界のアオシマと契約すれば、格安で強い装備が手に入るぞと。

 初心者向けのダンジョンアイテムのサブスクサービス。

 サービス名の通称は、ASK。

 「青島ダンジョンスターターキット」の略称だ。


 ASKは、奴隷となった井桐(いきり)がメインで手掛け、今や青島アンダーグラウンドの主要事業の一つとして成長していた。

 しかし令嬢はそれだけで満足してはいなかった。

 ASKの事業規模を一年後には百倍にする。

 それが御主人様(ノエル)から与えられた責務だった。


 故に、井桐(いきり)の精神はすり減り、かつての精彩は失われていた。


井桐(いきり)部長、例のクレーマーは応接室にいます。先日の死亡事故の遺族でして――」

「黙れ。どうせ金だろう。金。保険の上限は一億だったはずだ。お前が交渉してこい。安ければ安いほどいいぞ」

「金、ですか? 遺族は上の人間に話をしたいと。夫が死んだ理由を知りたいと。それに今時、一億くらいでは――」


 井桐(いきり)はイスから立ち上がり、部下を見下ろすように睨みつけた。

 眼窩(がんか)は窪み、死相めいた顔つきになっていた。

 その鬼気迫る表情に、部下は思わず声を漏らした。


「ひっ……!!」

「命令だ。行って来い。必要なら〝ネズミ〟を使っても良い」

「ね、ネズ……?」

「殺し屋だ。これが〝ネズミ〟の連絡先だ。なくすなよ?」

 井桐(いきり)は部下にメモ紙を渡し、再び椅子にどっかりと腰を下ろした。

「か、かしこまりました」


 世界は、令嬢が描いたとおりに動こうとしていた。

 空前のダンジョンバブル。

 富める者がさらに富む一方で、貧困層が拡大している。

 金がそこそこあった中間層ですらも、貧困層に転落しつつある。

 そのタイミングに乗じて、探索者を大量生産するのだ。


 探索者の初期状態はレベルが低い。

 だがそんな雑魚であっても、ある程度強い装備をさせれば格好はつく。

 まるで一丁前の探索者でございとばかりに魔物を倒し、アイテムを手に入れる。


 アイテムをギルドで換金し、自分にも探索ができるのだと自信をつける。

 それが武器によって底上げされた力であることを、忘れてしまう。

 自らの実力を見誤った探索者は、いともたやすく死ぬ。


 ダンジョンとは異界そのものだ。

 地球の科学法則は通用せず、日本国内の法律は適用されない。

 死と一攫千金のチャンスが同時に存在する場所だ。


 もっともそんな情報は、ネットを検索すればすぐに出てくる。

 愚民はそれすらやらない。

 文字すら読まない最下層の人間は、何となく稼げるらしいという噂に釣られて契約をする。

 半年もすれば、そのうちの何割かは「こんなはずじゃなかった」と死んでいく。


 それがダンジョンだ。

 それが井桐(いきり)が手掛けているビジネス(死事)だ。


「お、お待ち下さい! お客様!!」

 どたん! ばたん! と応接室の方から騒がしい音が聞こえてきた。

 どうやら井桐(いきり)の部下はクレーマーの対処に失敗したらしい。

 ――無能が。


 井桐(いきり)は内心でツバを吐き、さらに眼光を鋭く光らせる。

 不快感と苛立ちは最高潮に達していた。


 クレーマーの中年女性は、部下の制止を振り切って井桐(いきり)のデスクにやってくる。

「あんたが責任者か! どうして出てこないのよ! うちの主人を返せ! 人殺し!!!」

 井桐(いきり)は億面もなく、不快感を顔に出した。

 ギャンギャンと喚くような金切り声もさることながら、女性の身なりは小汚かった。


 ボロボロのジーンズに、泥がついたスニーカー。

 上の服は全くサイズが合っていない、派手な柄のシャツを来ている。

 着れるものをとりあえず着ていると言った様子で、絵に描いたような「下層民」の出で立ちだった。


「浮浪者が何の用だ」

「……ふ、浮浪者……? お前、客に向かって何て口の聞き方だ!」


 井桐(いきり)は女性を無視し、演説でもするかのように言った。

「世の中には馬鹿が多い。多すぎる。少し減るくらいがちょうどいい」

「何なのよ! うちの主人がそうだって言うの!?」

「全ては自己責任だ。無知であることは罪だ。ダンジョンで死ぬ奴には死ぬだけの理由がある。いや、死んで当然のカスだ」


 女性はスマホを取り出して、井桐(いきり)に向けた。

「う、訴えてやる! 全部、録音してるからね! 警察に届け出て死刑にしてもらうから! そうよ、あんたは死刑よ!」

 井桐(いきり)はやはり女性と会話するつもりはなかった。

 井桐(いきり)は、女性の目の前に立った。


 そして何の前触れもなく

「あぐっ!?」

 女性の髪の毛を鷲掴みにした。


「な、何するのよ! 離しなさ――」

 女性の目をギョロリと睨みつける。

 井桐(いきり)の目に、不気味な光が宿った。


「〝この度は、弊社とのご契約ありがとうございます〟」

「あがっ……ぐぐぐっ……!」

 井桐(いきり)の目に魅入られた女性は、白目を剥きガクガクと頭を上下に揺らす。

「ではこちらにサインをお願いします」

「んんほぉっ! おおっ……! おおっ……!!」


 女性は、震える手で「三浦志麻子」とサインをした。

 契約は成立した。

「三浦様、ありがとうございます。これであなたは今から探索者です。弊社が用意したラインナップから、好きな武器を一つ選ぶことができます――〝消え失せろ。ダンジョンで死ね〟」


 令嬢の奴隷になった井桐(いきり)は、令嬢の力を分け与えられていた。

 井桐(いきり)は新たに隷属の魔力を手にしていたのだ。

 ふらふらとした足取りで女性は部屋を出ていった。

 女性は数日としないうちに、ダンジョンで死ぬだろう。


「ふふ…………ふははははは!!! 社会貢献をするのは気持ちが良いものだな!!! くはははっ」


 ふと、社内に掲示されているポスターが目に入った。

 有名俳優が剣と盾を持ち、爽やかな笑みを作っていた。


『パパ、ダンジョンで稼いでくるよ』


 そのキャッチコピーを目にした井桐(いきり)は、なぜか胸の痛みを感じた。

 皮肉な仮面の下にある、僅かに残された良心が疼く。

 かつて自らが立ち上げたベンチャー企業「ダンジョン&リサーチ」でも全く同じビジネスを展開していた。

 しかしその時は今よりも良心的な価格設定だったし、攻略情報の提供も積極的に行っていた。


 きっと井桐(いきり)も、世界を良くしたいと願っていたのだろう。

「誰か……助けてくれ…………」

 しかし消え入るような声は、誰に聞かれることもなかった。

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