64 資金調達
八王子某所のコワーキングオフィスに、ダンジョンスカイの面々が集合していた。
一人を除いては――。
「それでは時間になりましたので、定例ミーティングを始めます」
と場を仕切るのはナスターシャの秘書でもあった、平宗だった。
「ねえトムは? 彼がいないなんて珍しいね?」
とナスターシャが言った。その問に大泉が答えた。
「弔木さんは今日はこない。有給を使うとのことだ」
それを聞いた結花が即座に反応した。
「ねえ何でこないの? 弔木さん、全然ラインも既読つかないんだけど。パパ、何かあったの? まさか会社やめちゃったの!?」
「あー、いや、うん……大丈夫だと思う」
大泉はしどろもどろになりながら、答える。
まるで何かを隠しているかのようでもあった。
「なにそれ! ちゃんと教えてよ!」
「と、とりあえず会社辞めたりはしないから、安心してくれ」
と大泉。
「だったらノープロブレムだな。しかし今トムに抜けられたら、計画が破綻してしまうな。ここは万全を期すため、色仕掛けで彼を我が社に引き留めておく必要があるね。ねえ、さやっち?」
「ななな、何で私に話を振るんですか!」
「じゃあこのえっちなバニーガールが相手をしてあげようかな? トムの体、美味しそうだしね」
ナスターシャがじゅるりと舌なめずりをすると、平宗が反応した。
「私がやります。教授に取られるくらいなら私が……あ、いや……何でもないです」
平宗は言葉を濁して俯いた。
「ま、まさか沙耶姉さんまで……!? ライバルが多すぎる!」
女性陣が弔木の話をする中、大泉は遠い目をしていた。
その目は(弔木くん、めっちゃモテてるじゃん……)とでも言いたげであった。
「おほん。気を取り直して、ミーティングを始めましょう」
平宗がメガネをくいっと持ち上げ、スライドを映し出した。
スライドには、様々な表やグラフが盛り込まれていた。
「動画制作の進捗と、直近の会社収益の共有です。まず私と結花さんのチャンネル『ダダダダダンジョン!』の登録者数が十万人を超えました」
「いよっ! おめでたい!」
ナスターシャが勢いよく声を上げて拍手する。
見た目は完全に白人なのだが、挙動は完全に日本人配信者のそれである。
「動画の再生回数は平均100万。これまで十本の動画を公開し、最高では約400万再生となっています――」
平宗は画面を切り替え、動画制作に発生した費用や、売却したダンジョンアイテムの収益、動画の広告収入のシミュレーション額を表示した。
「新規参入の割には、かなり健闘しているじゃないか。やはり私の発明が最大の差別化要因だろう」
「ダンジョンでの動画撮影ができるのはうちだけですからね」
「という訳で社長。これが今のところの我らの実績だ。どうだね?」
「なるほど……」
大泉は資料を眺めながら、何とも言えない表情をしていた。
確かに動画配信は成功している。
だがそこから得られる収益は、多く見積もっても普通にダンジョンで稼ぐ額の30パーセント程度だった。
会社全体の経営を考えたら、楽観視できるデータではない。
「ナスターシャ教授。もう一つのコンテンツ制作事業はどうだ?」
「今やっているところだ。システム構築に必要な経費を見積もったり、ブランディング戦略をしてみたり……って感じだよ。さやっち、次のページを映してくれ」
『ダンジョンキャンパーズ立ち上げに必要な費用』
――ダンジョンキャンパーズ
それが大泉たちの新規事業の名前だった。
事業内容は至ってシンプル。
ダンジョン探索者をターゲットにした、オンライン講座だ。
「当面は攻略動画のダウンロード販売に集中するが、ゆくゆくはレベルの高い探索者を講師にしてスクール形式でやることも考えている。で、システム立ち上げに必要な費用だが――」
大泉の目は、既に点になっていた。
文字通りのケタ違いな額の大きさに、唖然としているのだ。
「さ、三億…………!!!?? な、なんでこんなに……」
「システム関係の初期投資や特許費用が……と言いたいところだが。そもそも一番の要因はだね――」
と大泉が我に返った。
「あ、ああ……聞くまでもなかったな。ダンジョンバブルだ。物価も俺がガキの頃と比べたら数十倍はあがってるしな。必要経費と割り切ろう」
「ですが――」
と平宗が割って入った。
「じっさい、会社の維持費や我らの人件費も考えると、かなりの借り入れが必要なのでは?」
「さすがは我が助手だ。そうなんだよね。でも金策は社長が何とかするから大丈夫だ。ねえ社長?」
会社の方針を決めたのは大泉本人だ。
が、想定以上のコストを前におそれをなしている。
それに、三億というのは初期投資の額だ。
システムを導入した後はランニングコストが発生する。
それこそ教材が売れなければ、とてつもない赤字になってしまう。
「あ、ああ……何とかしよう。つきあいのある銀行に相談してみる」
「大泉さん。大丈夫ですか? もう少しコスト計算を見直してみますから。既存のパッケージシステムを購入する方法もありますし……」
と平宗が心配するほどに大泉の顔色は悪くなっていた。
それに追い打ちをかけるように――
「あ」
と結花が言った。
「ど、どうしたんだ? 結花」
「パパ。そもそもこの事業って教授の技術が前提になってるんでしょ? 銀行にどうやって説明するの?」
ナスターシャや平宗は〝とあるお方〟に狙われている。
銀行からの融資を受けるには、当然に事業の中身を詳しく説明する必要がある。
銀行からナスターシャ達の情報が漏れる可能性は十分にあるのだ。
「ミス結花に100点! 褒めてあげよう」
「教授、褒めてる場合じゃないですよ……このままじゃ資金調達ができないんですよ?」
と平宗が言ったきり、オフィスは沈黙に包まれた。
しばしの沈黙の後、大泉が話を切り出した。
「金の問題は俺が何とかする。俺がやると決めたんだ。必ずやろう。二人はこのまま新規事業の中身を詰めてくれ」
大泉が社長としての決断をしたその時、部屋のドアが開いた。
「どうも」
ぬるり、と暗い気配をまとった男が中に入ってきた。
弔木である。
やたら巨大なバックパックを背負い、少し疲れた雰囲気が出ている。
「おお、トム! 来てくれたか! まじめな日本人が休みを取るなんて珍しい。何かあったのかい?」
「ちょっと色々あってな……」
「弔木さん、教えてください。どこに行ってたんですか!? ていうか何でラインの返信くれなかったんですか」
「技を少々アップデートしようとして、野良ダンジョンに行っていたんだ」
「野良ダンジョンなんて、この辺りで最近はあまりないはずですよ。すぐに発見されますから。弔木さん。どこに行ってたんですか?」
まるで束縛が厳しい恋人のように、結花は厳しく追求する。
弔木は隠し事が苦手なようだ。
結花のまっすぐな瞳を見つめることができないらしい。
「わかった! えっちなお店だ! 疲れた顔してるのもそのせいだな! トムもやるじゃないか!」
ナスターシャが楽しそうに混ぜ返す。
「弔木さんに限って、そんなことはありません! そうですよね? 弔木さん!」
と平宗はあくまでも弔木の潔癖を信じているようだ。
「で……弔木さん。社員の休暇の口出しをするつもりはないが、どこに行ってたんだ?」
と大泉が言う。
「だから……ダンジョンだ。誰にも発見されていない〝野良ダンジョン〟だ。…………松島観光もついでに」
弔木がそう言った途端、三人が同時に反応した。
「えええ! ずるい! まさか、他の女と!?」
と結花が叫び、
「松島や トムはどの穴に 入れたかな?」
とナスターシャが詠み、
「さすがは弔木さんです。ということは、そのカバンの中身はダンジョンのアイテムですね?」
と平宗が称賛する。
弔木は、妙に疲れた顔でソファーに座った。
そして平宗のコメントにだけ、返事をした。
「平宗さん、正解です」
とバックパックを開けた。
中には色とりどりに輝く石がひしめいていた。
大量の魔石だ。
「他にも貴重そうなアイテムがあったが、換金性が高い魔石をメインで回収した。社長、俺では処分できないから、会社の売上に入れてください」
「弔木さん、まさか休みを取ってこんなことをしてたのか……? 無欲すぎるぞ、弔木さん! って、これ! 全部最高等級の魔石じゃないか!!! 一つ、二つ、三つ……!? ええっ! これ五億くらいはするよ!?」
「まあ、そういうことになるな」
「弔木さんリアクション薄すぎじゃないかい!? 我が社の資金問題、もう解決しちゃったんだよ!?」
「そんなこと言われてもだな……」
弔木のリアクションが薄いのには、理由があった。
松島ダンジョンを完全攻略した弔木は、さらに高額と思われる迷宮遺物を一つだけ回収していたのだ。
アイテムの正体は不明だが、恐らくは回収した魔石よりも高価なものだろう。
ナスターシャ教授に解析を依頼すれば、その正体が分かるはずだ。
だが弔木は、その事実を伏せておくことにした。
今度こそ大泉が気絶してしまうかもしれないからだ。
「おや? トム、何をにやにやしているんだい?」
「いや、何でもない」
(とりあえず資金問題は勝手に解決したらしい。これで会社も次のステップに進めそうだな)
新たなる技を会得し、会社にも貢献できた。
会社員弔木は一人、フリーターの時には味わえなかった達成感を感じていた。




