62 屍霊遣い
第一層、十五分。
第二層、三分。
第三層、九分。
弔木は順調に階層の主を撃破していった。
いかにこのダンジョンが危険だとしても、弔木の前に敵はいない。
それどころか、魔力を全解放できる爽快感すらあった。
「肩慣らしはこれくらいにしておくか。そろそろ本来の目的に向かわなければ」
それはダンジョン探索でもアイテム回収でもない。
弔木の技――〝魔技〟の開発である。
これからダンジョンスカイでの仕事はさらに忙しくなるだろう。
さらに結花たちが撮影している間に、隠密で動くこともあるかもしれない。
そんな時のために、今のうちから新たなる技を練り上げておく必要があるのだ。
これまでは火力が高い術をメインで編み出してきた。
しかしこれからは絡め手も必要な場面が出てくるだろう。
「ふむ……都合のいいタイミングで厄介なエリアが出てきたな」
ダンジョンの第四階層へと向かうと、急に周囲の雰囲気が変わった。
第三層の暗く深い森のエリアの最後にあったのは、流刑城へと至る城門だった。
弔木はかつて、この手の城を探索したことがあった。
一言で言えばその名のとおり、咎人を収容する城だ。
そして罪深き咎人は死すら与えられることなく、屍者として不死の刑に処されているのだった。
そういうエリアのダンジョンとなると、必然的に階層の主の素性も割れてくるというものだ。
弔木が予測したとおり、第四層のボスはかなり異質だった。
「獄吏の屍霊遣いか」
邪神の像が置かれた大聖堂の中には、数百を超える骸がいた。
その骸たちは薄汚れた法衣を纏い、異界の言葉を絶え間なく囁いていた。
『自死なさい、懺悔なさい、自死なさい、悔い改めなさい――』
地獄から響くようなおぞましき声、声、声。
常に防壁を展開している弔木の脳裏にも、精神を蝕む声は響いていた。
低レベルの探索者が聞いたとしたら、運が良くて即死。
最悪の場合は、他の仲間を巻き込んで自害、さらには死後も獄吏の傀儡として使役されることだろう。
もちろん、そんなものに動揺する弔木ではなかった。
むしろ他の探索者を心配していた。
「まだ四階層だぞ……? 初心者殺しもいいところだ。これは間違いなく『探索禁止ダンジョン』に指定されるやつだな」
さらに悪質なことに、精神攻撃の屍霊遣いに加えて、巨大な三体の邪神像が弔木に物理攻撃を仕掛けてくるのだ。
「〝絶壁〟!」
弔木の詠唱。
魔力で編まれた壁が、弔木を護るように展開される。
――バジッ!
弔木の防壁に触れた瞬間、邪神像の手首から先が消失した。
邪神像が、数百を超える屍霊遣いが――弔木という異質すぎる存在に注意を向ける。
「おいおいお前ら。馬鹿みたいにたくさんいるんだろ? たった一人の俺に、そんな殺意を向けるなよ――」
弔木は、想像する。
例えば駆け出しの探索者がここに立つとしたら。
余りにも可哀想で、絶望的な状況だ。
弔木はまた、別の想像をする。
たまたま観光でやってきた探索者がここにいたとしたら。
旅行先の思い出作りに……とやって来たが最後、ここが彼らの墓場になるはずだ。
「うん、こいつらは駆逐せなばならないな。本気を出すか――」
弔木は全力で五感を研ぎ澄ませた。
意識を全て解放し、屍霊遣いの言葉を余すことなく耳の奥に流し込んだ。
どす黒い憎悪が練り込まれた音声が、弔木の頭の中をかき回していく。
実に不快な体験だ。
「うるさいな……どいつもこいつも、死ね死ねと……」
弔木の行為は自殺行為そのものだ。
が、弔木にとってはそれが一番手っ取り早い方法だった。
精神操作系の術は、弔木にとっても初めての試みだ。
手っ取り早くコツを掴むには、一度全力で技を受けるのが一番なのだ。
「よく分かった。音に魔力を乗せているのか。声の出し方、リズム、タイミングで魔力のうねりを生み出している。魔力が聴覚神経を経由して脳に干渉し、さらには魂の形すらも歪ませる、という訳か。
――実に、おぞましいな」
この術は生物の脳の仕組みを深く理解していなければできないはずだ。
MRI何かがない異世界でこの魔術を編み出したということは――
「この術を編み出した術士は、どれだけの人間を解剖したんだ……?」
もちろんそんなことは考えたくもない。
弔木はただ敵のやり方を真似て、倍にして返すだけだ。
「〝全員黙れ〟」
弔木は膨大な数の声にむかって、そう反論した。
当然、ただの口先だけの言葉ではない。
言の葉に〝闇の魔力〟を乗せる。
さらには自らの全身を巨大な反響板のごとく震わせる。
そして弔木は逆の位相の魔力をぶつけた。
ノイズキャンセリングのイヤホンのように、屍霊遣いの言葉を無効化したのだ。
「〝聞こえているようだな。ならば貴様らが吐いた言葉をそのまま返してやろう――全員、自害しろ〟」
次の瞬間、数百を超える屍霊遣いの群れは一斉に動きを止めて、爆発四散した。
第四階層の階層の主が全滅した瞬間だった。
その光景に一番驚いたのは、他ならぬ弔木だった。
自分の言葉で現実が変わるというのは爽快さもあるが、同時に恐ろしくもあった。
「これは危険すぎるな。封印しておこう。奥の手だ」
弔木はこの新たなる闇の魔技を〝詞令〟と名付けた。
例によって漢字なのは、他の誰かに詠唱を聞かれたりした時にあまり恥ずかしくないようにするためだ。
〝絶対遵守〟などのようなスタイリッシュなネーミングが許されるのは、アニメのイケメンな主人公だけである。
「さて、一つ技が増えたところで次に行くか」
弔木がダンジョンのさらに奥に進もうとした時だった。
――パチパチパチパチパチ
背後から拍手が聞こえてきた。
気づかなかった。
その一点の事実をもってしても、かなりの手練れだと判断できる。
そして心当たりは一人――もしくは一匹しかいなかった。
「イタリア産のミューズリーはないぞ。お前の店を使うのはやめたつもりだったが」
弔木は振り返りざまに、そう告げた。
「魔力ゼロの探索者。久しいな。もしくは魔王と呼んだ方がいいか? 一年ぶりだな」
頭のそれはただの被り物か。
あるいは本物の人外か。
弔木は男の素性を知らずにいた。
以前はただ「ネズミ男」と認識しているだけった。
だが今は少し違う。
「俺を殺しにきたのか。とあるお方とやらの命令か?」
ネズミ男は不気味に顔を引きつらせ、カビ臭い笑い声を漏らす。
「くけっ。そんなにいきり立つなよ。今日は偶然だ。俺も松島観光を楽しみに来たんだよ。お前も食ったか? 牡蠣入りのカレーパン。あれは傑作だ」
「話が長いぞ、ネズミ…………言うべきことは、それだけか?」
痺れるような沈黙。
既にいくつもの戦う理由があった。
故に弔木は既に――臨戦態勢に入っていた。




