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61 海辺のダンジョン

 ある夜明け前。

 弔木(とむらぎ)は目を覚ました。

 〝闇人形〟が寝ている弔木(とむらぎ)に微弱な魔力で信号を送ってきたのだ。

 「新しいダンジョンを見つけた」と。


 〝闇人形〟は闇夜に紛れ、世界を徘徊する。

 弔木(とむらぎ)の魔力供給が続く限りどこまでも動き続ける。

 一体の闇人形が辿り着いた場所は――


「…………松島、だと?」


 〝闇人形〟が弔木(とむらぎ)に伝えてくる視覚情報。

 冷え切った夜の道路。

 寄せては返す、潮騒の音。

 街路灯に照らされる道路標識の文字は、「松島海岸駅」だ。

 一度も行ったことがない場所だ。

 詳細は後で検索してみるとして、ほぼ間違いなく〝闇人形〟の現在地は宮城県の松島だろう。


「うーん…………」


 首都圏のダンジョンが人々に発見される速度はかなり早まっている。

 今では数時間ともたないうちに発見され、国交省管轄の外郭団体「ダンジョン管理機構」の管理下に置かれることになる。

 そうなると弔木(とむらぎ)は自由に動くことができない。


 だから弔木(とむらぎ)は〝闇人形〟の探索範囲を大幅に広げることにしたのだ。

 八王子のアパートで、弔木(とむらぎ)は考えを巡らせた。

 移動距離とコスト、そこから得られる成果を天秤にかける。


「それにしても遠いな。別のダンジョンを探すか――」


 弔木(とむらぎ)は新しく買ったiPhoneでカレンダーを確認した。

 そして考えを改めた。

「まてよ? こういうのも悪くないかもしれないな」


 今日は金曜日。幸運なことに祝日だ。

 会社も休みで結花とダンジョンに潜る約束もしていない。


「金もあることだし、たまにはいいか。観光と、気分転換と、ダンジョン探索だ」

 そうして弔木(とむらぎ)は、仙台行きの新幹線のチケットを買った。

 ちょっと良いホテルを予約して、松島に泊まることにした。



 仙台駅についた瞬間、牛タン弁当で早めの昼食を取った。

 ずんだシェイクを片手に、仙石線に乗り換える。

 実に仙台観光を満喫している。


「だがこういうのも、悪くはない」


 弔木(とむらぎ)は列車の窓を流れる風景を見ながら一人呟いた。

 ダンジョンスカイの事業が軌道に乗ってから、ほぼ毎日誰かと会って話をしていた。

 仕事も案外と忙しく、毎日のようにオフィスに通い詰めていた。


 ナスターシャのバニー姿は刺激が強すぎるし、最近は妙に平宗(ひらむね)の視線も気になる。

 何となく睨まれているような気がするのだ。


 ――俺、もしかしたら嫌われてるのか?


 いや、そんなことはないと思いたい。弔木(とむらぎ)平宗(ひらむね)はまだそこまで深いコミュニケーションを取っている訳ではないのだから。


 ――気のせいだ。今は松島をエンジョイしよう。


 ふいに思い出した職場の記憶を頭から追いやり、弔木(とむらぎ)はずんだシェイクを飲み干した。

 ずんだの香りと甘味が体に沁みた。

 〝魔王〟の異名を持つ弔木(とむらぎ)だが、少し疲れていたようだ。

 やはり息抜きも必要だ。


『次は、松島海岸駅。松島海岸駅に止まります』


 車内のアナウンスが流れ、弔木(とむらぎ)は電車から降りた。

 八王子から移動すること四時間。

 目的地に到着だ。


「……さて、闇の力の修練だ」


 松島海岸駅を抜け、観光客が向かう方とは逆に歩いていく。

 詳細な位置は〝闇人形〟から知らされている。

 弔木(とむらぎ)はその情報を追いかけるだけで良いのだ。

 車通りの多い国道をしばらく歩いていくと、松林と砂浜が見えてきた。


 砂浜の対岸には岩の小島があった。

 波が何度も岩壁に打ち付け「ダプッ、ジャプッ」と言う波音を立てていた。

 よく見ると、岩の一部が洞穴のようにくぼんでいた。


 ダンジョンの入口だった。


「こんな観光地なのに、見つからないはずだ。文字通り穴場というやつか――」

 ダンジョンの入口は岩の孤島の洞穴だった。

 さらに潮の満ち引きで通常はダンジョンの入口が見えなくなっているのだ。


「〝雲隠(くもがくれ)〟」


 弔木(とむらぎ)が詠唱した瞬間、周囲の観光客は弔木(とむらぎ)の存在を認識できなくなっていた。

 魔力のベールが、弔木(とむらぎ)の存在感を周囲の風景に同化させたのだ。


 弔木(とむらぎ)は砂浜を横切り、海に向かって歩いた。

 しかし弔木(とむらぎ)は海に沈むことなく、ふわりと水面に立った。

 見るものが見れば、それは奇術か神の奇跡にも見えただろう。

 弔木(とむらぎ)は誰に誇るでもなく、淡々と入口へと向かう。


 弔木(とむらぎ)は臆することなく、洞穴の中へと進む。

 弔木(とむらぎ)が奥に進むと、中はやはり迷宮(ダンジョン)化した異界が広がっていた。


 岩の孤島の洞穴の先にあったのは――()()()()()()だった。


「――さながら、迷いの森と言ったところか」

 そして弔木(とむらぎ)の肌にはピリピリと痺れるような感覚があった。

 魔力が濃い。濃すぎる。

 まだ第一層だというのにまるで巨大ダンジョンの最深部にでもいるかのような圧迫感がある。


 弔木(とむらぎ)のこれまでの経験が告げている。このダンジョンは危険だと。

 この風光明媚な松島に、恐ろしく死の香りが漂っている。

「結花を連れてこなくてよかった。また社長に心配をかけてしまうところだった。よし……行くか」

 弔木(とむらぎ)は決意を固め、一歩前に進んだ。


 誰かに認められるでもなく、報酬をもらうでもなく。

 ただ純粋なボランティアの気持ちで、弔木(とむらぎ)はこのダンジョンを()()することにした。

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