59 機材テストとリハーサル
奥多摩ダンジョンの深層。
ダンジョンが各地で出現し始めている今、この交通アクセスの悪いダンジョンは敬遠されがちだった。
何しろダンジョンの入口に至るまでに徒歩で数時間もかかるのだから。
その不人気ダンジョンに、連日のように通い詰めている奴らがいた。
株式会社ダンジョンスカイの面々である。
マッドでセクシーなバニーガール、クールでスレンダーな助手の平宗、そして陰気な空気を纏う弔木である。
――ダンジョンの内部を撮影し、動画サイトで収益化する。
――ダンジョンの攻略法を他の探索者に提供し、事業化する。
これが株式会社ダンジョンスカイの新たな方針だ。
そして今日の目的は二つあった。
ダンジョンの中で正常に撮影ができるかを確かめる機材テストと、「ダンジョン攻略コンテンツ」のリハーサルの日だ。
当然、このコンテンツの主役は弔木だ。
動画には勇者時代の知識が必須だからだ。
「さあ、カメラを回すぞ。トム。リラックスするんだ。トムの経験を存分に発揮してくれ! ……スタート!」
ナスターシャが半透明のケースに覆われたスマホを操作し、録画ボタンを押した。
通常、ダンジョン内でスマホは使えない。ダンジョン内の魔力が電子機器に干渉し、故障するからだ。
だがナスターシャが発明したこの魔導素材は、電子機器をダンジョンの魔力から守る。
つまり今から撮影する動画は、世界初のダンジョンの深層を捉えた映像になるのだ。
「よし、いいぞ。魔力はしっかり遮蔽できている。……さあ、トム。もう喋っていいぞ?」
スマホの表示が切り替わり、時間がカウントアップされていった。
とりあえず機材は正常に稼働したようだ。
だがしかし。
肝心の出演者の歯切れは悪かった。
「だ……ダンジョンは……危険だ。だから確実な準備と、知識が必要になる…………」
「へいへい! このままじゃ放送事故だぞ! トム、もっといい感じに喋るんだ!」
「特に初心者は魔物の特性や基本的な立ち回りを理解した方が良い。そうすれば、低レベルでも最低限の武器だけで安全にレベルアップができる。レベルアップとはつまり魔力の純粋量が増える訳で……」
「もっと視聴者を喜ばせるんだ! トークに緩急だ! 元勇者ならできるはずだ!」
「それは関係ないだろう……」
かつて勇者だったはずの弔木だが、もちろん異世界ではトークスキルを磨く機会も必要もなかった。
魔物を倒し、ダンジョンを攻略することなら得意なのだが。
「さやっち! どうだい? トムは映えてるかい? 万バズ狙えるかな?」
傍らで見守っていた平宗は、遠慮がちに答えた。
「すいませんが……全く駄目ですね」
「ねえトム! やっぱり私がやろうか? おっぱい出した方が手っ取り早くないかな? チャンネル登録もイイねも爆増しないかな?」
「教授は馬鹿なんですか? 運営に削除されますよ。動画配信どころではなくなります」
「だったらいっそ、Porn◯ubとかでやろうか? トムはお○ん○んだけ貸してくれればいいから」
「顧客が限定されすぎます!」
「やはりそうか……。なら仕方ない! ここは私が――うぁあああ!!」
ナスターシャが何故かバニー衣装を脱ごうとした時だった。
ダンジョンの底が抜けた。
ドォオオオ――!!!
爆音にも似た地鳴りがして、弔木達はダンジョンの下層へと墜落していった。
「ぴぇええええ!」
「きゃ――――!!」
二人の女の叫びがダンジョンにこだました。
弔木は一人冷静に、空中で詠唱した。
「〝縮地〟!」
落下する岩石を空中で蹴り飛ばし、弔木は空中を自在に移動する。
瞬時にナスターシャと平宗を両腕に抱えたところで、さらに魔力を展開する。
「〝天網〟!」
何もないはずの空中に、魔力で編まれた網が出現した。
落下のスピードが除々に落ちていき、三人は地面に直撃することなく着地した。
「た、助かったよトム。まさか実験中にダンジョンの底が抜けるというのは想定外だった」
「今のは俺も間に合わないかと思った……二人とも、無事か?」
弔木が二人に声をかけた。
しかし返事はなかった。
二人を見る。
すると二人は、弔木の背後を見上げていた。それもやたら唖然とした表情で。
「え…………?」
「きょ、教授、あれは……一体?」
弔木が振り返る。
ダンジョンの巨大な空間の中、一体の巨鬼が立っていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ででで……デカい! 何だこりゃ!!」
ナスターシャもおののくような、超大型の武装した鬼だった。
その高さはゆうに二十メートルは超えている。
全身は毛に覆われ、原人のような見た目をしている。
しかも重厚な鎧を装備し、手に持つ斧は一目では全体を捉えきれないほどだ。
「教授! 目撃者を恐れて深い階層に来すぎたんですよ! 逃げましょう!」
「クハハハ! こんな珍しいモンスター、記録しておかなければダンジョン研究者の名が廃るというものじゃないか!」
「ば、馬鹿だこいつ……錯乱してる! 弔木さんだけでも逃げましょう!」
ダンジョンが崩壊しそうなほどに揺れる。
巨鬼が一歩前に出るだけでダンジョンが壊れるかと思うほどの地鳴りがする。
「と、弔木さん……? 早く逃げないと……!!」
焦る平宗をよそに、弔木はかつての記憶を思い出していた。
「こいつは〝巨人平原〟の巨鬼だったか。これは普通に倒すしかないな……」
「ええ? ま、まさか……戦うつもりですか?」
「たまに魔力を解放しておかないと、鈍るからな」
「もしかして弔木さんも、頭がおかしい……?」
普段は冷静で理知的な印象の平宗が、死ぬほど慌てていた。
しかし弔木の答えは、シンプルなものだった。
「違う。俺はまともだ。ただ倒せるから倒す。それだけだ」
目には目を。
力には力を。
弔木はただ純粋に力を解き放った。
「〝解放〟!」
それでも弔木は全力の三十パーセント程度に押さえた。
ダンジョンが崩壊しても困るからだ。
「試してみたかったんだ。烈火の拳紐がどこまで俺の力に耐えられるかをな――――」
弔木は烈火の拳紐を構えた。
両の拳に装備する近接戦闘の魔道具。
魔力を注げば注ぐほど、強い火花が拳から炸裂する。
普段、結花のサポートで探索する時は、かなり出力を押さえている。
〝静寂〟という術で闇の魔力を封じているのだ。
だが今は遠慮する必要がない。
ここは不人気ダンジョンの深層。
思い切りやれる。
「何も気にしなくて良いというのは、中々に愉快だな」
ジリッ――――!!!
弔木の拳から、これまでの赤い炎とは異なる現象が発生した。
余りにも莫大なエネルギーが注ぎ込まれたせいだろう。
烈火の拳紐は火炎ではなく、青いエネルギー体――プラズマを生成しだした。
鋭く青い光がダンジョンを照らした。
異変を感知した巨鬼が、弔木を敵と認めた。
巨大な斧を振りかぶり、ただ殺意を込めて弔木に振り下ろす。
ズォオオオッ!
「ほう。なかなかの攻撃だな。だが――」
対する弔木は、その場から一歩も動かない。
そして棒立ちのまま大斧を逸らした。
振り下ろされた斧は、物理的にありえない挙動で弾き飛ばされた。
「ええええ!? 今の攻撃を弾いた!? そ、そんなことあり得るのか?」
ナスターシャが叫ぶ。
だが弔木は純粋に疑問に思う。
そんなこととはどんなことだ? と。
弔木の莫大な魔力を持ってすれば、何も驚くことなどないのだ。
武器を弾かれた巨鬼の上体が完全にブレる。
隙だらけの体勢になってしまう。
当然その隙を見逃す弔木ではなかった。
「悪いが、少し熱いぞ」
弔木が拳を振るう。
烈火の拳紐から、雷撃にも似た青い光が繰り出された。
『GOAAAAAA…………!!!』
巨鬼は一撃で絶命し、ダンジョンは再び静寂に包まれた。
しばしの沈黙。
ナスターシャは何とか落ち着きを取り戻し、言葉を発した。
「激しい戦闘だったが、カメラはしっかり動いている。機材テストはクリアだ。どんどんコンテンツを発信し、金を稼いでいこう。今の動画もついでにアップしておこうか」
「それは良かった。こんな僻地まで来た甲斐があった」
「ちょ、待ってください! 今は絶対に上げられませんよ! そんなことしたら、とんでもないことになりますよ……!!」
「ねえさやっち。それは前フリかな? バズらせるなよ? みたいな」
――ともあれ。
弔木のリハーサルは微妙な結果に終わったが、機材テストは成功した。
株式会社ダンジョンスカイの取り組みは、次のステップに進むことになった。
「ダンジョンコンテンツ」作成の本格開始だ。




