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58 蠢く

 解散公告

 この度、株式会社ダンジョン&リサーチは政和20年2月31日開催の臨時株主総会の決議により、弊社が有する一切の事業を青島アンダーグラウンド株式会社様に譲渡しました。

 当社に債権を有する方は本公告掲載から二ヶ月以内に申し出ください――――



「うああああ、ちくしょう、ちくしょう…………!!!」


 薄暗い自室の中、井桐(いきり)は自らが立ち上げた会社の公告を破り捨てた。

 深夜の三時。

 部屋の空気は淀み、安いアルコール臭が立ち込めていた。

 漆黒にも似た夜の底で、井桐(いきり)の呪詛めいたつぶやきだけが部屋に響いていた。


「もう終わりだ。何もかも……!!」


 学生時代の思い出が詰まっていると言っても過言ではない、会社だった。

 それを井桐(いきり)は自らの手で、完膚なきまでに葬った。


 財閥令嬢――青島ノエルの瞳に見つめられた瞬間から、井桐(いきり)は奴隷になっていた。

 自らの会社を明け渡すだけでなく、青島アンダーグラウンドに入社していた。


 もちろん「世界のアオシマ」と呼ばれる超一流企業のグループ企業だ。

 客観的にはそう悪いポジションではない。


 だが井桐(いきり)の待遇は文字通りの奴隷だった。

 井桐(いきり)以外の社員は、各部門に割り振られ日々の業務に勤しんでいる。

 井桐(いきり)は青島ノエルの秘書となっていた。


 それも、ただの秘書ではない。

 24時間365日。

 令嬢から呼び出しがあれば駆けつけ、令嬢がやれと言った仕事は何が何でも遂行しなければならなかった。

 それが、井桐(いきり)にかけられた隷属の呪縛だった。


「犬。この間私が命令していた武器や防具の調達はどうなっている。報告がないということは、また私の《《ご褒美》》を受けたいということ?」


 スマートフォンから聞こえるのは、気位(プライド)が高く、傲慢な少女の声。

 少女は、ただの社長令嬢ではなかった。

 探索者の人材派遣や武器のレンタルなど、ダンジョン関連の事業を行なう「青島アンダーグラウンド株式会社」の代表取締役でもあるのだ。


 ノエルの魔力属性は〝隷属〟。


 ノエルは対象とする相手に――

 苦痛を与え、隷属させる。

 快楽を与え、隷属させる。

 心を蹂躙し、隷属させる。

 精神を書き換え、隷属させる。

 弱みを握り、隷属させる。


 そしてノエルの魔眼に魅入られた者は、全ての意思を奪われる。

 しかし通常、ノエルは他の社員に魔眼を使うことはない。


 隷属した者はノエルに絶対服従することになるが、逆に自律的に思考し行動する力が弱まってしまう。

 会社組織としては、そういう人間ばかりになっても不具合が生じてしまう。


 つまり井桐(いきり)は不幸にも、ノエルに気に入られてしまったのだ。

 虐待と征服の対象として。

 もしくは使い勝手の良い奴隷として。


「犬。早く応えなさい。この私が命令していた武器と防具の調達は、どうなった? 探索初心者への魔導具のレンタル事業は、全てお前の責任なのよ?」

「そ、それがまだ……」


「ふうん。それじゃあ、次はスクランブル交差点で裸にでもなって、失禁でもしてもらおうかしら? それかお前の大学の後輩を強姦させるのも面白そうね?」


「――――!!! そ、それだけはご容赦を…………!!」

 井桐(いきり)の全身が恐怖で強張(こわば)った。

「あらそう? だったら逆にお前が犯されてみるのはどうかしら?」


 ノエルの〝隷属者〟となった井桐(いきり)に、拒否する力はない。

 文字通り、ノエルが命じることには全て従わなければならないのだ。

 ノエルの言葉一つで、井桐(いきり)はどのような犯罪行為も、人の道を外れた行為をも実行してしまうのだ。


 そんなことをしてしまえば、井桐(いきり)は今度こそ文字通り、全てを失うことになってしまう。

「それだけは…………それだけは…………」

 スマートフォンの画面に向かって、井桐(いきり)は土下座をする。

 かつて抱いていた「エリート」という自負など、いつ捨てたのか記憶にないほどだった。


「なーんてね。嘘よ。犬は虐めがいがあって楽しいわね。これからも私を楽しませなさい。ああ……それはそうと。私の指示どおり、物価はもっともっと上がっていくから。()()()()()も増えるでしょう。

 ――犬。私が命令していたこと、しっかり覚えてるでしょうね?」


「はい。ノエル様が倍増させた貧困層を、徹底的にダンジョン探索に誘導する。貧困層に、弊社が調達した武器や防具を高利で貸し付ける。愚民どもの生命を危険に晒し利益を確保していく。……でございます」


 井桐(いきり)はノエルが前に発した言葉を、忠実に再現した――つもりだった。


「賢いワンチャンね。でも、一つ足りない。あくまでも目的はダンジョン資源の開発と、()()()()()よ」

「グワーッ!!!」


 受話器の向こう側で、ノエルが指先を動かしたようだ。

 井桐(いきり)の全身は痺れ、床をのたうち回る。

 〝隷属者〟となった井桐(いきり)の五感は、ノエルの支配下に置かれているのだ。

 ノエルは犬の叫びなどお構いなく、話を続けた。


「それに我が社はクリーンでサステナブルな経営をしているの。()()()()()()()()()()()お前の仕事なのよ?」

「ギョアーッ!!」


「犬。お前にはビジネスの能力だけはあるみたいね。私の命令を忠実に実現するのよ」

「アギャァーッ!!! わ、わかりまし……た!! お願いですから……グワーッ!!」


「……くふっ、ふははははは…………はははははははは!!!!」

 朦朧とする意識の中、井桐(いきり)はノエルの高笑いを聞いた。


 これまでノエルはどれほどの人間を蹂躙し、死においやってきたのか。

 想像するだにおぞましい。


 ――悪魔。


 自然とその単語が井桐(いきり)の意識をよぎっていく。

 青島ノエルはまさしく、屍の山の(いただき)で高笑いする――悪魔だった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 俺は、エリートだった。

 誰よりも優秀で、実力があり、女も飽きるほど抱いてきた。


 なのに俺は、かつて俺が見下していた有象無象よりも酷い状況に陥っている。

 この世界は間違っている。

 

 俺が奴隷になるなら、俺以外の人間はそれ以下の存在でなければ……ならないはずだ。

 

 いいだろう。

 ノエル様の命令のとおり。

 この国の貧困層を、惰眠を貪る愚民どもを食い物にしてやろう。


 再び静まり返った部屋の中。

 井桐(いきり)は芋虫のように蠢き、

 ただ壊れたオモチャのように、不気味に嗤い続けていた。


「くはっ……はははははは…………ふははははははは………………!!!!」

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