57 新規事業
奥多摩ダンジョン、二十階層。
辺鄙な田舎のダンジョンの、さらに隠しエリアの中に三人の男女がいた。
ナスターシャ教授と平宗と、大泉だ。
ダンジョンの中は暗く静かな森林エリアだ。
どこからか小川のせせらぎのような音が聞こえる。
しかし周囲は真っ暗闇。人はもちろん、魔物の息遣いすら聞こえない。
まさにダンジョンの「真空地帯」のような場所だ。
三人が設営した野営の光だけが、ほんのりと輝いていた。
「教授、会場の準備は終わりました」
と平宗。
テントの周りにはテーブルと椅子が配置され、少し離れた場所には焚き火がついていた。
助手の平宗と大泉とで、キャンプの準備をしていたのだ。
「こちらも終わりだ」
とナスターシャ。
ナスターシャは一人タブレットPCとプロジェクターの調整を行っていた。
「お、弔木さんと娘が来たようだな。おおい! こっちだぞ!」
社長の大泉はLEDランタンを振り、弔木達を呼び寄せた。
「待たせたな」
と、弔木が暗闇から出てきた。
背負っていた大荷物を地面におろし、テーブルに座った。
「やあやあお疲れ」
とナスターシャが弔木に缶ビールを手渡した。
「結花っちもお疲れ!」
「…………」
「って、あれ? 無視? ねえトム。私嫌われてる?」
「嫌われてるかどうかは知らないが、セクハラまがいの嘘をついた罰だろう」
「おかしいなあ。ちょっとしたスキンシップのつもりだったんだけどなあ」
「結花ちゃん、ごめんなさいね。私がいれば教授を張り倒してあげたのに」
と平宗がジュースを片手に近づいてくる。
常識人の平宗には心を許しているようで、結花はジュースを受け取った。
「ありがとうございます。平宗さん。……あの人って本当に教授なんですか?」
「ああ、それは間違いないよ。研究の内容とかダンジョンの知識は確かだから」
「へえ……そうなんですか……」
「はははは! 誤解も解けたことだし、始めようか!」
「誤解って言えるのか? それ」
「わはははは!」
弔木の指摘を笑ってごまかし、バニーガールの痴女がタブレットPCの画面を起動する。
白い岩の壁に、ナスターシャ教授が作成したスライドが映し出された。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『現代ダンジョンの経済環境と新たな魔導素材を用いたビジネスの展開』
「さて、今日の講義の概要から。
まずはじめに、この世界のダンジョン経済の動向を説明する。
その次に我が社――ダンジョンスカイがどういうポジションにあるのかを整理しよう。
その次に私が開発した魔導技術の説明と、その技術を生かした事業の説明を行う。
ここまでで質問はあるか?」
弔木がすぐさま反応した。
「その事業とやらは、うちの会社が実際に実行可能なものか?」
ダンジョンスカイの社員は三名。
弔木、ナスターシャ、平宗。
学生という本業がある結花は、さすがに一人分の戦力としてカウントはできない。
となると、たった三人だ。
たったの三人で、ダンジョン探索以外にビジネスを展開していくことができるのか。
それは当然の疑問だった。
大泉も深く頷いて弔木に同意する。
ナスターシャは躊躇うことなく即答した。
「可能だ。その方法についても、この後に説明をしよう」
即答。そして断言。
そこまで言われればこれ以上の追求は野暮というものだろう。
「了解した。では進めてくれ」
「まず、この国内を取り巻くダンジョン探索の実情の説明から行おう。
ご存知のとおり、国内には今や百近くのダンジョンが出現している。
ダンジョンで採れるアイテムは、これまでの科学技術の常識を超えるものが多く、高値で取引されている」
「大ダンジョン時代、というやつだな」
と大泉。
「そのとおりだ。それにより、今では探索者の新規参入が後を絶たない。さながら19世紀アメリカのゴールドラッシュのような状態だ。とまあ、ここまでは良い。だが最近、不穏な兆候が見えてきている。ダンジョンバブルによるインフレーションと、巨大資本によるアイテムの価格統制だ」
ダンジョンバブルによる物価上昇は、弔木も身を持って体験している。
ダンジョンがこの世界に出現する前と後では、物価が十倍近く跳ね上がっている。
八王子にいるはずなのに、物価だけはニューヨークの一等地のようになっているのだ。
「ダンジョンバブル、は分かる。だがアイテムの価格統制っていうのは初耳だな?」
ナスターシャが弔木の疑問に答える。
「これは私が掴んだ情報を元にした憶測だが。政財界はどうも『探索者の奴隷化』を目論んでいる節がある」
「ど、奴隷……化? 教授、どういうことだ」
ナスターシャはスライドを切り替えて、アイテムの買い取り価格と、日本国内の物価指数の推移のグラフを表示した。
ダンジョンで取れたアイテムは、ダンジョン管理機構かもしくは資格を得た|流通業者が買い取る仕組みになっている。日本国内のアイテムの流通の総量は増加しているが、その増加割合に比べて一点あたりのアイテムの販売金額はわずかに減少していた。
いっぽうで、物価指数はとてつもなく上昇している。
さすがに生活出来ない人間が出てくるため、少し前に政府が福祉予算を増加させたほどだった。
ナスターシャが画面を操作し、さらに数年先の予測を表示する。
アイテムの販売金額はさらに減少し、物価指数はより以上に高騰していた。
「これは……すごい数字だな」
と大泉が嘆息する。
会社の資金繰りを預かる身としては、かなり危機感が高まっているような表情だ。
「例えばこういうことだ。
〝とある上級国民〟がこの物価上昇を仕組んでいる。
そして、困窮した大量の一般人を〝探索者〟になるように誘導する。
ダンジョンは稼げる、一発逆転があるぞとね。
金に困った探索者は死の危険も顧みずにダンジョンに潜る。
しかしこれまでどおり一攫千金とはいかない。
価格統制によってアイテムの価格が下がるからね。
探索者は生活のために、これまで以上にダンジョンに潜らなければならない。
まるで奴隷のようにね。
そうして我が国のダンジョン開発は加速していく――。
これが私の未来予測だ。いや、ほぼ確実に今後数年以内に起こるであろう、現実か」
「おいおい…………これじゃまるで平成不況の再来じゃないか。最悪なんてレベルじゃないぞ! 人が何人死ぬか分かったもんじゃない。それに、教授が予測する通りの数字になったとしたら、うちの会社は確実に倒産する……!!」
「そのとおり。これが我が社が置かれている現実だ」
弔木は平成不況を知らない。
だが大泉の狼狽ぶりを見るに、相当に危機的な状況だということは分かる。
それに、何とか入社した会社が倒産したとなれば、弔木も当然また生活に困る。
結花だって大学に行けるかすら怪しいだろう。
「パパ、落ち着きなよ。社長なんだから、もっと強気でいなきゃ」
と顔色を悪くする大泉の背中を結花が叩く。
案外というか、順当にと言うべきか――結花の方が肝が座っているようだ。
結花はナスターシャに挑発するような表情で言った。
「で、教授がただのセクハラバニーガールじゃないことを証明して見せてよ」
「ふふ。中々言うじゃないか。そのとおり。こんな未来が見えているなら、攻めの姿勢で打開しにいかなければならない。……では結論から言おうか。次のスライドだ」
ナスターシャが次のスライドに移った。
ダンジョンスカイはただのアイテム採取業者から脱却し、次の2つの事業に取り組むべきだ。
①ダンジョン探索の実況動画を配信するエンタメ事業
②トムの知識――ダンジョン攻略情報を配信する教育事業
「これが、私の答えだ」
「なるほど分からん。そもそも、ダンジョンってスマホを持ち込めないだろう」
恐ろしく根本的な疑問があった。
ダンジョンの内部では、電子機器が使い物にならない。
ダンジョンに充満する謎の力が電子機器に干渉し、スマホを持って中に入ると数分以内に故障してしまうのだ。
「トム。そこが我が社の強みなんだよ。確かにダンジョンには電子機器に干渉する力が働いている。だが。私が開発した新素材で覆えば、その力を無効化することができる。ほら、気付いたろう? 私のタブレットPCは普通に使えているだろう?」
ナスターシャの機材は、タブレットケースのような透明なカバーに覆われていた。
見た目には普通のカバーだったため、ほとんど違和感がなかった。
「気づかなかった……」
その状況に気づいた他のメンバーも、弔木と同じように驚きの反応を示す。
「な、何だこれは」
「どうなってるの? 何かのトリック?」
「種も仕掛けもない。あるのはただ、技術のみ! ダンジョンには、電子機器に鑑賞する魔力の〝波〟がある。このカバーには特殊な魔石が埋め込まれていて、その〝波〟と逆の位相の魔力を常に発している。
そうすることで、電子機器がダンジョン内の魔力に干渉されるのを防いでいるんだ。
いわば、ノイズキャンセリングイヤホンの応用といったところだ。その名も『魔力反転プレート』だ」
「す、すげえ……。教授。あんた本物だよ」
大泉が唖然とした顔になる。
「驚くのはまだ早い。一番のポイントはこの技術を金に変換する方法だ。結花っち。君はもう、分かっているようだね? さすがは今どきの女子高生だ」
結花は興奮気味に答えた。
「普通にヤバいよ……ダンジョンの中を映した動画っていうだけで、普通に万バズは狙えるってのに。
元勇者のダンジョン攻略情報だなんて…めちゃくちゃ売れるんじゃない?」
「そういうことだ。世界にはダンジョン攻略というコンテンツを求めている。そしてそれ以上に、世界はダンジョンの攻略情報を必要としている。つまり、金になるという訳だ」
「きょ、教授……あんたすげえよ」
と大泉。
「この事業がうまく行けば、金のために仕方なくダンジョンに入る人たちも救えるじゃないか」
「そうだ。ダンジョン攻略は、単純なレベルゲーじゃない。魔物の弱点を見極め、敵を倒す。トラップを切り抜ける、いわば攻略のための知識が必要不可欠なんだ。だからこれは我が社のビジネスでもあり、人助けでもあるんだ。どうだい社長。私の提案に乗るかい?」
全員の目線が、空中でぶつかりあった。
もはや議論の余地はなかった。
社長である大泉が全員の意見をまとめるように、結論を告げた。
「今日からただの受託事業を受けるのは最低限にしよう。新規事業に力を注ごうじゃないか」
そうして株式会社ダンジョンスカイは、新規事業の立ち上げに乗り出すことになった。




