56 えっちなバニーガールが大好きなんですね!?
最近、結花に楽しみができた。
父が経営する会社――株式会社ダンジョンスカイの事務所が移転した。
自宅兼事務所という実に手作り感あふれる事務所から、駅近くのシェアオフィスへ。
『結花にも会社のIDカードを渡しておく。会社の事務スペースを勉強に使ってもいいからな』
と、社長であり父の大泉は言ってくれた。
結花は入館証をゲートにかざし、中に入る。
そしてドリンクバーのブースに向かう。
この豆乳ラテが絶妙に美味しいのだ。
これが楽しみの一つ目。
勉強、の名目でオフィスに行く訳だが。
たまに弔木がオフィスにいる。
これが楽しみの、二つ目だ。
弔木の横顔を眺めながら勉強ができるし、たまに勉強を教えてもらえる。
ダンジョン探索だけではない、弔木の顔が見れるのだ。
――今日も弔木さん、いるかな。
結花ははやる気持ちを押さえ、会社の個室ブースに向かう。
これで父がいなければ完璧なのだが。
「ただいまー……え??????」
ドアを開けた途端、結花の理解不能な光景が広がっていた。
金髪で長身の女が、
「ぬぁああ! これで完璧だ! 理論上、この魔石の配置パターンなら瘴気の遮断ができるぞ!」
などと訳のわからぬことを叫んでいたのだ。
結花は反射的にドアを閉めた。
(え、何? 部屋番号は……あってる? どういうこと?)
結花は何度も部屋番号を確かめた。
A−004
部屋番号に間違いはない。
ということは、中にいる人間の方が間違えている?
コワーキングスペースの管理人に話をしに行こうとするが、結花は立ち止まった。
社長であり父の大泉鷹男からは確かに「新たに社員が入ることになった。弔木さんからの紹介だ」とは聞かされていた。
あの女の人なのだろうか?
弔木の伝手ならば大丈夫だろうとは思っていたが、あんな派手派手な美人だとは思ってもいなかった。しかも、何か言動がおかしい。
結花は再び、ドアをそっと開けて中を覗いた。
(バニーガールに着替えてる??? えええええ???? 何なのこの人……!?)
「ふう。やっぱりこれが一番落ち着くな」
(落ち着くの? それ????)
直前まで着ていた服でさえもスカートがかなり短く、胸も強調されていた。
女はなぜかバニーガールに着替えていた。しかもこの一瞬の間で。
結花が混乱していると、ドアの隙間からバニーガールと目線が合った。
と言うよりは無理やり合わせてきた。
「やあ! 私がナスターシャ教授だ。今は訳アリでさすらいのバニーガール。トムの紹介でこの会社に入ることになった。君が社長令嬢の結花ちゃんか。かわいいね。君もバニーガールにならないか?」
と、急にマシンガンのようにまくしたてるナスターシャ。
その銃弾の雨の中から、聴き逃せない単語があった。
「え……ちょっと待ってください。トムって誰ですか? まさか――」
先日の新宿御苑での事件から、結花には疑念があった。
弔木とナスターシャ教授は、実はただならぬ関係性にあるのではないかと。
ナスターシャ教授と言えば、ダンジョン探索界隈の外でも有名人だ。
いっぽうで弔木は、ダンジョンを片っ端から蹂躙していく謎の存在として有名だ。
この二人がくっついていたとしても、何も不思議なことはない。
「トム? もちろん彼のことだよ。キョウ・トムラギだ」
「はああ!?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
奥多摩、某所。
とある深い山の奥に「奥多摩ダンジョン」があった。
このダンジョンの特色を一言で言うなら「不人気ダンジョン」だ。
近隣の八王子市には「八王子ダンジョン」があり、郊外のダンジョンとしてはかなりメジャーな存在になっている。
一方で奥多摩ダンジョンは、二時間ほど徒歩で登山をしなければ入口にたどり着けない。
むしろハイキング客の需要の方があるくらいで、金を稼ぐダンジョンとしてはかなりランクが落ちる。
その不人気ダンジョンに、結花と弔木は入っていた。
今日の結花はトレッキングブーツにタイツ、山用のパーカーと言った出で立ちだ。
いつもの結花ならこの時を楽しみにしていたが――今はそうではないようだ。
「それにしても目的地まで、遠いな」
「………………」
返事がない。
今日の結花は、何かがおかしかった。
戦闘の連携は問題ない。むしろかなり調子が良い部類だ。
登山口で合流してから、会話がほとんどないのだ。
まるで初対面の塩対応された時に戻ったかのような雰囲気だった。
さすがにこのままではまずい。
弔木は、目的地まであと少しというところで結花に問いかけた。
「結花……さん? もしかして怒ってたりするのか?」
「怒ってはいないですよ」
「じゃあ、何で今日はそんなに話さないんだ」
「…………」
「もしかして、ナスターシャ教授のことか?」
長い沈黙があった。
ビンゴ、なのかもしれない。
沈黙が長すぎて、もう一度弔木から何か話そうとした時だった。
爆発したかのように、結花がしゃべり出した。
「弔木さん、ナスターシャ教授と同棲してたんですね。しかも、女が他にももう一人いたなんて。ナスターシャ教授から聞きましたよ。その三人で、さ、さんp……」
「ちょ、ちょっと待て!!」
弔木の脳裏に、ナスターシャの悪戯っぽい笑みが浮かんだ。
(あいつ、やりやがったな……!!!)
「私、反対です。あんな人を会社に入れるなんてどうかしてます。……でももう二人がそういう関係なら仕方ないですね。弔木さんはえっちなバニーガールが大好きなんですね!?」
「断じて違う!!!」
『嘘は言ってないよ? 嘘はね。けけけけ……同じアパートに住んでるし、三人でリンゴ食べただろう? はははははは』
というナスターシャのセリフが聞こえてくるようだった。
ギャルっぽい見た目に反し、結花は純真で騙されやすいらしい。
「わ、私も着ちゃおうかな。バニー衣装。弔木さんが喜ぶなら」
「もっと自分を大事にするんだ……!!」
弔木は脳裏に浮かぶ結花のバニーガール姿を抹消した。
実に背徳的な光景だった。
「何から何まで誤解だ! こんなことなら、面接の時に結花にも居てもらえばよかったな……」
弔木は慌ててナスターシャ教授が置かれた状況を説明した。
しかし結花は疑わしげだった。
「じーーーーーー…………」
「湿った視線を送るんじゃない」
「弔木さん。嘘ついてないですよね?」
「嘘をつくメリットなんてないだろう」
「ありますよ。本命バニーをキープしながら、いたいけな女子高生を弄ぶとか」
「ぶはっ! そんな訳ないだろう! だから――」
必死の説明の結果、一応の誤解は解けた。
が、それでも結花は微妙な表情をしていた。
「まだ、何か気になるのか?」
と弔木が問う。
「教授が本当に会社の役に立つのかまだ分かりません。パパ、前の会社でもいろんな人に裏切られてきたから」
「ああ……そう言えばそうだったか」
大泉は元は「大泉建設」という土建会社を営んでいた。
だがダンジョン出現の初期にあった「ダンジョン不況」、そして創業メンバーの裏切りによって、窮地に立たされていた。
結花は大泉の苦労を知っているのだ。
「ならしっかり君の目でも見極めると良い。今日は教授の講義と新技術のプレゼンをする訳だからな」
会社的には結花はバイト扱いだが、重要な関係者であるのは確かだ。
弔木はリップサービスでも何でもなく、その事実を告げた。
「結花も会社のメンバーなんだ。教授のアイデアが駄目だと思うなら、しっかり反論した方がいいぞ」
「もちろん、そのつもりです。本当はずっと弔木さんと探索していたかったけど……」
「え? 何だって? 後半がよく聞こえなかったが」
セリフの最後の方は、ほとんど小声で聞こえなかった。
「何でもないですよ。勇者さま♡」
結花の機嫌は多少持ち直したようで、それからは上機嫌でモンスターを倒し続けた。
結花の魔力は冴え渡り、二等級の魔石に〝金色オーク〟の牙、アンデッド騎士の鎧など、かなり多くのアイテムを回収した。
今回の探索だけで、およそ五百万程度の利益にはなりそうだ。
「ふむ……俺の力を使わずともここまで戦えるようになったか。すごいじゃないか」
「弔木さんが色々教えてくれたからです」
そうして三時間ほどが過ぎ、二人は奥多摩ダンジョンの二十階層に到着した。
この辺鄙な場所にダンジョンスカイのメンバーが集まるのには、理由があった。
存在してはいけないナスターシャ教授による、
言語化されてはいけない現代ダンジョンの講義と、
存在を伏せなければならない新技術のプレゼンが、ここで行われるのだ。




