55 歓迎
女物の服を買い出しし、アパートに戻った。
ナスターシャは溢れんばかりの胸の存在感を抑えるために、オーバーサイズ気味のニットを買った。
しかしスカートは本人の希望で、かなり短めでタイトなものを選んだ。
目の毒である。
平宗は元から黒のパンツにブラウスという事務職のような服を着ていたので、無難に似たような服を追加で買い足した。
これはこれで、悪くない。
(上の階の住民にリンゴをお裾分けに行こうとしたら、こんなことになるなんて。人生何があるか分からんな)
弔木はしみじみとそう思った。
そんなことを思いながら、弔木は配車アプリでタクシーを手配した。
アパートから十五分ほどかけて八王子駅近くに到着。
向かう先は、いわゆるコワーキングスペースというやつだ。
弔木の活躍もあり、会社の経営は軌道に乗っていた。新しいオフィスを借りるくらいの余力は出てきているのだ。
そして社長の大泉には、金をかけてオフィスを借りる理由もあった。
ダンジョン探索をしていると「悪い虫」が娘の結花についてくる。
下手に自宅と会社事務を兼ねると、ストーカーに付きまとわれた時に厄介だ。
そのため大泉はある程度の運転資金が出来るとすぐに、エントランスの警備がしっかりした共同オフィスを借りることにしたのだ。
(まったく過保護と言うか何とか言うか。それとも俺も結婚したら変わるのか?)
そんなことを考えながら、弔木はエントランスでの受付を済ませる。
すると、入口のすぐ前に大泉が立っていた。
大泉はナスターシャを見るや、驚きの声をあげた。
「弔木さん。それでさっきの面接の話って……って、えええ!? あれ? もしかして……ナスターシャ教授ですか?」
「えっへん。そうだよ。私が《《あの有名な》》ナスターシャだよ。もっとも今は教授と言えるか怪しいけど」
「ど、ど、どうしてこんなところに? というか、まさか弔木さん、面接したい人って……?」
「この二人だ。ここじゃ人目もあるから、細かい話は会社のブースでやろう」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
会社のブースは一応は個室になっていて、ある程度の防音性があった。
隣の部屋の声が聞こえたりすることは、ない。
――そうして株式会社ダンジョンスカイの、新入社員の面接が始まった。
はじめ、大泉はこれまでの経緯をナスターシャから聞いた。
ナスターシャが発表寸前まで記していた「魔王脅威論」が権力者の手に渡った。
権力者はダンジョン開発による利益を得る立場のようで、ナスターシャの存在そのものを消そうとしている。
二人は殺し屋に追われ、ラボや住まいも失った。
今やナスターシャはただのバニーガールで、平宗は元秘書でしかない。
しかし二人には価値がある。
ナスターシャにはダンジョン研究者としての知見が。
平宗には暴走するナスターシャの制御と助手としての事務処理能力が。
どちらも会社には必要な存在であることは間違いないものだった。
「――と言う訳だ。社長、二人を採用した方が弊社の得になるのは確実だろう」
弔木の期待に反して大泉の反応は鈍かった。
「うーむ……なるほど。〝とあるお方〟ってのは相当にヤバい奴なんだろうなあ。でもなあ……」
と眉間に皺を寄せる。
「大泉さん。何か懸念すべきことがあるのか?」
「いいや、懸念てのはないが……」
「あ、あの。例えば会社に籍を置かないで業務委託ってことにするのはどうでしょう? そうすれば会社に迷惑はかけずに済むのでは。最悪の場合『大泉社長は何も知りませんでした』ってことにすれば良い訳ですし……」
と平宗が言う。
「そんなやり方があったか」と、弔木は内心で舌を巻いた。
その発言からも平宗の能力の高さは伺い知れる。
平宗の申し出にも、大泉の反応は鈍かった。
スマホをいじり、画面を眺めながら返事をする。
「違うんだよ。違うんだ。業務委託? それはもっと駄目だ」
大泉はデスクにどっかりと腰を据え、両手を組んで、言った。
「とても気に入らない。世間の荒波に揉まれて三十年以上生きてきたが、気に入らないよ。〝とあるお方〟とやらは、よほど権力があって全てを思うがままに動かしたいらしい。
教授を登用していた国もダンジョン管理機構も、この事態にだんまりを決め込んでいる。教授はこの国のダンジョン研究に大いに貢献してくれた方だというのに、ね。
俺は、そういうのが気に入らないんだ」
「え、社長……さん? つまり……?」
平宗は戸惑った表情で大泉を見た。
大泉はデスクから立ち上がり、ナスターシャ達の前に立った。
そして深く頭を下げる。
「このとおり、うちは零細のダンジョン探索会社だ。俺が教授を面接して実力を見極めるだなんて、とんでもない。……二人の力があれば、もっと会社規模を大きくできるはずだ。ぜひとも弊社に来てくれないか」
ナスターシャは満面の笑みで立ち上がり、大泉に握手を求めた。
「こちらも研究ばかりで飽きていたところだ。ダンジョンビジネスのアイデアもいくつかある。ぜひともやらせて欲しい。あ、あと研究用のラボはあるかな? ぜひとも検証したい新技術があるんだ。〝魔王〟ことトムの魔力の使い方を観察していたら、ふと思いついてね――」
「きょ、教授! いきなり厚かましすぎますよ! すいません! 研究設備はこちらで何とかしますので……」
「いいや、先行投資だと思って準備しよう。もちろん金が足りなければダンジョン探索で資金調達をしなければならないがね。その時は弔木さんの力も必要になるだろう」
「元からそのつもりだ。〝とあるお方〟だとかネズミの頭の暗殺者だとか知らないが、全員まとめて相手しよう」
弔木は珍しく、強い言葉で断言する。
ナスターシャ達の今の状況については大泉と同じ意見だった。
かつてフリーターだった弔木は、社会の理不尽さを痛いほど知っている。
だからこそ弔木としても〝とあるお方〟には憤りを感じていた。
「――決まりだな。二人とも、株式会社ダンジョンスカイへようこそ」
そうして、全員の意見がまとまった。
社長は会社の経営を安定させるための人材を求め、
ナスターシャ達は当面の生きるための金を求めた。
弔木は、「何だかベンチャー企業みたいだな」と少しだけワクワクした気分になる。
これまでのフリーター生活では味わえなかった高揚感だった。
その夜。
弔木の携帯に、大泉からメッセージが届いた。
『弔木君、君はナスターシャ教授のバニー姿を見たんだってな。社長命令だ! 今度感想を聞かせてくれ』
「な、何だこのおっさん……」
あれだけキリっとした顔で見栄を切っていた大泉だが、何ともむっつりとしたことを考えていたらしい。
とりあえず弔木は
『結花さんに報告しておきますね』
とだけ返信した。
次の朝、弔木の携帯には大泉から数え切れないほどの着信履歴が残されていた。




