54 スカウト
場所を変えて、三十分後。
次は弔木の自室に二人がちんまりと座っていた。
弔木は自分がこれまで辿ってきた道のりを二人にした。
研究者モードになったナスターシャは、食い入るように弔木の話に聞き入っていた。
大学三年の春になぜか異世界に転移していたこと。
それから数年もの間、勇者として魔王討伐の旅に出ていたこと。
戻ってきたら現実世界では一年が過ぎていて、弔木は〝闇の魔力〟に目覚めていたこと。
今は普通の会社――ダンジョン探索法人に所属していること。
話が一段落すると、ナスターシャは天を仰いだ。
「信じがたいことだ。……トムは、本当にただの会社員なのか? 生身の人間が保有していい魔力量じゃないだろう」
「んなこと言われても、あるものは仕方ないだろう。……ていうか、何でトム?」
「深い意味はないよ。呼びやすいからね。これから君はトムって呼ぶ。私のことはナスターシャって呼んでくれたまえ」
と、巨乳のバニーガールはウインクをする。
生まれてこの方、海外の知り合いなんて出来たことがない。
何とも言えないフランクな距離感に、弔木は妙なこそばゆさを感じる。
「それからこっちは私の助手だ。改めて紹介しよう。平宗沙耶だ。さやっちって呼んでもいいよ」
「いや……平宗さんで」
「意味不明な初対面のシチュエーションですが……よろしくお願いします」
「よ、よろしく」
黒髪ショートの和風美人。
落ち着いた印象の二十代中盤の女性だった。
弔木とは二、三歳くらい年上といったところか。
(この人は、常識人……なのか? いや常識人であってくれ)
しかし常識人だとしたら、胸元の露出が妙に高いのが気になるところだ。
なぜブラウスの胸の部分だけ露出しているのだろう。
今は手ブラ状態で隠しているが、ぶっちゃけて言えば何度かチラチラと見えていた。
これはもう、逆に聞かない方が不自然だ。
弔木はどぎまぎしながら、平宗に問いかけた。
「差し支えなければ教えて欲しいんですが、その服どうしたんですか?」
――でも胸のことだけ聞くのも下心満載っぽいな。
と弔木は、慌てて質問を付け足した。
「あと何で八王子なんかに……?」
「その疑問には、私から答えよう」
と、ナスターシャが応じた。
「我々は今、とある勢力に追われている。服がボロボロなのは、まあ暗殺者との戦闘の結果……とだけ言っておこう。そしてこのアパートは私が秘密裏に確保していたセーフハウス兼〝魔王〟探索の拠点だ。もっとも、今や魔王を追いかける必要はなくなったがね。
ああ……それから私の研究の業績は抹消された。研究所も、住む家も、燃やされた。そのうち、ネットの情報も消されるだろう」
「教授の経歴が? そんな馬鹿な」
弔木はスマホを取り出し、ナスターシャの名前を検索した。
ナスターシャ教授と言えば、ダンジョン界隈では教授はちょっとした有名人だ。
ダンジョン研究の第一人者にして、バニーガール姿でダンジョンを踏破する稀代の変人。
政府機関の会合にも頻繁に呼ばれる重要人物。
弔木でさえも、その程度の前情報はかなり以前から知っている。
そんなに簡単に情報が消えるはずが、ない。
だがしかし、弔木のスマホの検索結果は――
「ぜ、ゼロ件? マジか……」
検索エンジンだけでなく、動画サイトも同様だった。
ナスターシャ教授の痕跡が全て消されていたのだった。
次は弔木が唖然とする番だった。
弔木の知らないところで、巨大な権力と暴力が世界を動かしている。
その巨大な力に、目の前の二人の女は潰されようとしているらしい。
「訳が分からない。なぜそんなことに?」
「『ダンジョンは危険だ。魔王という存在がこの世界に進出している可能性がある』という教授の仮説が〝とあるお方〟の逆鱗に触れたようです」
と平宗。
「まあ〝魔王〟が俺のことを言っているんだとしたら、何もかもが違うけど――」
「この際、事実はどうでもいいのでしょうね。〝とあるお方〟は急速に拡大する〝ダンジョン経済〟に水を差す存在を全て消すつもりのようです」
「待て待て……横暴過ぎるだろう。言論弾圧もいいとこだろ。そんなことが許されていいのか?」
「はっはっは。どうだトム、びっくりしたかい? 中々楽しくなってきたねえ!」
ナスターシャは、ケタケタと笑う。
普通にヤバい状況なのだが、明らかに面白がっている。
「教授、ふざけてる場合ですか。これから我々は敵から逃げるのはもちろんのこと、当面の生活費を工面しなければならないんです。、ヘラヘラしてる場合じゃないですよ!」
「え、フ◯ラ◯ェラ?」
「殺しますよ。下ネタ言ってる場合ですか」
「何なんだこの人たち……」
今や日本国内は迷宮化現象によって急激にインフレしている。
弔木と同様に、ナスターシャ達も金が切実に必要だった。
それも謎の勢力に追われながら金を稼ぐとなると、至難の業かもしれない。
(あれ、待てよ?)
とその時、弔木はふと大泉との会話を思い出した。
『うちの会社もただの業務受託だけではジリ貧だ』
『会社を強化するために、ダンジョン関係の経理とブレーンが欲しいんだよなあ』
――ダンジョン関係の、経理とブレーン。
(ちょうど良いところに、いたな)
ちょっと頭がおかしくて暴走気味ではあるが、ダンジョンのことについては超一流の知性を持つ人材が一人。
そのジャジャ馬の手綱をしっかり掴める人材が一人。
間違いなくナスターシャの書類仕事は、助手の平宗が引き受けているはずだ。
(やってみる価値はありそうだな)
そう考えてからの決断は、早かった。
「ところで相談なんだが、うちの会社の社長と話してみないか? さっきも言ったが俺はダンジョン探索会社の社員だ。正社員は今のところ俺だけ。社長もまともに動ける人材なら、喉から手が出るほど欲しがっている。一度会って話だけでもしてみないか」
「弔木さんの会社に? 本当に大丈夫なんですか? 私達、訳の分からない組織に命を狙われてるんですよ」
と平宗が心配そうに尋ねる。
「まあ、社長の判断次第ではあるが。二人の能力は会社にとって必要だと思う。それに本気を出せば、大抵の敵は俺が倒せるし」
「中々に格好いいセリフじゃないか、トム」
「実際にできるからそう言ったまでだ。それに二人には、それだけの価値がある――と俺は思っている」
弔木には裏の目的もあった。
今でこそナスターシャは〝とあるお方〟とやらに追われて身を隠している。
しかし表舞台に復帰する可能性は大いにある。
その時になって、弔木を〝魔王〟だとか危険人物だとか喧伝されるリスクもある。
それだったら今のうちから恩を売って仲間にしておく方が得策と考えたのだ。
「教授、これはチャンスですよ。今私達には現金らしい現金なんてありませんからね。何とか入社しましょうよ。決して変なことをしないでください」
「まあ善処しようじゃないか。もっとも、社長にこの私を雇うだけの器があると良いのだがね」
「そういう所ですよ……我々の立場、分かってます? というか教授。そろそろバニー衣装やめません? その格好で面接は危険ですよ」
「それは私も考えていたところだ。このえっちで刺激的な魔導衣装は八王子のキッズ達には刺激が強すぎるだろう」
「八王子関係なくないか?」
弔木は思わずツッコミを入れる。
そもそもナスターシャの衣装は万人に対して刺激が強い。
だがナスターシャは強引に話をまとめた。
「という訳でトム。決まりだ。とりあえずは社長に会おうじゃないか」
ツッコミは無視されたが、交渉とスカウトは成立した。
弔木としては上々の結果だ。
「だがさすがにこの格好はまずいだろう。さやっちも見えてはいけないところが丸見えだ。すまないがトム、我らの代わりに服を買ってきて欲しい。スリーサイズは――」
期せずして弔木はナスターシャと平宗のスリーサイズを知ることになる。
そして弔木が女ものの服を大量購入し、店員に訝しげな目で見られたのはまた別の話である。




