52 とむらぎは やせいのバニーガールに そうぐうした
八王子のアパートの一室で、弔木はノートにペンを走らせていた。
アナログなやり方だが、案外と考えがまとまるので弔木は気に入っていた。
目下の弔木の課題は、二つあった。
「〝闇の魔力〟を封じながら〝闇人形〟を動かすってことか……」
マッドでセクシーなバニーガールこと、ナスターシャ教授の存在が弔木を悩ませていた。
教授は、何が何でも〝魔王〟を捕縛するつもりでいる。
バニーガールに追いかけられるのは悪い気はしないが、教授は〝魔王〟を解剖して闇の魔力を分析しようとしている。
さすがの弔木でも全身を切り刻まれる趣味はない。
実に厄介だ。
教授は何らかの方法で弔木の〝闇の魔力〟を検知している。
そのため弔木はあの夜――新宿御苑での逃走劇があってから、〝闇人形〟の使用を控えていた。
下手に〝闇人形〟を発動すると、ナスターシャに検知される可能性があるのだ。
――漏出する魔力をゼロにしつつ、情報収集を行う。
これが弔木の第一の課題だった。
すぐには答えがでない。
〝闇人形〟をIT機器に例えるなら、いわばリモートカメラのようなものだ。
弔木から供給される魔力は、ネットワーク回線とカメラのバッテリーに相当する。
普通に考えれば、不可能な課題と言えるだろう。
「……まあ良い、後回しだ。おいおい考えていこう。それよりも、こいつをどうしたものか…………」
弔木は一つ目の課題を棚上げし、次の課題を考えることにした。
次の課題は――大量のリンゴだ。
近所の格安スーパーでたまたまくじ引きがあった。
弔木が何となくクジを引いたところ、偶然にも一等賞を引いたのだ。
そうしてアパートの室内は今、リンゴの甘い香りで満たされていた。
リンゴは大きめの段ボールに山程入っていて、数にして三十個はある。
「大泉社長に渡せて十個くらいか……困ったな」
弔木には友達がいなかった。
大学時代にいたと言えばいたが、一年ほど異世界に転送されていた都合上、すっかり疎遠になってしまった。
友達の連絡先が入っている携帯も、先の迷宮化現象の影響で壊れてしまった。
正社員になって生活が軌道に乗ってることだし、新たに交友を広げるのもいいかもな――。
と考えているその時だった。
――ドドドドドドッ!
頭上から騒がしい音が聞こえた。
突然の大きな音に、弔木は少しビビる。
「お、おおお!? 上の階に人なんていたのか?」
耳をすませば話し声も聞こえてくる。
女性二人の話し声だろうか。
下の階まで聞こえてくるのだから、中々のボリュームだ。
「何か知らんが楽しそうだな。そうだ……」
弔木の脳裏に、ふとアイデアが湧いてきた。
「リンゴを配ってみるか」
弔木も男だ。
例えば相手がむさ苦しい中年男性であれば、そんな気も起こらなかっただろう。
が、上の階から女子二人の楽しげな声が聞こえてきたとなれば話は別だ。
リンゴを配った後の「何か」に淡い期待を寄せ、弔木はリンゴをビニール袋に詰めた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ビニール袋を片手に、弔木は玄関を出た。
築数十年のアパートの階段は、かなりヒビが入っていた。
体重を少し預けるだけで揺れる感じがする。
このアパートの家賃は、少し前までは月四万円くらいで、かなり破格の値段設定だった。
しかしダンジョンバブルが始まると家賃は急上昇し、今やこんな物件でも百万円近くする。
「昔だったら、高級タワマンに住めるくらいなのになあ……」
そして弔木は上の階の二人の女性に思いを馳せる。
二人はもしかして、上京したてなのかもしれない。
ダンジョンバブルで物価が急上昇する中、地方民が普通のアパートに引っ越すことすら至難の業。
そこでやむを得ず、仲のいい二人で引っ越しをした――と言った具合だ。
(となると、案外このリンゴも喜んでもらえるかもな。一緒にダンジョンに潜る)
家賃も高ければ、食費も高い。
流石に食費はライフラインに関わるということで、政府が生活必需品の流通価格に介入をしている。
それでも庶民の生活は厳しかった。
思いがけず果物が手に入れば、多少は財布の足しになるだろう。
――ピンポーン
きっと喜んでもらえるはずだ、と希望的観測を抱きながら弔木はインターホンを押した。
「…………あれ?」
先程までは下の階に聞こえてくるほどに騒がしかったのだが、急に静かになった。
インターホンには誰も出ない。
「おかしいなあ……やっぱりそう言うことなのか……?」
弔木は少しだけ傷ついた。
きっと警戒されているのだ。
女性だけの部屋に見知らぬ男が何の前触れもなくやってきたら、確かにそうもなるだろう。
変にしつこく動いて警戒されるのも弔木の本意ではない。
(仕方ない。あと一回だけ押して駄目だったら諦めるか……)
弔木はそう決めて、もう一度押す。
――ピンポーン
ガチャッ、とインターホンが取られる音がした。
「下の階の弔木ですが、リンゴいりますか? スーパーのくじ引きで当たったんですけど――」
弔木が言い終えるよりも先に、ドアが開いた。
というよりは、内側からドアがブチ破られた。
「ぉおお!? え? な、何!?」
野生のバニーガールが、弔木の目の前に躍り出た。
「ぬぉりゃああああああ!!!!! 魔王! 捕まえたぞぉおおお!!!」
「ええええ!?」
上の階の住民にリンゴを配りに行ったら、バニーガールに襲撃される――。
さしもの弔木と言えど、あまりにも予想外な状況だった。
完全に反応が遅れてしまった。
バニーガールは胸元の謎空間から縄を繰り出した。
猛獣使いが繰り出すムチのように、縄は捉えにくい動きで弔木に迫る。
「くっ…………!?」
弔木の胴体に縄が絡みつき、一瞬で動きを封じられてしまった。
バニーガールの後ろから、もう一人の叫び声が聞こえた。
「教授、やめてください! 絶対人違いですって!!!」
「さやっちこそ静粛に願おう! ここで魔王を制圧しなければ、我らが危ういんだぞ! 見たまえ! これが私の新兵器! 〝闇の魔力〟を封じる素材で編まれた鞭、抗魔鞭だ!」
「いや武器紹介してる場合じゃないですよ!?」
やかましい会話を聞きながら、弔木は改めてバニーガールを見た。
日本語が流暢な白人。
金髪でスタイルがやたら良くて、言動に恐ろしくクセがあるバニーガール。
「お、お前は……」
これまでに何度となくニアミスしてきた、ナスターシャ教授だった。
「魔王! 今度こそ捕まえたぞ!」




