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50 暗殺謀殺ラボ☆ローション

 ――転職して、私もダンジョンで稼ごうかな。


 国立ダンジョン研究所の一角。

 ナスターシャ教授の助手、平宗(ひらむね)は大量の書類に忙殺されながら、身の振り方を考えていた。


 二年ほど前、大学院の卒業を目前に控えていた平宗(ひらむね)は、研究職の助手の採用情報を見つけた。


 研究分野は異界迷宮(ダンジョン)


 ちょうどこの世界にダンジョンが出現し始めた頃で、ダンジョン研究という分野の黎明期とも言えた。

 平宗(ひらむね)は「面白そう」という理由だけで申し込み、即日で採用になった。


 それがナスターシャ教授との出会いだった。

 当初はダンジョンという新たな研究フィールドに胸踊る毎日を過ごしていた。

 ナスターシャの突飛な性格も「研究者たる者、頭のネジが多少外れている位でちょうどいい」とさえ思っていたくらいだ。


 だが、最近は常軌を逸しすぎている。


 寝ても覚めても魔王、闇の魔力、魔王、闇の魔力……。

 ナスターシャの奇行は、もはや数え切れないほどだ。


 「野良ダンジョン」への違法な探索。

 魔導衣装(バニー姿)でダンジョンを疾走。

 新宿御苑をカーチェイス。

 全く無関係の一般人と突然の魔法バトル。

 特に最後は普通に実害が出ており、警察沙汰になりかけた。


 全ては〝魔王〟とやらを確保するため。


「もう……むちゃくちゃだ。……疲れた」


 平宗(ひらむね)沙耶香。二十四歳。

 172センチ、56キロ。

 彼氏なし。色気なし。

 恋愛願望、あり。


 が、頭のネジの外れたあの女(ナスターシャ)の元で働いているうちは永遠にありえない未来だろう。

 平宗(ひらむね)はため息を漏らし、現実逃避とばかりに呟いた。


「目が覚めるようなイケメンとかやってこないかな。いや、贅沢は言わないから――華奢なんだけどたまにワイルドな面を見せてくれる、細いメガネが似合う男とかいないかな――うふっ、ぐふふ……」


 時刻は深夜二時を回っていた。

 いつもはクールに振る舞う助手だが、疲れがピークに達しているようだ。


 トントントン


 その時、ラボのドアを誰かがノックした。

「え、イケメンが来たの……? って、そんなはずないか。教授、空いてま――」


 ドアが開く。


「…………誰?」


 イケメンではない、何かが立っていた。

 体は人間、頭はネズミ。

 体型に合わない、オーバーサイズのダッフルコートを着込んでいる。


「悪く思うなよ。《《とあるお方》》からの命令だ」


 男がダッフルコートの中からギラリと光る得物を出した。

 右手には半月型の短剣。

 左手に握られているのは、西洋式の短直剣(ダガー)


「〝踊れ亡者、細き刃のその上で。生と死の境界(はざま)で〟」


 詠唱とともに、男が虚空に剣を舞わせる。


 ズジャッ――!!


 空間を切り裂く音と衝撃波。

 魔術の気配を察した平宗(ひらむね)は、反射的に椅子から飛び跳ねていた。


 斬撃が平宗(ひらむね)の体をすり抜けていく。

 かろうじて直撃は防げた。


 しかし平宗(ひらむね)の服が切り裂かれ、下着やスレンダーな四肢が露出する。

 さらに最悪なことに、ブラのパッド部分がえぐり取られていた。


 もし平宗(ひらむね)の胸があとワンサイズ大きければ、致命傷になっていただろう。

 が、今は自らのコンプレックスがかえって命拾いになった形だ。


「今のを避けるとは。ただの助手ではなさそうだな。いや、俺が目測を誤ったか……?」


 デリカシーの無いセリフに、コンプレックスが刺激される。

 気持ち悪いネズミ男にブラを壊されたのも相まって、平宗(ひらむね)の殺意が倍増する。


「……最近のネズミはずいぶんと口が立つ。殺処分しなければ」

「言うねえ。だが最近のネズミはずいぶんと手強(てごわ)いぜ」


 しかし悔しいことに。平宗(ひらむね)が主に使うのは支援魔法。

 ナスターシャのように大量の魔道具を器用に扱うこともできない。

 そして平宗(ひらむね)は自分のステータスを冷静に理解している。


 平宗(ひらむね)は戦闘態勢を取りながらも考えを巡らせる。

 この時点で推測可能なことが、いくつかあった。


 一つ、男は確実に自分を殺しに来ている。

 一つ、男はこのラボを派手に破壊しても構わないと思っている。

 以上から導かれる仮説――男の行動は()()()()()()の意味もあるのだろう。


 平宗(ひらむね)には心当たりがあった。


 数カ月前、ナスターシャと平宗(ひらむね)は〝野良ダンジョン〟に潜った。

 それも〝魔王〟を追いかけてのことだったが、偶然にも二人は異界の書庫型のダンジョンを見つけたのだ。

 ナスターシャはそこで大量の書物を手にし、いくつかの論考にまとめた。


 『迷宮(ダンジョン)化現象は魔王の配下による侵略行為だ』

 『既に魔王がこの世界に進出している』


 要約すれば『魔王脅威論』とでもいったところか。

 もちろんこれは仮説の域を出ない。

 学会への正式発表もまだだ。


 だが。


 世界は今「大ダンジョン時代」を迎えている。

 ダンジョンがもたらす富に、あらゆる権力者の熱い視線が注がれている。

 故に、ダンジョンに関するネガティブな情報は「裏の勢力にもみ消される」などとまことしやかに噂されているのだ。


 教授の論文はダンジョン研究所のファイルサーバーに保存している。

 情報が漏れるとしたら、そこからだ。

 となるとネズミ男の言う「とあるお方」は相当な権力を持っており、国家権力ともつながりがあることになる。

 かなり厄介な状況だ。


「……そろそろ教授がダンジョンから戻って来る。私を殺しても教授は倒せない。このことは、必ず明るみに出る」

「心配は無用だ。キサラギ・ナスターシャは消えている。この研究所から除名され、あらゆる活動履歴は抹消されている。

 そして次に、()()()()()()がナスターシャ教授のところに向かっている。やがて物理的にも姿を消すだろう。そしてお前もだ」


「なるほど、よく分かったわ」

「何がだ」

「私が心配することは何もない。教授を制圧するには、最低三人は必要だから」


 あとは平宗(ひらむね)がこの場から逃げるだけだ。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ――半年前。


「ひひひひひひひひっ!!!!! さやっち! 今から楽しみでならないよ。君がえちえちでヌルヌルなローションまみれになる時が来るのがね!」

「普通に気持ち悪いですね。死んでください」

「ああっ! 何をするんだ! 私の傑作を!」


 平宗(ひらむね)は、ラボの天井に設置された「スプリンクラーによく似た装置」を破壊しようとした。

 スプリンクラーと違うのは、その装置から出てくるのが粘性のある液体だということだ。


「何が悲しくてラボでローションまみれにならなきゃいけないんですか……殺しますよ」

「落ち着いて聞くんだ、さやっち。こう見えてもこれは、さやっちを守るための魔薬なんだ」

「私を守るため? ますます意味不明ですね。この研究所のセキュリティは厳重でしょう。しかも魔薬って何ですか。絶対に媚薬か何かですよね?」


「我らの研究分野はダンジョンの外にも魑魅魍魎(モンスター)がうようよといる。このラボにも危険な奴がやってこないとも限らない。そうなった時のための保険を打っておこうと思ってね」

「はあ……」

「私は最強なので問題はないとして、さやっちは支援魔法に特化したタイプだ。備えはあった方がいい。このスプリンクラー型の魔道具はね――」


 とナスターシャはうきうき顔で装置の説明を始めるのだった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 魔道具を起動させるトリガーは、平宗(ひらむね)の、全力の魔力放出だ。

 それだけで、天井に設置している魔道具がラボ全体にローションをぶちまける。

 可能なら使いたくないタイプの非常用装置だ。


「ぬぁぁああッ!!」


 ネズミ男がローションの直撃を受けた。

 すると、ローションはまたたく間に硬化した。

 ネズミ男の動きは一瞬のうちに封じられた。


「くっ、こんな手を隠していたとはな……だがお前もこれでは動くことはでき……な、何だとッ!?」


 ネズミ男か驚愕する。

 平宗(ひらむね)が全身に浴びたローションは依然としてぬめり気を保ったままだった。


 ナスターシャが調合した〝魔薬〟は特殊な魔法素材だった。

 ローションは平宗(ひらむね)とナスターシャが触れる限りはただの粘液だ。

 しかし、それ以外の使い手が触れた途端、ローションは魔力に反応して硬化するのだ。


「この手だけは使いたくなかったけど、仕方がない――」


 平宗(ひらむね)はヌルヌルに滑る床を走り抜け、ラボを抜け出した。

 が、直後すぐに行く手を阻まれる。


 炎だ。

 ネズミ男は次の展開を見越して、研究所のあちこちに火種を仕込んでいたのだろう。

 火災を報せるベルが鳴り響き、下階へとつながるエレベーターは死んでいた。


「くっ、滑る……!!」

 平宗(ひらむね)は全身ヌルヌルの状態を我慢し、どうにか階段を駆け下りた。

 しかも胸元はネズミ男の攻撃で完全にオープンになっている。

 恥ずかしいことこの上ない。


 幸いにも、他のラボの関係者に遭遇せずに済んだ。

 あるいは――最初から他の関係者は退避していたのかもしれない。


 ――ピシッ!!!


 出口まであと少しというところで、頭上から斬撃が降り注いできた。

 ネズミ男が硬化したローションを壊し、動けるようになったのだろう。

 平宗(ひらむね)の頭上から瓦礫が落下してくる。


「きゃぁああ!」


 同時に四方八方から、炎が迫りくる。

 上階の底が抜けたことで酸素が供給され、炎の勢いが強まったのだ。

 終わった――と思われたその時だった。


 ブォン!!! とけたたましいエンジン音がした。

 巨大な鉄の塊が平宗(ひらむね)の前に現れた。

 大型バイクのシルエットだった。バイクに乗っているのは、バニー衣装の女だった。

 《《もう一体の》》ネズミ男と戦闘したためか、バニー衣装に裂け目が入っていた。


「いやっほう! ローションまみれのさやっち、ゲットだぜ!」

「教授もいつもよりも露出が多くなっていますね? ところで――ラボは完全に破壊されました」

「問題ない。もうこの場所に用はないからね。さあ乗るんだ、助手よ。地獄まで付き合ってもらおう!」

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