49 財閥令嬢レベル999
――改めて自己紹介をお願いします。
井桐:低レベルな質問は時間の無駄だ。他のインタビューでも散々やっているんだが?
――そこを何とか。この媒体は、ダンジョンビジネスに詳しくない読者が大半ですので。
井桐:仕方がないな。
俺の名は井桐充。
帝都大学、経済学部経済学科の四年。
大学では金融やマーケティング関係を専攻した。
サークルではベンチャービジネスの団体を立ち上げて、会社もこれまでに何社か立ち上げていた。
「ダンジョン&リサーチ」は、そのうちの一つだ。
――「ダンジョン&リサーチ」設立の経緯を教えてください。
井桐:ちょうど俺が三年の時に〝ダンジョン化現象〟が発生した。
俺も最初はサークルの仲間内でダンジョン探索をするだけだったが、偶然にも何度かレアアイテムを回収して、まとまった金が手に入った。
そこで初めて「ダンジョン起業してみようか」という話になった訳だ。
――探索アイテムのサブスクに、探索者が回収したアイテムの買い取り。シンプルなようで、中々思いつかない組み合わせでは。今や業界のトップシェアを誇るダンジョン&リサーチの事業成功の秘訣は?
井桐:弊社は探索の初心者をメインターゲットにしている。彼らが一番欲しいのは、安全かつ手軽にダンジョン探索をする方法だ。
そこに弊社は目をつけた。費用面から《《中級者以降》》でないと手に入れにくい武器やアイテムを貸せば、初心者は高火力の武器でダンジョン攻略ができるだろう、と考えた。そうしたらこちらが想像した以上の反響があった。
つまりはシンプルな話だ。ユーザーのニーズを捉え、実現する。それだけだ。
――学生社長の井桐さんですが、卒業後の予定は?
井桐:とある大企業の内定を得ていたが、断るつもりだ。今の会社でどこまで行けるか試してみたい。
――それは楽しみですね。井桐さん、今後の活躍を期待しています。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
俺は、エリートだ。
俺は、エリートであり続けるために誰よりも努力した。
他の奴が休んでいる時、俺は最新の経済理論を学んだ。
他の奴がジャンクフードを貪っている時、俺はジムで鍛えていた。
他の奴が遊んでいる時、俺はビジネスモデルを考えていた。
社会勉強と市場調査のため、一般市民が出入りするホームセンターでバイトをしたこともあった。
下流の人間を観察するのには、もってこいのバイト先だった。
あの弔木という男は、まさに社会の底辺のような男だった。
だが何故だ? 奴のことを思い出そうとすると、寒気が止まらない。
……いや、忘れろ。
俺は選ばれし者だ。
扱える魔法属性も、超レアなものだ。
探索者人口の0.001%の人間にしか発現しない魔力――〝雷の魔力〟を使うことができる。
〝雷の使い手〟である俺は、大学と会社経営の合間にダンジョンに潜った。
ダンジョンはまさに金脈だった。
会社の売れ行きは上々だ。日を追う事に取引件数が倍増している。
ダンジョン経済は、それほどまでに勢いがあるのだ。
いつかはあの超巨大財閥、青島グループをも追い抜くことができるかも知れない。
いや、必ず追い越してみせる。
何故なら俺は、俺こそが、エリートだからだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――東京都中央区。
青島土地開発株式会社、本社ビル二階。
来客の応接スペースも兼ねたラウンジに、井桐はいた。
テーブルを挟んで相対するのは、スーツ姿の男。青島土地開発の人事部門担当のリクルーターだ。
名前は柏原。
入社二年目だというが、濃紺のセミオーダースーツを着こなす様はいかにもエリート然としている。
その柏原は、何度も言葉を変えては井桐を説得していた。
「我々としては、君にはぜひとも来てもらいたい。我が社の《《内定を辞退できる》》ほどの人物なんて、そうそういるものじゃないからね。実はここだけの話、君のダンジョン事業についてはうちの頭取も絶賛しているんだ」
「そう言っていただけるとは……光栄です」
井桐はにこやかな笑みで内心を隠す。
世界のアオシマの社員が、俺に頭を下げている。
――最高の気分だ。
井桐の心は、この上なく喜悦の感情で満たされていた。
目の前にいるリクルーターは、間違いなくエリートだ。
俺はそのエリートに頭を下げさせている……。
エリートを超える、エリート。
それが、この俺なのだと。
「おっと、失礼」
井桐の手元で携帯が鳴った。
創業メンバーからのラインだった。
井桐は通知を一瞥する。
「ふむ。これは急な話だな」
どうやら、急ぎで井桐の判断が必要な案件が出たらしい。
井桐は柏原に向き直り、話を切り上げた。
「せっかくお時間頂いてすみませんが、やはり内定は辞退させていただきます」
井桐が立ち上がろうとすると、柏原はさらに食い下がった。
「ま、待ってくれ。例えば『ダンジョン&リサーチ』を、うちが買い取るというのはどうかな? アオシマのいち部門に編入されることにはなるが、予算規模はこれまでとは比べ物にならない。十倍、いや百倍の金を動かせるぞ。どうだい?」
「今や会社は、私の一存で動かすことはできません。実に魅力的なオファーだとは想いますが、お断りします」
「ま、待ってくれ。もう少しだけ話を……!」
井桐は肩で風を切り、さっそうと出口へと向かった。
入館証のパスケースを受付に返却したところで、声をかけられた。
「ダンジョン&リサーチの社長というのはあなたかしら」
高圧的で、甲高い声。
どこか幼い響きすら感じる発音に井桐は違和感を感じた。
振り返ると、違和感がさらに増した。
声の主は女子高生くらいの年齢の、少女だった。
しっかり手入れされた栗色の髪は色艶がよく、服もハイブランドなものを着ている。
どこかの資産家の娘だろうか? だが問題はそこではない。
今は平日の昼間だ。
大企業のエントランスに女子高生がいる。
しかもその女子高生は、井桐のことを知っている。
ビジネス界隈では有名人の自覚はあるが、女子高生にまで名前が知られているとは思っていない。
その違和感に決着をつけるべく、井桐は問うた。
「誰だお前?」
少女は井桐の問いかけに、呆気にとられたような表情を見せた。
そして次の瞬間には苛立たしげに言い返してきた。
「この私に向かって『誰だ』ですって? 私のビジネスの邪魔をしておいて、何様のつもりだ」
「お前のビジネス? 意味が分からないな」
「駄目ね。こんなゴミに内定を出した者は全員クビね。ダンジョンにまつわる全てのビジネスは私のものなんだから」
少女は早口で偉そうな言葉をまくし立ててくる。
井桐は即座に判断を下した。
ただのガキの戯言だ。
相手にする価値はないと。
「俺は忙しいんだ。そこをどけ」
井桐が少女を押しのけようとした時だった。
「井桐さん!」
背後から先程まで話していた柏原の声がした。
「何ですか。内定の話はもういいでしょう……って、何をしているんですか……!!」
柏原が、少女と井桐の間に割って入った。
そしてそのままの勢いで、少女に向かって土下座をした。
柏原の顔は青ざめ、全身は汗でびっしょりと濡れていた。
まるで許しを乞うかのように、床に強く額をこすりつけていた。
異様な光景に井桐が唖然としていると――
「お嬢様! 大変失礼いたしました!!!」
「お……お嬢様?」
「井桐さん、こちらは株式会社青島土地開発、代表取締役の御息女です。青島ノエル様です……!」
――ピキッ!!
柏原がそう叫ぶと、周辺の空気に亀裂が入った。
周囲の視線は井桐達に釘付けになり、居合わせた大人たちが瞬時にして顔を強張らせる。
まるで桁違いに強力な魔物にでも遭遇したかのようだ。
「あお、しま……? これが……?」
井桐は少女を見た。
少女はニタリと口を歪め、露悪的な笑みで周囲を威圧する。
井桐はまだ、分からない。理解できない。
未だ目の前の少女を侮っている。
そうは言っても、ただの子どもだ。このガキに何ができるんだ? と。
井桐はまだ知らなかった。
目の前にいるのは、ただの令嬢ではない。
令嬢というよりはむしろ、怪物と言ったほうが本質を言い当てているだろう。
「柏原」
令嬢が土下座するリクルーターに声をかける。
柏原はムチに打たれたかのように、全身を震わせた。
「ひっ……! 何でしょうか?」
「私の肩書は、それだけかしら?」
「た、大変失礼しました! ノエル様は、青島土地開発の関連企業『青島アンダーグラウンド』の社長にして最高経営責任者でございますっ!」
「じゃあ……この私の命令に背いた人間は、どういう罰が与えられるべきだと思う? 柏原。私は《《奴の会社を買ってこい》》と言ったはずだけど」
柏原はさらに縮こまり、言葉を失った。
「…………申し訳ございません」
「まあいい。どうせ最初からお前に期待なんてしていない。やはり、この私が奪うしかないようね。ダンジョン&リサーチを」
自分の会社名が出され、井桐は反発心を覚える。
こんな女子高生に、自分の会社を渡すはずがないだろう、と。
「は? 何を言ってるんだ。お前なんかに――――」
「〝従え〟」
ノエルの瞳が妖しい銀色の光を発した。
その瞬間、井桐は自らの意思が奪われるのを感じた。
「な……何だこれは……? はっ、し、しまっ――――」
ノエルが発した言葉が魔法詠唱であると気づいた時には、手遅れだった。
「〝お前は今日から、私の犬だ〟」
少女は、ただの女子高生ではなかった。
この国の経済を牛耳る一角、青島財閥の令嬢にして、青島アンダーグラウンドの社長。
そして青島ノエルは――ただの社長でさえもなかった。
ノエルは財閥の資金力を大いに活用し、ダンジョン黎明期からレベルを上げ続けてきた。
今やそのレベルは999に達したのでは……とさえ噂されている。
魔法の属性は〝隷属〟。
〝隷属〟は、一般には魔物を使役する魔法を発動する。
しかしノエルのそれは、規格外だった。
自分よりも低レベルの人間には「言葉」だけで、意のままに操ることができるのだ。
「あっ……! あぐ、あぎぎぎ…………」
井桐が残り僅かな意思の力で、令嬢の魔力に抗おうとする。
しかし時間の問題だった。
「ほうら……どうしたの? 犬なら犬らしく私に従いなさい。私に服従しろ。お前は奴隷だ。ほら――」
ノエルが、さらに〝隷属〟の力を高める。
圧倒的な魔力量の差だった。
井桐の抵抗する意志もプライドも、濁流のような魔力の前には無力だった。
《《得体のしれない力》》に屈服し、井桐は床に這いつくばった。
ノエルがその場で靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ捨てた。
顔を踏みつけるように、ノエルは井桐の前に足を差し出した。
「無様ね。さっきまでの威勢はどうしたのかしら? ほら、奴隷の証を見せなさい? ほら、早く。〝ワンと吠えて足を舐めろ〟」
「うぁああ! うぐぉぁあああ……!! …………ワン!! ワンワンワン!!! ワオーン!!!!」
それから数日後、井桐が立ち上げた「株式会社ダンジョン&リサーチ」は「青島アンダーグラウンド」に合併されることになった。




