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48 迷宮美食〈ダンジョングルメ〉の依頼主は

 ――ブブッ、ブブッ――ブブブ……


 12月のとある明け方。

 弔木(とむらぎ)は携帯の震える音に起こされた。


「う…………ううん?」


 布団から這い出る。

 冷たい空気が弔木(とむらぎ)の肌に刺さった。

 平成初期に建てられたアパートはガタが来て、関東平野の冷え込みがあちこちから入り込んでくる。


 まだ、寝ていたい。

 暖かい布団の中で。


 暗闇の中、弔木(とむらぎ)は手探りで携帯を止めようとする。

(でもおかしいな……目覚ましの設定なんてしてなかったが……??)

 まだ覚醒し切らない頭で、そんなことを考える。


 今日は日曜日で、会社も休みだ。

 圧倒的な〝闇の魔力〟でダンジョンを蹂躙し、ある者からは〝魔王〟とさえ呼ばれる弔木(とむらぎ)だが。

 休みの日は普通に寝ていたい。


「ん、んあーっ……」


 振動を止めるべく、スマホを鷲掴みする。

 寝ぼけ眼をこすり、画面を見た。


「目覚まし……じゃない?」 

 画面には弔木(とむらぎ)の雇い主の名前が表示されていた。


【ダンジョンスカイ 大泉社長】


 訝しみながら、弔木(とむらぎ)は電話に出た。

「社長? こんな時間にどうしたんですか?」

「まだ寝てるところすまない。緊急クエストだ」

 大泉のしゃがれた声が聞こえた。

 声色の中に、焦りと申し訳なさが混じった感情が混ざっていた。


「緊急……クエスト? 珍しいな。うちの会社(ダンジョンスカイ)名指しで依頼が?」

「まあ、ここ数ヶ月の営業の成果が出たって訳だ。『弊社の探索者は、初見のダンジョンでも速やかに攻略します』ってな。もちろん、割増賃金分は支払う。弔木(とむらぎ)さん、一緒に来てくれるか?」


 今でこそ〝闇の魔力〟を自在に使い、ダンジョン探索で稼げてはいる。

 が、「魔力ゼロの探索者」として苦労した時期もあった。

 さらには〝闇の魔力〟の悪影響から、普通の仕事にさえありつけない時期もあった。

 だからこそ、弔木(とむらぎ)は快諾する。


「もちろんだ」

「助かるよ。じゃあ集合場所だが――」

 と大泉が言いかけたところで、


「そんなのだめ!」


 と、スマホから若い女の叫び声が聞こえた。

 そしてガサガサッ! と何かが擦れる音がした。


「パパ! 何でクローゼットの中で電話してるのよ!」

「ゆ、結花(ゆか)……! 聞いていたのか!?」

「聞いてたのか!? じゃないでしょ!  弔木(とむらぎ)さんがダンジョンに行く時は私にも教えてって言ってたのに!」


 声の主は、大泉が溺愛する娘だった。

 色々と訳ありらしく、血は繋がってないらしい。

 女子高生で、探索者。

 氷属性の使い手で、自称「弔木(とむらぎ)さんの弟子」だ。


「私も弔木(とむらぎ)さんと行くから! 勝手に話進めないでよ!」

「だ、だめだ! 今回は素材採集のクエストだ。しかも時間制限もある。かなり危険だ」

「パパは過保護すぎ! 弔木(とむらぎ)さんがいれば大丈夫でしょ! パパは営業だけしていればいいの!」


「わ、分かった! だがくれぐれも安全には気をつけるんだぞ」


 結花の勢いに押され、大泉はあっさりと折れた。

 社長も苦労してるんだな……と弔木(とむらぎ)は内心で思う。

 もっとも――圧倒的な〝闇の魔力〟でダンジョンを蹂躙する弔木(とむらぎ)がいれば安心、という判断もあったのだろうが。


「……という訳だ、弔木(とむらぎ)さん。聞こえていたと思うがよろしく頼むよ」

「頼まれるのは良いが、結局俺は何をすればいいんだ?」

「おっと、そうだったな。クエスト内容はキノコ採り――〝白霧茸(しろきりたけ)〟の採集だ」


「え、それってまさか……キノコか?」


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 二時間後、弔木(とむらぎ)と結花は新宿御苑巨大迷宮(ダンジョン)の遥か深層にいた。


 通常であれば考えられないほどの進み具合だが、それには理由があった。


 クエストの依頼者が、深層へと続く〝転移門(ショートカット)の位置を伝えてきたのだ。

 弔木(とむらぎ)と結花は、指定された場所へと向かった。

 そして岩壁の奥に隠された〝転移門〟を抜けると、一瞬でダンジョンの深層に立っていた。


「す、すごい……こんなに広い階層(フロア)、初めて見ました」


 頭上は星空がきらめき、広大な森林地帯がどこまでも広がっていた。

 そして魔物の気配は濃く、強い。

 弔木(とむらぎ)の直感では、地下二百階層は超えているだろう。


 おそらくは、国直轄の組織である「ダンジョン管理機構」すらも把握していないエリアだ。

(こんなルートを知っているなんて……依頼主はよほどの権力者か資産家なのか?)

 弔木(とむらぎ)はそんなことを考えながら森の方へと進んで行った。


「何でキノコ採りが『緊急クエスト』になるんですかね? ずいぶん美味しいらしいけど、ちょっと意味が分かりません」

 と結花。

 巨大なフィールドに気圧されてか、弔木(とむらぎ)に身を寄せながら歩いている。


「〝白霧茸(しろきりたけ)〟は出現してから数時間で消滅する。その数時間の間に採取されなければ、そのとおり、霧のように消えてしまう。だから生えているのを見つけたら、速攻で取って密封しなければならない」

「そ、そうなんですか……。ていうか、本当に美味しいんですかね?」


 弔木(とむらぎ)は勇者時代の記憶を思い出す。

 パーティの仲間に、やたら美食家(グルメ)な大斧使いがいた。

 大斧使いのヴェルは、しょっちゅう〝白霧茸(しろきりたけ)〟を取っては生で食っていた。

 たまに間違えて毒キノコを食っては、寝込んでいた。


美味(うま)いといえば、美味い。だがそこまで苦労して食べるものでもないな」

「苦労、ですか?」

「すぐに分かる……さて、あの丘の上が〝白霧茸(しろきりたけ)〟の群生地らしい。急ごうか」



 ――ダンジョングルメ。



 ここ数カ月の間で、一部の富裕層や特権階級の間では迷宮美食(ダンジョングルメ)が注目されつつあった。

 例えば〝白霧茸(しろきりたけ)〟と名付けられたキノコ。


 その味わいは普通のキノコには代えがたく。

 香り、食感、旨味。

 どれを取っても松茸やトリュフのような高級食材を超えるものだった。

 一度食べたら最後、他の食事では物足りなくなるとさえ言われていた。


 故に〝白霧茸(しろきりたけ)〟は、高級レストランや一部の上流階級の中で需要が高まっていた。

 が、この食材には大いなる難点があった。


 弔木(とむらぎ)がかつて勇者として冒険した異世界――レイルグラントでは、このキノコはこうも呼ばれていた。

 〝竜呼びの菌糸〟と。

 つまり――このキノコが発する匂いは、飛竜をおびき寄せるのだ。

 〝白霧茸(しろきりたけ)〟が群生している丘に二人が踏みこんだ途端、上空から獣の咆哮が轟いた。


『ギョォオオオオオオオオオオオ!!!!!!』


 突然のモンスターの襲来に、結花が恐怖で固まった。

「下がっていろ。結花のレベルでは一撃食らうだけでも即死するぞ」

「は、はい……!!」

 

 銀色の鱗で全身を固めるモンスターの名は、白銀竜。

 討伐者に求められる平均的なレベルはおよそ130。

 ただの美食のために戦うには、いささか重労働な相手だ。

 レイルグラントの地では、キノコ狩りというよりは手練の戦士が腕試しに戦う魔物だった。


「……ったく、この依頼主は何を考えてるんだ? こんなクエスト、その辺の民間魔法会社(PMC)が受けてたら確実に死人が出てるぞ」


 ある種の人間にとっては、赤の他人の命よりも優先される美食があるということだろう。

 弔木(とむらぎ)はため息を漏らす。

 今回のクエストは格差社会の縮図であり、「ダンジョン経済」のダークサイドとも言えた。


「まあ、どうでもいいけどな――」


 弔木(とむらぎ)はそう吐き捨てると、両の拳に装備した烈火の拳紐(ブレイズ・ナックル)に力を込めた。

 〝闇の魔力〟が全身から湧き上がり、烈火の拳紐(ブレイズ・ナックル)からは紅蓮の炎が吹き上がる。

 名目上は荷物持ち(ポーター)である弔木(とむらぎ)の、自衛用の魔導具だ。


「二秒で終わりだ」


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 少女は、遥か眼下に広がる都内の風景を退屈そうに眺めていた。


 世に言う高級タワマンの最上階。

 が、室内は白一色で統一され、キャラもののぬいぐるみが大量に置かれていた。

 マンションの一室全てが、一人の少女に与えられた「子ども部屋」なのだ。


 主の名は、青島ノエル。

 巨大企業群――青島グループを束ねる「青島土地開発」の社長令嬢だ。


 「世界のアオシマ」の前には、誰もがひれ伏す。

 故にノエルの前にも、誰もがひれ伏す。

 令嬢が望むものは全て()()()()()()()()()()

 そう――例え「ダンジョンの深層で採れるキノコを今すぐ食べたい」という無理難題であっても。


「お嬢様、お待たせいたしました」


 と、ノエルの前に大ぶりの皿が差し出された。

 皿に盛り付けられているのは、〝白霧茸(しろきりたけ)〟のソテー。

 数時間ほど前に弔木(とむらぎ)が採取し、お抱えの料理人が調理したものだ。


 金額に換算すれば、数百万は下らないはずだ。

 しかしノエルは無造作にキノコをフォークで刺し、一口に頬張った。


「ふん……こんなもの? 思った以上に退屈な味ね。前に食べたミノタウルスの睾丸の方がマシなくらい」


 ノエルはフォークを置いて、側に控えていた女に問いかけた。

「で、何人死んだ?」


 女はシフト制で令嬢の世話を24時間行う、護衛であり、メイドであり――奴隷だった。

 白と黒のメイド服を着た女は、恐る恐る答えた。


「……こ、今回は誰も死んでおりません」

「なにそれ。全然おもしろくない! 今日のランチは最悪ね。お前、今日は人がたくさん死ぬって言ったよね?」

「も、申し訳ございません。かなり低レベルな業者を選んだはずだったのですが……」

「言い訳はいらない。〝(ひざまず)け〟!」

「うぅぐぐっ……!」


 ノエルが魔なる(ことば)を告げると、メイドは上から押しつぶされたかのように、床に突っ伏した。

 ノエルは床に這いつくばるメイドの頭を踏みつけた。

 身長155センチ、50キロの体重で――何度も執拗に、念入りに。


「はあっ……はあ……」

 そのままの体勢で、ノエルは命令した。


「もっと人が死ぬクエストを考えろ。もっと、もっと。

 大の大人が金欲しさにダンジョンに潜って、あっけなく死ぬ。魔物に食い殺されて惨たらしく死ぬ。いっぱい死ぬ。もっともっと死ぬ。

 私が欲しいのは、たくさんの人間の命が散った味なの。――そういう食事じゃなければ、美味しくなんかない。分かった?」

「……おおせの、ままに…………」


「ところでキノコを採ってきたのは、どこの業者?」

「だ、ダンジョンスカイ、という探索会社です」

「ふん、品性に欠けた会社名ね。まあ一応覚えておくわ」

 ノエルは退屈そうに言うと、残りのソテーを一口に飲み込んだ。



「思い通りにならない奴は嫌い。いつか消してあげる」

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