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迷宮難易度(ダンジョンランク)ってさあ。どうやって算定されるか分かるかな。うふふ」

「ダンジョン周辺の魔力量と、第一階層の魔物の種類から推測されんですよね」


「そうなんだよ。でも最近はダンジョン管理機構の専門部隊が第三階層まで調査して、より精度を高めるようにしてるんだ。僕の友達も実は機構にいてね、ちょっとした有名人なんだよ。この間なんて――――」


「は、はあ」


 とあるダンジョンの中層。

 結香は一人の男にロックオンされていた。

 名前は知らない。

 だが正体は知っている。

 若い女に色々と教えたがる「教え魔」という奴だ。

(氷漬けにしてやろうかな……)


 結香の眉間にしわが寄っているのに、中年の男は気づいていないのか。

 あるいは気づいてなお引き下がらないのか。

 男はなお結香と会話を続けようとする。

「じゃあ、実力10倍の法則は知っているかな?」


「探索者が入れる一般的なダンジョンの目安ですよね。ダンジョン管理機構とは別の」

「そうそう。君、若いのにちゃんと勉強してて偉いねえ。そのとおり! ある階層を安全に探索するには、その階層の平均的なモンスター10匹を同時に倒す実力が必要なんだ。でも少し惜しいね。君みたいな女の子の場合、15倍は欲しいところだね」

「そうですか」


 結香は個人事業主(ソロ)の探索者ではない。

 家族経営ではあるが、法人に所属する探索者だ。

 こんな中年男の知識なぞ100年前から知っているレベルだ。


 さらに言えば「実力10倍の法則」なんてものはダンジョンの立ち回りが下手な人間にだけ当てはまる法則だ。

 元勇者の弔木(とむらぎ)に言わせれば「3倍もあれば十分」だ。

 結香はそのことを知っているだけに、余計に教え魔のレベルの低さにうんざりする。


「君、レベルいくつ? このダンジョン、ランクEだからレベル30はないと入れないよね? もしかして君、お小遣い欲しくて入口でレベル誤魔化してないかな? 危ないねえ。おじさんと一緒にいかない?」

「…………」


 この見知らぬおじさんが死ぬほどウザい。

 余計なお世話すぎる。


 弔木(とむらぎ)に鍛えてもらったおかげで、結香のレベルは50、個人の探索者等級(ランク)としてはDランクにまで上昇している。


 さらに結香は法人に所属する探索者だ。

 所有するアイテムや武器防具が強ければ、それも等級(ランク)に反映される。

 これまでの探索の結果、装備はかなり充実してきた。

 故に今の結香は、Cランクのダンジョンまで入る資格があるのだ。


「これも豆知識なんだけど、ダンジョン管理機構は最低限の入場制限しかしていないんだ。だから経験の浅い初心者が自分のレベルに見合わない深い階層に迷いこむこともある。だから僕と……」


「あの、それも知ってます。別に一人で行けますし。しかも、もう何度もラスボス手前まで周回してるので」


「いいや止めた方がいい。僕と一緒にいこう! あとダンジョンから出たら、僕が知ってる武器屋を紹介してあげるよ。ねえ、どうかな?」


 ぬふぬふっ、と教え魔おじさんの鼻息がかかる。

 さらには……ぬるっとした手のひらの感触。

 おじさんが結香の腕を掴んだのだ。


「や、やめてください!」

「そんなこと言わないで! 僕が教えてあげるからさあ!」


 ――ズバッ!!!!


 次の瞬間だった。

 結香の目の前に、紅蓮の火花が飛び散った。

 火花は教え魔おじさんの顔面に直撃し、地面を転がり回る。


「あ、あつっ! 何なんだよ!!」

 結香が仕掛けて来たと勘違いしたのか、教え魔おじさんは激高し叫び声を上げた。


 そこに、暗い影のような男が現れた。

 弔木(とむらぎ)だ。

 弔木(とむらぎ)は教え魔おじさんと結香の間に立ち、冷静に応えた。


「何なんだ、と言われたらこう答えよう。『これは社長命令だ』と」

「何が社長だ! 誰なんだよお前!」

「その探索者の荷物持ち(ポーター)だ」


「はあ? 荷物持ち? だったら関係ないだろ! ねえ君、早く行こう?」

 おじさんは往生際悪く、結香を強引に連れて行こうとする。

 が、相手が悪かった。


「そうも行かない。悪いが、社長命令を執行させてもらう。『娘につく悪い虫は、ボコボコにしてくれ!!!!』と言われている」


 弔木(とむらぎ)の拳が赤く燃える。

 烈火の拳紐(ブレイズ・ナックル)が火を噴き。

 そして10000分の1ほどの出力で〝闇の魔力〟を籠める。


「ぬぐぉっ!」


 弔木(とむらぎ)の拳が顔面にめり込み、教え魔おじさんはその場で気を失った。




「やれやれ……ちょっと安全な場所を探そうか。このおじさんを置いては行けないだろう」

 弔木(とむらぎ)は気絶した男を抱え上げ、結香に言った。


「やっぱり私を助けてくれたんですね、ありがとうございます。勇者様」

「その呼び方……止めて欲しいのだが。と言うか。君、助けられる気満々だったろ」


「だって仕方がないじゃないですか。弔木(とむらぎ)さんが戦うところ見たかったんです。あと『君』じゃなくて結香って呼んでください」


「お、おう……」


 結香は最近、コンタクトレンズを変えた。

 弔木(とむらぎ)と会う時は、なぜか瞳がハート型になるコンタクトをつけている。


「ねえ。弔木(とむらぎ)さん。早く呼んでくださいよ。結香って」

「結香」

「何ですか? 弔木(とむらぎ)さん♡」

「いや呼べって言うから……」


 一応、結香は真面目にダンジョン攻略をしている。

 レベルアップにも、金を稼ぐことにも貪欲だ。


 秘密厳守を条件に、社長と結香には勇者時代のことも話している。結香は至って真剣に話を聞く。まさに模範的な生徒のようだ。


 が、最近はそれ以外の感情が入っているような気がしてならない。

(それはそれで、やりづらいな……)


 弔木(とむらぎ)はふと、会社での大泉との会話を思い出した。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 「ラブホ鉢合わせ事件」から二週間ほど過ぎたある日。

 弔木(とむらぎ)は会社の事務所に呼び出された。

 事務所に入るなり、大泉は弔木(とむらぎ)の前に「ジャンピング土下座」をしてきた。


弔木(とむらぎ)さん! ダンジョンにはナンパ野郎とか〝教え魔おぢ〟が無限に湧くらしいな! 頼む! そいつらをぶっ殺してくれ!」

「いや待ってくださいよ! 過程をすっ飛ばしすぎでは!?」


 床に転がった大泉のスマホには、Webの記事が表示されていた。ダンジョンに出現する「困った男」の体験記事だった。

 どうやら大泉はこれを見て、居ても立ってもいられなくなったらしい。


「おっとそうだった。結香に近づく悪い虫は、〝闇の力〟で全員虐殺してくれ! 肉片一つ残さないで欲しい!」

「激しすぎですよ! 俺、別の意味で会社にいられなくなりますよ!?」


「畜生! 全員のチ○ポ千切ってやる!」

「社長、落ち着いてください! 支離滅裂すぎますよ!」


「いくら弔木(とむらぎ)君でも、結香に手を出したら許さないぞ! 女子高生はダメだからね! せめて二十を過ぎて……いいややっぱりダメだ!」

「だ、大丈夫ですよ……」


 大泉はかつて弔木(とむらぎ)の圧倒的な戦闘を目撃している。そして〝闇の魔力〟を全身に浴びている。

 その恐怖と威圧感は骨身に染みているはずだ。


 が、娘のこととなると違うスイッチが入ってしまうらしい。

 普段は真面目で会社経営に熱心な社長なのだが、今や弔木(とむらぎ)をグイグイと圧迫している。


「待て待て! 弔木(とむらぎ)君! 何が大丈夫なんだ! その根拠は?」

「だって俺、ギャルっぽい子は好みじゃないと言うか……」


 そのセリフをいった途端、大泉は少し考え込んだ。

 そしてまた烈火のごとく叫んだ。


「何だって!? ギャルも可愛いだろ! 結香は世界一かわいいの!」

「め、めんどくせえ! 社長! 落ち着いてくださいよ! 今めっちゃめんどくさい人になってますよ!」


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「――――さん? 弔木(とむらぎ)さん?」

 弔木(とむらぎ)の意識は少し飛んでいたらしい。

 結香の顔が、目の前にあった。


「どうしたんですか?」

「何でもない。……少し疲れが溜まっていたのかもしれない。大丈夫だ。さあ、行こうか」


 弔木(とむらぎ)は教え魔おじさんを抱え、歩みを進めた。

(考えること、何気に多いな……)


「というか……何で腕を絡めるんだ?」

「ダンジョンではぐれたら大変ですからね。勇者様」

「その呼び名はやめてくれ」


 結香のレベルを上げる。

 ダンジョンで稼ぐ。

 結香を守る。

 誘惑に、負けない。

 特に最後は難しそうだ。


 会社勤めというものはこんなにも大変なのか――と痛感しながら、弔木(とむらぎ)はダンジョンを進んでいった。

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