41 禁断の
クリアされてはならないダンジョンが消滅したことで、地上では混乱が起こっていた。
「ドブ板ダンジョンが消えてる? 何でボスが攻略されてんだ!? 機構でボスエリアの監視をしてたんじゃないのか?」
「原因は調査中です。ダンジョンボスが上層に出現したとの目撃情報もあるので、探索者との偶発的な戦闘が発生した可能性もあります!」
「消防です! 生き埋めになった人はいますか!」
「こっちです! 早く来てください!」
横須賀の市街地は、警察と消防、探索者と機構の職員でごった返していた。
まさにカオス状態だ。
ダンジョン管理機構としてはボスを倒した探索者に話を聞きたい所だろうが、それどころではないだろう。
「ついてるな。混乱に乗じてここから抜け出そう」
「わ、わかりました」
結香は岩底ナマズとの戦闘で全身がずぶ濡れになっていた。
12月の寒空の下では、確実に風邪を引いてしまう。
弔木は応急処置として、自分のダウンを脱いで結香に渡した。
「その格好じゃ寒すぎる。これを羽織るといい。で、取りあえず服を買いに行こう」
「でも私、モンスターの液でベタベタです。汚れますよ」
「風邪を引くよりはいいだろう。気にするな」
「えっ……何でそんなに、」
弔木は強引に結香にダウンを被せ、先を急いだ。
結香はぼうっとしたような目でダウンの袖をつまんだ。
結香のかすかな感情の変化に、弔木は気づいていないようだ。
「この近くにユニクロがあったはずだ。何でもいいから、とにかく服を替えよう」
――ブブッ
店の前まで来ると、弔木の携帯が震えた。
画面に表示されるのは「大泉社長」の四文字。
「もしもし、弔木で――」
「ととと、弔木君! 結香は無事か!? 携帯もぜんぜんつながらないんだが!?!? 超安全なドブ板ダンジョンでボスが暴れてるんだろ!?!?!?!? 一体どうなっているんだ!!!」
「社長、一応無事で――」
「結香に何かあったら大変だ! どうなんだ? 早く教えてくれ! も、もう駄目だぁあああ!」
「だめだこりゃ……」
弔木は携帯を切った。
スピーカーにしなくとも大泉の声は漏れていて、結香は苦虫を噛み潰したような顔になっていた。
「最悪」
「それだけ心配なんだろう。というか、何で携帯がつながらないんだ?」
「通知は切ってるんです。出かける時はそうでもしないと、着信がウザいから」
「そ、そうなのか……何か大変だな。色々な意味でレベルアップ、頑張ろうか」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
下着、靴下、インナー、ニット、アウター、靴。
ダンジョンバブルの影響で服の値段も高騰しており、全部あわせて10万円ほどかかった。
バイトの女子高生が出すには、かなり厳しい金額だ。
「弔木さん、本当にありがとうございます。お金、後でちゃんと払いますので」
結香は申し訳なさそうに、お辞儀をする。
(普通に礼儀正しい子だったんだな)
弔木は想像する。
結香はきっと会社の役員に金を横領され、借金の返済に苦労する大泉の姿を見てきたはずだ。
だから、こう思っていたのだ。
――世の中には悪い大人しかいない。
と。
そう考えれば弔木への塩対応も理解できる。
(嫌な大人ばかりじゃないこと、分かって貰いたいな)
弔木は結香を応援するつもりで、支払いを断った。
「どうせこれからダンジョンで稼ぎまくるんだ、金はいらないよ。それよりも次は着替える場所だ。駅のトイレかどこかを探さないと――」
しかし弔木が言いかけたところで、結香が地面にうずくまった。
「お、おい。大丈夫か?」
結香の唇は青ざめ、体をガタガタと震わせた。
「寒い……」
迷宮の主との遭遇に、地底湖での戦闘。さらにはずぶ濡れで12月の寒空の下を歩く。
女子高生にはかなり厳しい状況だ。
結香は限界に達するまで我慢していたのかもしれない。
「ヒーラーがいれば良いのだが……俺の炎を使う訳にも行かないし」
〝闇の魔力〟の人体への影響は検証していない。
魔力の炎で結香を温められるかもしれないが、やはりリスクが大きい。また失禁されたら死ぬほど気まずい。
「となると、普通に低体温症の対策をするしかないか。困ったな」
つまりは着替える場所、毛布、温かい部屋と飲み物が必要だ。
圧倒的な戦闘力を有する弔木と言えど、不可能なことはある。それがまさに今だった。
こうしている間にも結香の症状は悪化していく。
いっそ救急車を呼ぶべきか。
弔木は決断に迫られた。
その時、弔木の目に一つの看板が止まった。
だが「その選択肢」に弔木はたじろいだ。
「これなら全て解決……だ。合理的だし、一番手っ取り早い」
が、「その選択」には致命的な欠陥があった。
色々な意味で問題が発生する。
だが時間もない。
ここに「その看板」があったのは天の采配なのだ――と弔木は自分を納得させた。
そして勇気を振り絞り、結香に告げた。
「ま、全く他意はないし、誤解して欲しくないんだが、あそこに入らないか」
「え、どこですか」
結香は朦朧とした状態で返事する。
弔木が指差す先には、一つの建物があった。
看板は派手な色に彩られ、「60分9000円」などの料金体系が書かれていた。
そこは成人の弔木と、女子高生の結香が入るには余りにも憚られる、禁断の遊び場だった。
「……ラブホだ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
タバコの煙が染み着いたエントランス。弔木は部屋を選ぶタッチパネルの前で立ち尽くしていた。
「訳が分からん……」
金額が高いほど部屋は広く、内装も豪華になっているようだ。中には色々な設備がある部屋もある。
だが少なくとも、二人で入れる巨大な風呂に用はない。もしも大泉社長が聞いたら全身から血を噴き出して死んでしまうかもしれない。
「暖かければなんでもいいか。あれ、料金は……? 部屋にある精算機で後払い?」
弔木は戸惑いながらも部屋を選んだ。
普通の内装の、中間グレードの部屋だ。
「行こう。歩けるか?」
「大丈夫です。少し良くなってきたかも」
そうして二人はエレベーターホールに向かった。
「弔木さん、ラブホ初めてなんですか」
結香にそんなことを問われると、心が痛む。
弔木は冷静を装い、少しだけ見栄を張って返事する。
「ま、まあラブホは初めてかな」
実際は何の経験もない。
異世界にも十年いたが、恐ろしいほどに何もなかった。
唯一あるとすれば、サキュバスに激しい〝淫夢〟を見せられたことくらいか。
「私も、初めてです」
「そうか……」
それきり二人の会話が途絶えた。
エレベーターの機械音がいっそう気まずさを増幅させる。
話すことがない。
〝ダンジョン殺し〟〝魔王〟の異名を持つ弔木だが、女子高生は少し苦手だった。
「あの、弔木さん。言いづらいんですが……」
先に沈黙を破ったのは結香だった。
「どうした」
――実はラブホに行くのは慣れてます、とか言うつもりだろうか。
だとしたら色々な意味でショックだ。
と、内心で焦っていると。
「体が冷えてる理由、分かりました」
「ん?」
「これです」
結香は自分が持っていた魔道具を指さした。
冷気系の魔法を付与させる触媒、〝風雪の青十字〟だ。
「剣に冷気を付与したままでした」
「あ」
魔法を覚えたての初心者あるあるだった。
結香は冷気属性の使い手で、ダンジョンでは細剣に冷気の魔力を施していた。
レベルが低く魔法耐性がないうちは、自らの魔法にダメージを受けることがある。
しかも付与系の魔法は「一定時間で効果が切れる」ものと「魔力が続く限り無制限に効果が持続するもの」がある。
後者の場合は使い手が状況に応じて魔法を解除しなければならない。
〝岩底ナマズ〟に丸呑みにされた瞬間から、結香は自分が発動した魔法の存在を忘れていたのだ。
「〝冬の終わり、春の訪れ。今ここに〟」
結香が詠唱すると、青ざめていた顔に血色が戻りだした。
チーン。
とエレベーターが止まり、ドアが開いた。
きまずい沈黙の再来。
「…………」
「…………」
結果的に二人は、特に意味もなくラブホに来たことになる。
「着替える場所もなかったし、ちょうど良かった。じゃ、入ろうか」
弔木は苦し紛れに言った。
「は、はい」
結香の耳は真っ赤になっていた。
が、弔木もそれに気づくだけの余裕はなかった。




