35 烈火の拳紐
ナスターシャ達が野良ダンジョンに潜っている頃、弔木は大泉の事務所にいた。
大泉が新しく立ち上げたダンジョン探索会社「ダンジョンスカイ」の事務所だ。
会社を立ち上げたばかりとあって、中には事務机と椅子、パソコンくらいしかない。
「――とにかく野良ダンジョンに潜るのはもう止めた方がいい。ダンジョン管理機構の役人もパトロールを強化している。荒川の河川敷にも、〝魔王〟を捕まえようと張り込んでいる奴らがいるかもしれないね」
「そいつはシャレにならないな。……で、大泉さんは俺をどうするつもりなんだ? まさか金を要求するつもりじやないよな?」
弔木のブラックジョークに、大泉は苦笑する。
「君の強さは俺が一番分かってる。そんなはずないだろう?
……まずは礼を言わせてくれ。この間は本当にありがとう。君が何者であれ、俺は助けられた。借金も返せた。全ては弔木君、いや弔木さんのおかげだ。心から感謝する」
大泉は姿勢を正し、深々と頭を垂れた。
「俺が必要だと思ったから、やったまでですよ。深い意味はない」
あの闇金の男達はやり過ぎていた。
大泉を恐喝し、弔木のアイテムも盗んだ。
戦わない理由はなかったのだ。
「弔木さんの意図はどうあれ、俺は助けられた。新しい会社を立ち上げることもできた。ダンジョン探索の会社だ。――そして、これが本題だ。頼む。ぜひ、うちの会社に入ってくれないか」
大泉は再び弔木に頭を垂れる。
一回りほど年上の他人に頭を下げられるのは何となく居座りが悪い。
それに弔木には懸念があった。
ダンジョン探索会社に入ったところで、公式には魔力ゼロであることに変わりはない。
「分かっているとは思うが、俺は探索者証を持っていない。『魔力ゼロ』の人間が正規のダンジョンに入ることはできないはずだ」
「問題ない。実は抜け道が一つだけあるんだ」
「抜け道? そんな話、聞いたことがない」
と、大泉は机の引き出しから魔導具を取り出した。長く頑丈そうな、革の紐だった。
一見してただの紐だが、弔木は即座に使い道を察した。
「これは、セスタス……近接戦闘に特化した魔導具か」
「烈火の拳紐だ。腕に巻きつけるだけで使える。弔木さんは、これを装備して荷物持ちとしてダンジョンに潜るんだ」
「ポーター……? レベルゼロでも大丈夫なのか?」
「実は、来月から国の規制が緩和される。会社としてダンジョンに入る場合、戦闘に参加しない人員にレベル制限は適用されない。自衛の魔導具さえ装備していれば、レベルゼロ、魔力ゼロでもダンジョンに入って良いんだよ」
「……なるほど。言いたいことは分かった」
弔木は魔力ゼロの荷物持ちとしてダンジョンに入る。
そして戦闘の時は表向きは烈火の拳紐で自衛のために戦う、という訳だ。
「烈火の拳紐はかなり派手に火花が散る。弔木さんの力を使ったとしてもある程度は誤魔化せるだろう」
「こんな抜け道があるなんて……だが大泉さんは、俺が怖くはないのか? 俺が言うのも何だが、あまりにも異常だろ。俺の力は」
魔王、あるいはその配下に宿る忌まわしき力。
それが〝闇の魔力〟だ。
〝闇の力〟は、ただ存在するだけで人に恐怖と威圧感を与えるのだ。
魔力の制御をしてなかった時は、誰も彼もが弔木を嫌悪していた。
今は魔力を制御する術〝静寂〟を発動しているので、魔力は漏れていない。
が、やはりダンジョンで力を解放すれば大泉と言えども腰を抜かすだろう。
いつかの半グレ達との戦闘のように。
「弔木さんの力は確かに人とは違う。怖いのも認めよう。だが俺は、弔木さんという人間を信用している。だからその力も信用したいんだ。報酬ももちろん払う。固定の月給に加えて、ダンジョン探索の成果報酬も払う。アイテムの換金や税金関係の面倒なことは、俺がやろう」
「マジか……」
弔木のアパートには大量の現金がある。
「裏商人」にアイテムを売った金を、銀行口座に入れることができないからだ。
仮に口座に大金を入れれば、国や金融機関から野良ダンジョンで荒稼ぎしていることを疑われてしまう。
「弔木さんにとっては悪い話じゃないと思うが、どうかな?」
「ちなみに月給は、いくらだ?」
「100万は出そう。ダンジョン探索が上手く行けば、その分は追加になる」
高くは……ない。
ダンジョンバブルで物価が恐ろしく高騰している今、生活するのにぎりぎりの額だ。
しかし正規ルートでダンジョンに入れ、頑張った分だけ追加で稼げるのは魅力的だ。
「分かった。入社しよう」
面接では連敗し、フリーター生活が続いていたが、決まる時は簡単に決まるものだ。
大泉は笑顔になり、弔木に握手を求めた。
「ようこそダンジョンスカイへ。これから頑張っていこう。弔木さんがいれば百人力だ。本当に良かったよ」
「ところで……俺は社長って呼んだ方が良いのか?」
弔木にとって大泉は、「ダンジョンで遭遇した怪しい交渉相手」と言う認識のままだった。
そのため弔木は特に敬語を使うこともなかった。
「任せるよ。社長だからって別に偉ぶるつもりもない。社員あっての社長だからね」
「じゃあ普通に敬語でいいか? バイト先の店長くらいの感じで。取引相手も混乱するかもしれないし」
「確かにそうだな。では、そこそこの敬語にしようか」
「社長、よろしくお願いします……ところですごく聞きづらいんですが、社員って俺だけですか?」
「その件だが、一つ言いにくいことがあってね。……実はバイトが一人いる」
「あそうなんですか。何で言いにくいんですか?」
「実はそいつは探索者になりたてでね。弔木さんに、そいつの補助をお願いしたいと思っていたんだ……」
奥歯に物が挟まったような物言いの社長をいぶかしみつつ、弔木は快諾した。
「構いませんよ。俺が一緒にダンジョン探索すれば良いんですね。で、そのバイトって言うのは――」
その時、事務所のドアが開く音がした。
ドタドタと響く足音が弔木の元に近づいてくる。
弔木が振り返ると、若い女が立っていた。
明るいブラウンの髪色に、制服の真っ白なブラウス。
サイズが大きめのカーディガン。
男だらけの事務所に、制服姿の女子高生が入ってきたのだ。
女子高生は通学用のカバンを床に放り投げ、弔木を睨みつけた。
女子高生は大泉に叫んだ。
「パパ! 従業員なんて雇わないでよ! ダンジョン探索なんて私一人でできるし!」
(え……パパ?)
弔木は女子高生と大泉を交互に二度見した。
この、気の強そうな女子高生が大泉の娘なのか?
あまり似ていない。
もっと言えば、くたびれたオッサンからこんなに可愛い娘が出てくるとは思えない。
「結香! 失礼なことを言うな! ちゃんと弔木さんに挨拶をしなさい! 我が社に入ってくれた凄腕の探索者だ」
「しゃ……社長。ま、まさかレベル上げをするバイトの子って」
「そうだ。娘の結香だ」




