30 通りすがりのフリーター
〝転移門の洞穴〟に座り込み、弔木は考えを整理していた。
約束の時間から大分過ぎたが、やはり大泉は来なかった。
考えられる可能性はいくつかある。
可能性、その一。
普通にアイテムを持ち逃げされた。
確かに大泉は金に困ってそうだった。
二人だけの秘密、と言いつつも急に金が必要になって弔木が手に入れたアイテム全てを盗んだ可能性はある。
長期的には損な選択ではあるが、考えられなくもない。
可能性、その二。
大泉はダンジョン内でトラブルに遭遇。
アイテムは他の探索者が〝転移門の洞穴〟にやってきて、回収していった。
このパターンは、少し厄介だ。
外の探索者にこのダンジョンが見つかっていないことを、祈るばかりだ。
ついでに大泉の無事も。
「つっても、調べて見なければ何も分からないなあ。やっぱり、やるしかないな。〝闇人形〟!」
弔木がイメージを練り上げ、魔なる詞を唱える。
すると地面から闇の魔力が溢れだし、無数の小さな人形が生み出された。
闇の魔力による斥候だ。
人形達は剣と盾、鎧を装備している。
その数はおよそ数百。
全てが弔木の目となり、耳となる。
「行け! このダンジョンを隈無く探してこい!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ダンジョンの中層。
そこは異世界では〝牢獄墓所〟と呼ばれる場所だった。
死してなお牢獄に囚われ続けるアンデッド達が、探索者を待ち構えるエリアだ。
その不気味な場所に、下品な叫び声が響いていた。
「邪竜召喚! いいぞ! なぎ払え!! ヒャッハー! このアイテム、最高で最強じゃねえか!!」
強力なアイテムを手に入れた千葉は、子どものようにはしゃいでいた。
千葉が手にしているのは〝邪竜の爪〟と言う魔導具だった。
わずかな魔力の消費で、数十秒の間ドラゴンを召喚することができる。
吐き出す火炎は恐ろしく強く、大抵の魔物は炎に触れただけで灰と化す。
レベルの低い探索者には、最高のアイテムだった。
〝牢獄墓所〟は焼け野原となり、もはや敵対するモンスターは存在しない。
新しいオモチャを一通り楽しんだ後、千葉が叫んだ。
「おい成田! 大泉は吐いたか!?」
「ま、まだです……」
「とろくせえな! 早く吐かせろ! 二人まとめて焼き殺すぞ!?」
「で、ですがこのおっさん、全然口を割らなくて……オラっ! 早く教えろよ!」
牢獄に鈍い音が響いた。
成田は躊躇なく大泉を殴る。
しかし大泉は何一つ情報を吐かなかった。
それどころか、成田を挑発するようなセリフを吐く。
「はあ……はあ……闇金クソ野郎が……! 金に目が眩んで人の会社に入りやがって!」
「その闇金から借りてたのは、テメーだろうが! 良いから吐けよ! 他にもアイテムを稼ぐ場所、あんだろ!? 早く言えよ! そうすりゃお前の借金、全部チャラなんだぞ!?」
大泉が持っていたアイテムは、余りにも異常だった。
サイクロプスを倒すだけでは到底手に入らないグレードの魔石がゴロゴロと転がっていた。
千葉が使っている〝邪竜の爪〟も、大泉から奪ったものだった。
まとめて売れば、数千万は下らないだろう。
「ちっ……仕方ねえなあ。成田! どいてろ!」
業を煮やした千葉が檻の中に入った。
「なあ大泉さん。あのアイテム、あんたみたいな低レベルの探索者が取れるやつじゃねえよな? 吐け。どうやって手に入れた」
「知らない。俺は何もやっていない」
千葉は鼻で嗤い、大泉の顔を蹴った。
「ブハッ!」
ポタポタ、と牢獄に血が垂れる。
「ここであんたを殺しちまってもいいんだぞ。あのアイテムだけでも十分な金になる」
「うるせえ。……殺れるもんならやってみろ!」
簡単な話だった。
大泉が弔木のことを話せば、それで終わりなのだから。
大泉は話してしまおうと、何度も思った。
だが話せなかった。
大泉を信じてアイテムを預けた青年――弔木を裏切りたくはなかった。
闇金で半グレのガキどもが儲けるのも、許せなかった。
そんな奴らに金を借りた自分ですらも、許せなかった。
つまるところ大泉は、ひたすらに不器用な男だった。
「八王子市、南桜木町20番、15」
千葉は何の脈絡もなく、ある住所を口にした。
「……!! て、てめえ……」
大泉の顔が、一気に青ざめる。
それは大泉の自宅の住所だった。
攻撃が効いたと見るや、千葉はさらに続ける。
「都立清城高校、二年B組。大泉結香」
千葉の口から、最も知られてはならない情報が告げられた。
「お、お前……! 何で知ってる! どうするつもりだ!! 娘は関係ないだろ!」
「嫌だなあ社長。関係ないことはないだろう? 債務者の娘だ。俺達だって、請求する権利くらいあるだろ。結香ちゃんも、俺が貸した金で飯くらい食っただろう?」
「や、やめろ。止めてくれ……娘は関係ない!」
「ギャハハハハハッ! 情けねえな! 娘の名前を出した途端にそれかよ? でももう遅いんだよ!
方針を変えた。お前は殺す。お前のアイテムは全部俺が貰う。結香ちゃんには借金を返して貰う。なあに、女子高生なら簡単に稼げるだろうよ」
「ち、ちくしょう……! 地獄に、落ちろ……!」
「さっさと吐いとけば、こうならずに済んだのになあ! 舐めたマネしやがる罰だよ! ……邪竜召喚!」
千葉が竜の爪を掲げると虚空から巨大な竜が出現した。
「焼き殺せ!」
『GUAAAAA――――!!!!』
地を震わす咆哮。
竜の口からマグマのようなものが溢れる。
暗い牢獄は、焼けるような光に照らされる。
大泉はもう、何も考えることができなかった。
ただ一言、娘の結香に謝りたかった。
こんな父親で本当にすまないと。
「ギャハハハハハ!!!! 死ねぁあああああ!!!!」
「あれ?」
気づけば大泉は、牢獄の外に出ていた。
顔を上げる。
大泉の目の前に、青年の背中があった。
弔木だ。
「ええと……大泉さん。話は色々と聞いていたよ」
「あ…………ああああ…………」
「もう心配はいらない。後は俺に任せてくれ」
大泉は混乱する。
直前まで牢獄の中にいたのに、なぜか解放されているのだ。
そして大泉がいた牢獄は、炎でドロドロに溶けていた。
自分は、あの場所で死んでいたはずなのだ。
「誰だ、てめえ!」
千葉の怒号がダンジョンに響いた。
しかし弔木は冷静に応える。
「通りすがりのフリーターだ。ちょっと散歩をしようと思ってな」
「だったら消えろ! お前には関係ない!」
「……怖いなあ。そんなに威嚇しないでくれよ。俺はただのザコなんだ。魔力量ゼロ、レベルゼロのな。探索者証だって持ってない」
「だったら、ザコはザコらしく引っ込んどけ!」
「そうも行かないだろう。だってお前らは……俺を怒らせたんだからな」
〝解除〟
弔木が小さく呟いた。
その声は、かろうじて大泉に聞こえた。
そして大泉の全身に悪寒が走った。
恐ろしく邪悪な何かが、大泉の近くに出現する。
体がガタガタと震える。怖い。
邪悪、不吉、凶兆、呪い、穢れ。
頭をよぎるのは、そんな言葉ばかり。
違う。そうじゃない。
およそ言葉では表せない何かが近くにいる。
その何かは、探すまでもなかった。
弔木だ。




