26 攻略のしすぎ
男の名は大泉鷹男、と言うらしい。
何となく影がある雰囲気の中年男で、魔力量は670。
探索者レベルは25だ。
浅い階層ならどうにかソロで攻略できる程度の、微妙なレベルだ。だが大泉は金が必要なのだろう。だからこうして高難易度の野良ダンジョンに潜っているのだ。
「で、兄ちゃん。あんたの名前は?」
大泉が弔木をじろりと睨む。
「俺は……弔木。弔木京だ」
初対面で、しかも年上の相手だが、敢えて敬語は使わない。
ダンジョンの中には胡散臭い人間は山ほどいる。
最初から敬語を使えば舐められるに決まっているからだ。
「魔力量はどれくらいだ? 探索者証がなくとも、魔力量の計測くらいはしてるだろ」
「……それは言えない」
ダンジョン管理機構による公式記録は、魔力量ゼロ。
言えるはずがない。
が、大泉は別の方向に解釈してしまう。
「んな馬鹿な! ないない尽くしの奴が、ダンジョンに入るか? さては兄ちゃん、ワケアリだな? 探索者証は、前科モンには発行されないからな」
弔木としては話を誤魔化せるなら、何でもいい。調子に乗って、話を合わせることにした。
「実は何人か……殺したことがある。どうしてもやむを得なかったが」
実際、異世界では仲間を守るために人間の内通者を殺したことがあった。
「おっと、マジだったのか。それは悪いことを聞いたな……すまないね」
弔木のハッタリは効果があった。
大泉はあっさりと追及を止めた。
弔木は畳みかけるように、会話を進めた。
「で、交渉ってのは? 面倒な話なら乗らないぞ」
「ちょっとした同盟を結ばないか?
このダンジョンを政府に通報しない。互いに干渉しない。だが階層のボスとか危険なトラップの情報だけは、定期的に教えあう。どうだ? ここが野良ダンジョンのままが良いのは、互いに同じだろ?」
「ほう……」
悪くない話だった。
弔木としては〝闇の魔力〟の存在を知られずに野良ダンジョン探索をしたい。
政府の管理下に置かれたダンジョンは、弔木は入ることすらできないのだ。
「願ったり叶ったりだ。俺も一人で攻略をしたかった。だが階層のボスとなると命に関わる。その程度の情報交換なら悪くない」
と、弔木は話を合わせてみる。
実際は、ワンパンで倒せるだろう。
「交渉成立だな。じゃあ、攻略情報の共有は毎週金曜日の夜九時に、今から案内する場所でやりたい。どうだ?」
バイトのシフト的にも、ちょうど空いている時間帯だった。
弔木は快諾した。
「問題ない。それでいこう」
「話が早くて助かる。だが理解に苦しむのは――兄ちゃんの目的だ。ただダンジョンに遊びに来たのか? 攻略でもなければ、アイテム探しでもなさそうだ。まるで近所を散歩してるみたいじゃねえか」
「……相互に不干渉なんじゃなかったのか? いちいち追及されたくないんだが」
手ぶらでダンジョンに入るのは、わざわざ武器を装備する必要がないからだ。それに武器を買う金もない。
弔木としては、一番触れて欲しくないところだった。
大泉は頭を左右に振り、弔木の疑念を否定した。
「そうじゃねえ。一応の警告だ。このダンジョンは半端な奴が潜れば、死ぬぞ。たまに難易度Aクラスのモンスターが出ることがあるからな」
「だったら、こう答えよう。
詳しくは言えないが、俺には生き残るだけの根拠がある。そして、その根拠を俺は知られたくない。もし知ろうとするなら、このダンジョンは政府に通報する」
「なるほど。兄ちゃんの本気度は分かった。触れるのは止めておこう。……ついて来い。色々と都合が良い場所がある」
(何か疲れたな……)
初対面の人間と強気の交渉をするのは、魔物と戦うよりも消耗する。
そんな疲労を隠しながら、弔木は大泉についていった。
弔木は細く切り立った岩山を歩き、崖から何度か飛び降りた。
飛び降りた下には、さらに細い道があった。
(このおじさん、このダンジョンを熟知してそうだな)
弔木は内心で舌を巻いた。
勇者時代も、複雑なダンジョンは経験してきた。しかしここまでのものは、弔木も初めてだった。
最終的にたどり着いたのは、岩山の中腹にある洞穴だった。
洞穴の奥に入って行くと、急に足場が消えた。
目も眩むような断崖だ。
足下には大きな川が流れ、対岸からは百メートルほど離れている。とても飛び移れそうにはない。
洞穴の内部に目を移す。
洞穴の壁には《《五つの転移門》》が設置されていた。
魔法によって生成された扉――魔術回廊だ。
「……これは、転移門か?」
「そのとおりだ。恐らくはこのダンジョンが発生した時からあったんだろうな。俺はここを〝転移門の洞穴〟と呼んでる。
どうだ? 別々の門を通って攻略すれば、互いに干渉することなくダンジョン探索ができる」
「転移門を使ってみたことは?」
「もちろん、一通り試している。それぞれの門がダンジョンのどの階層に繋がっているのかは、分からない。だが五つの転移門は、右から順番に難易度が高まる」
「なぜそうと言える?」
「転移した先を少しだけ探索した。んで、魔導具でモンスターの魔力量を計ったんだ。強いモンスターに見つかったら死ぬから、かなり命がけだったがな――」
大泉が言うには、一番右の門はレベル20は必要。
その隣は40、さらに隣は60……と20ずつ増えていくらしい。
いずれにせよ弔木は問題なく攻略できるレベルだった。
「つまりは左に行くほど、深い階層になるって訳か。……おじさんはどうしたい?」
「俺は、今いる階層の巡回とアイテム収集がメインだ。ちょっとした稼ぎ場も持ってる。門を使うにしても、一番右だけだな」
「だったら俺は、二番目の門を行こう」
弔木としては最初から一番深い階層に行きたいところだ。
しかしこれ以上、大泉に怪しまれるのは避けたい。
ある意味では順当な判断だった。
が、大泉は驚異の目で弔木を見た。
手ぶらでダンジョンに入り、何の迷いもなくレベル40相当のルートを選ぶ――。
大泉にとっては十分に異様な光景だったのだ。
「そ……そこは少しくらい戸惑うところだろ!? 二番目の門だって、ソロで潜るなら魔力量1500は欲しいところだぞ。本当に良いのか?」
「確かに厳しいかもしれないが、まあ何とかなる」
「わ、分かった……! 約束どおり何も詮索はしねえよ。兄ちゃん、死ぬなよ」
「そいつはどうも」
大泉は口調こそ荒いが、根は善人らしい。
最後には弔木を気づかって、転移門の向こう側に消えていった。
大泉がいなくなったのを確認して、弔木は地面に座りこんだ。
(つ、疲れた~。これからあのおじさんと、ずっとあんな口調で会話しなきゃなんないのかあ……まあ面接の練習だと割り切るかあ)
弔木は気を取り直して、転移門を通過した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
一時間後。
弔木は調子に乗りすぎてしまった。
まず弔木は、新しく編み出した魔術〝闇人形〟に、ダンジョンをくまなく探索させた。
〝闇人形〟とは弔木と視界を共有する、数百の小型の人形だ。
調べた結果、ダンジョン全体の階層としては地下130階まであることが分かった。
ダンジョンはラスボスを倒すことで消滅する。
逆に言えば、129階層までならボスを倒しても問題はないことが、分かった。
それを知った時点で、弔木のブレーキが外れてしまった。
久しぶりのダンジョン攻略が楽しくなり、ついやり過ぎてしまったのだ。
そして今、〝転移門の洞穴〟は大量のアイテムであふれていた。
「アイテムを集めたはいいが……どうしたものか。探索者証がなければ売れないし」
弔木が悩んでいるところに、大泉が戻ってきた。
「おう兄ちゃん、生きてたか…………って、何じゃそりゃ!?!?」
戻って来るなり、大泉はいきなり大声で叫んだ。
ここでオドオドすれば、舐められる。
そう直感した弔木は、努めて冷静に答えた。
「何って、アイテムだが?」
「そそそそりゃ分かるけど。何だよ、その量は……!」
「ダンジョン攻略の成果だ」
「ヒョエー!! ううう、嘘だろ!? こんなに大量の上物の魔石なんて、見たことねえぞ!」
これはチャンスかもしれない。
大泉はひどく動揺している。
弔木はここぞとばかりに、強気の交渉を持ちかけた。
「おじさん。俺の代わりにこのアイテム、売ってきてくれないか? もちろん、タダとは言わない。だが俺のことは秘密で頼みたい」




