23 野良ダンジョン
新宿ダンジョンが消滅して数日が過ぎた。
弔木はいつもどおりバイトをこなしていた。
昼休憩に近所の食堂でラーメンを食べていると、テレビに井桐が登場した。
『新宿ダンジョンの最終ボスを倒した井桐充さんが、今病院から退院するところです。あっ、こちらに手を振っています。井桐さん! 今のお気持ちをお聞かせください!』
『正直言って何も覚えていません。ただ無我夢中で戦っていたら、ダンジョン化現象が終わっていました。私が言えることは、それだけです』
井桐はボスとの激しい戦闘でしばらくの間入院をしていた。
もっとも、大半のダメージは弔木の〝魔弾〟によるものではあるが。
『ダンジョンに閉じ込められた人達から感謝の声が上がっていますが、どんな気分ですか?』
『結果的にではありますが、人助けができて良かったです』
ダンジョン化現象は世界に富をもたらすと同時に、災害としての側面もある。
新宿という場所にダンジョンが発生するということは、それだけ巻き込まれる被害者も増え、交通インフラにも甚大な影響を及ぼすことになってしまう。
つまり井桐は、ダンジョン化現象で混乱した東京を救った英雄、と言う訳だ。
『井桐さんはダンジョン探索の学生団体、ダンジョン&リサーチのリーダーとのことですが、今後の抱負をお聞かせください』
『私は今年で卒業するので、サークルは後輩に任せます。ダンジョン探索の売り上げ次第では、法人化も想定しています』
『それは素晴らしい! ダンジョン起業ですね! 期待しています!』
『ありがとうございます』
あの時ナスターシャ教授に見つかっていたら、テレビに映っていたのは弔木だったかもしれない。
心の底から弔木は安堵する。
一般に知られていない力――闇の魔力を持ち、しかもその力が壊滅的に強力だと言うのはリスクが大きすぎる。
きっとプライベートすらなくなってしまうだろう。
ダンジョンで稼ぎたい。
だが有名にはなりたくない。
なので適度に井桐を痛めつけ、英雄の座を井桐に押し付ける。
これが弔木にとっての最適にして快適な選択だったのだ。
『次のニュースです。政府は新たな政府組織、ダンジョン管理機構を設立することを決定しました。これによってダンジョン探索は資格制となり、厳密な入場管理が行なわれることとなります』
「お?」
『新宿ダンジョンの探索者の死亡者数が五百名を超えており、その大半がレベル不足が原因でした。政府はこれを受けて、探索者の管理を強化する方針に切り替えました』
「えええ?」
弔木のラーメンをすする手が止まった。
弔木の魔力量は、対外的にはゼロのままだ。
かなり困ったことになる。
今は「大ダンジョン時代」だ。
ダンジョン化現象に巻き込まれた人間は程度の差こそあれ、魔力に目覚める。
そしてダンジョンは国内の至るところで発生する。
そのため政府はなし崩し的にダンジョン探索者の存在を認め、ダンジョン資源の売買を認めてきた。
老若男女、誰もが探索者となり、稼ぎたい人間は自由にダンジョンに出入りできる。
例え魔力ゼロの弔木であっても、それを見咎める者はいない。
ダンジョン探索はあくまでも自己責任だからだ。
しかしその状況が、大きく変わろうとしている。
(ま、マジかよ。また宗谷ダンジョンの時みたいになるのか……せっかくバイト上がりにダンジョンに行こうと思ってたのに…………!!)
『それでは解説の木村さん。今後のダンジョン管理制度の流れについてお聞かせください』
『ダンジョンが発生した直後、機構の職員がダンジョンを特殊な魔導具で封鎖します。その後、政府の先遣隊がダンジョンの難易度を測定します。
一般の探索者の入場が許可されるのは、難易度の判定が終わった後となります。さらに、今後はダンジョンへの入場は制限されることになります。
ダンジョンは、SSS(トリプルS)からABCDEFランクに分類されます。例えばAランクのダンジョンに入る場合、探索者はレベル100以上が必要になります。無理に入ろうとした場合、刑事罰に問われる可能性もあります』
その後も解説は続いた。
が、弔木にとって重要な情報は一つだけだった。
「魔力ゼロの者はダンジョンに入れない」ということである。
弔木は、宗谷ダンジョンの時の悲劇を思いだす。
せっかく魔力に目覚めたのに、弔木はまたもダンジョンから閉め出されることになってしまう。
『皆さんお気を付けください。来月からは探索者証がなければ、ダンジョンへの入場やアイテムの売買をすることができません。また、ご自身のレベルによっては、入れないダンジョンがあります。詳細は最寄りのダンジョン管理機構の支部へお問い合わせください』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翌日、弔木は駄目もとで多摩センターの一角に建てられたビルへと向かった。
ダンジョン管理機構の支部だ。
小綺麗なビルの自動ドアを抜けてエントランスに向かう。
すると、さっそく声をかけられた。
「探索者証をご希望ですか?」
二十代前半の事務員風の女性が弔木に声をかけてくる。
「はい、探索者証を取得しようと思って」
「かしこまりました。五万円の登録料がかかりますが、よろしいですか?」
「た、高い……! お金を取るんですか?」
「すいませんが、迂闊にダンジョンに入って死亡する探索者が増えておりまして。登録料は、それなりの覚悟と準備ができる方かどうかを確かめるという意味もあります」
そもそも弔木には「登録できるか」という、それ以前の問題がある。
とりあえず弔木話を前に進めるために、払うことにした。
「分かりました。じゃあ……五万円、払います」
「料金は探索者証発行時に頂きます。それでは、こちらの受付用紙に必要事項を記載してください」
やはり、想像通りの展開になってしまった。
受付用紙にはダンジョン探索経験の有無や、魔力量の自己申告覧があった。
(やっぱり、そうなるよなあ……)
「シートに記載後、魔力量の測定を行ないます。測定室では身につけている魔導具を全て外し、着替えてもらいます」
「けっこう厳密ですね」
「魔導具を隠し持って魔力量を偽装する方がいるので。深い階層であるほど、アイテムも良いのが取れますからねえ……」
弔木はシートに必要事項を記載して、女性に渡した。
「魔力量……ゼロとありますが……?」
「実は前に宗谷ダンジョンの選抜試験を受けに行ったことがありまして、その時にゼロだと言われました」
「ふっ、ふふっ…………あ、失礼しました。その、何と言うか……ゼロだなんて……ふふっ。聞いたことがないものでして。事務員の私でも、魔力量900はあるのに。ふふふっ」
井桐程ではないが、女性の態度は人を馬鹿にしたものに変わる。
今の弔木であれば、ビルごと女を磨り潰すこともできた。
が、当然そんなことはしない。
弔木は元勇者で、常識がある。
弔木は〝魔弾〟を撃ちだすのもこらえた。
「それでは、魔力量の測定をしましょう」
女は、半笑いのまま弔木を測定室に案内した。
ビジネスホテルに置いてある浴衣のような服に着替え、弔木は測定室の中に入る。
部屋の中には、魔力測定用の魔導具が所狭しと設置されていた。
測定室のドアが外から閉じられ、スピーカーごしに女の声が聞こえた。
『部屋の真ん中に立ち、力を抜いてください。一分ほどそのまま立っていてください』
一分後、女が測定室に入って来る。
そして見下した表情で弔木に言った。
「弔木さん、登録料は不要です。やはり魔力量は……ゼロでした。魔力量ゼロということは、自動的に探索者レベルもゼロになります。お引き取りください」
「……あの、せめてダンジョンのアイテムを売買する資格だけでも何とかなりませんか?」
「それはできません。まず、政府の管理下にない《《野良ダンジョン》》で取ったアイテムを売買することは法律で禁じられています。そしてダンジョンアイテムを売買できるのは、探索者証を持つ方に限られます」
「そんな、それじゃ」
「弔木さんはダンジョンに入ることも、アイテムを売買することもできません。ぷぷっ……そんな人はこれまで見たことありませんが、ルールはルールですので」
「そうですか……」
弔木は、失意とともにダンジョン管理機構を後にした。
とりあえず、測定用の魔導具は〝闇の力〟で破壊しておいた。
(何か腹立つ女だったけど、良いことを知れてよかったな)
そう、弔木は何の成果も得られなかった訳ではない。
「野良……ダンジョンかあ。なるほどなあ。嫌な女だったが、良いことを聞いたぞ」
この国内には、政府の管理下にない「野良ダンジョン」があるのだ。
例えば、個人の家の敷地内。
例えば、人通りのない路地裏のマンホール。
そういう場所に未発見のダンジョンが出現しているのだろう。
機構のビルを出て、弔木は空を見上げた。
穏やかに晴れ渡り、気持ち良い天気だった。
弔木は誰ともなく呟いた。
「よし、自分だけのダンジョンを見つけるか」




