21 井桐君の華麗なダンス
「ぎゃぁぁぁああああっ!! うあ、うあ、助け、助けてくれぇええ!!!」
井桐が天から落ちてくる。
弔木に敵対している竜騎士も、井桐のあまりにも情けない姿に気を取られているようだ。
「あいつ……もしかして、俺が空けた穴から落ちてきたのか?」
遙か上層の闘技場に空けた穴は、かなり巨大なものだった。
他の探索者が闘技場に来るとは思っていたが、まさか穴から落ちてくるのは想定外だった。
(あのデカい穴に普通落ちるか? 何て間抜けなんだ……)
弔木は「自称エリート」の情けない姿にため息を漏らす。そしてこれからの展開について考えを巡らせた。
井桐がこのまま落下死するのも悪くはない。
井桐はそれだけの仕打ちを、弔木にしてきた。
死なせるのは簡単だ。
だが別の考えも浮かんでくる。
そう、バイトのシフトである。
井桐は現在、大学四年だ。
あと数ヶ月で卒業して就職する。
バイトも辞めることになるだろう。
だが井桐が死ぬことで、一時的に弔木のシフトが増えてしまうかもしれない。
〝闇の力〟に目覚める前であれば、シフトが増えることはむしろ喜ばしいことだ。
が、今となれば話は違う。
新たに目覚めたこの力を、もっと試してみたい。
あわよくば、ダンジョン探索者になって金を稼ぎたい。
そのためにはもう少し〝闇の力〟を色々とテストする時間が必要だ。
――とは言え。
バイトを辞めるのはまだリスクがある。
生活費が底を尽きそうで怖い。
そうなると弔木としては、今と同じ量のシフトが続くのが一番都合が良い。
そうして弔木は――答えを出した。
「やれやれ……バイトに助けられたな」
弔木は落下してくるイキり大学生を睨みつけ、魔なる詞を唱えた。
「〝天網〟」
すると地上から百メートル程の高さに、〝闇の魔力〟で編まれた網が幾重にも渡って展開された。
網は井桐の体に触れると次々と消滅していく。
その度に井桐の落下速度は緩やかになっていく。
最終的に井桐は、緩やかに地上に着地した。
「うわぁぁぁっぁあああ、うわっ、あああ、助けてくれ――!! ……あれ? 何だ、これは!?」
井桐は迷宮の最下層に到着した。
それと同時に、弔木は新たな魔法を発動させた。
「〝朧月〟」
詠唱の直後、〝闇の魔力〟は弔木の体を包んだ。
弔木の姿はダンジョンの風景に完全に同化して見えなくなった。
(これでよし……っと)
状況は、整った。
ダンジョンの最下層、井桐と竜騎士が対峙する。
竜騎士は今は第二形態を取っている。
第二形態は、〝邪眼の竜騎士、リガンディヌス〟と言うおどろおどろしい名だった。
井桐からすれば、ダンジョンの最下層に落下し、恐ろしく強い迷宮の主と遭遇したことになる。
弔木は即座に竜騎士を倒し、ダンジョン化現象を終わらせることもできた。
しかし弔木はこう思った。
こうした方が面白そうだぞ。と。
「う、うわあああっ! ま、まさかこいつが迷宮の主なのか!?」
井桐は臨戦態勢に入っている竜騎士を見て、慌てる。
竜騎士は井桐を敵と認識したらしく、〝邪眼〟をカッと見開いて剣を構える。
「そ、そうか。何だか分からないが……これはチャンスだ! こいつを倒せば俺は、ダンジョン界隈で一躍有名人になれる! この〝雷の十字剣〟さえあれば! 俺は、英雄だ! エリートだぁああっ!!!」
井桐もまた竜騎士に剣を構え、突撃していく。
井桐の剣が竜騎士に迫る。
――ビギッ!!!
金属がぶつかる音と魔力が爆ぜる音が合わさった、異様な音がダンジョンに響き渡った。
井桐の〝雷の十字剣〟はいとも容易くへし折られてしまった。
「……な、そんな馬鹿な!? この剣は200万もしたんだぞ……あの武器屋、俺を騙したのか!?」
井桐の表情が絶望に染まる。
よほど自らの剣に自信があったようだ。
弔木はと言うと、別の感想を抱いていた。
(あの剣は確か、安物の量産型魔剣だったよなあ……竜騎士相手じゃそりゃ打ち負けるだろ。て言うか、井桐の魔力の素性は雷じゃなくないか? それじゃあ攻撃力に補正はかからないだろ)
ぶん、と竜騎士の剣が空を切る。
次の瞬間、竜騎士の剣に赤と青の魔力が宿った。
炎と冷気の魔力だ。
その威容に、井桐は狼狽する。
「ま、まさか……混合魔力!? 世界でもほとんど例がないのに……!!!」
しかし弔木はと言うと、やはり別の感想を抱いていた。
(混合魔力、別に普通だけどな。俺も勇者時代は全属性の魔力を使えてたし)
悠然とした足取りで竜騎士が迫る。
対する井桐は、戦意を喪失していた。
井桐の魔力量が1000程度であるのに比べて、竜騎士のそれは10000を超えている。
ナスターシャがシミュレートするよりも、迷宮の階層は遥かに深かった。それに比例するように迷宮のボスも強くなり、井桐程度の探索者では歯が立たないレベルとなっていたのだ。
「う、あ、うあああ……」
竜騎士が剣を振り下ろす。
そのタイミングで弔木は魔法を発動させた。
「〝魔弾〟」
弔木は圧縮した魔力の塊を、井桐めがけて撃ち出した。もちろん威力はかなり抑えている。
バチュン!
井桐の体が宙に舞った。
そして竜騎士の剣は空を切る。
「へぐっ!?」
井桐は命拾いした形になる。
しかし同時に、突然の痛みに悶える。
井桐は、何が起こっているのか理解できない。
まさか姿を隠した弔木が遠くから魔力の弾丸をぶつけているなど、想像だにできないだろう。
竜騎士が井桐を追撃する。
その度に弔木は〝魔弾〟を撃ち出し、井桐の命を救う。
「〝魔弾〟」
「ぐわぁああ!」
「〝魔弾〟」
「いてぇええ!」
「〝魔弾〟」
「あああああああああああ!」
竜騎士の乱撃を井桐は空中で回避する。
その姿は、操り人形のようなトリッキーな動きであった。
「な、なんだよ、これぇ? 誰か、助けてくれ、助けてくれえ!」
なぜか敵の攻撃をかわせていることは理解できる。
が、自分の身に何が起こっているのか、まるで理解できない。
井桐は空中で錐揉み回転し、壁に激突し、天井に頭を打ち……出血と嘔吐と失禁を繰り返した。
弔木は、満たされた気分になった。
人助けをするのは、とても気持ちがいい。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
井桐が落下した数分後、ナスターシャもまたダンジョンの底に向かった。魔導具〝綿毛の傘〟を展開し、パラシュートのように奈落を落ちて行ったのだ。
もちろん井桐を救うためでも、死体を回収するためでもない。
単に新宿ダンジョンの最奥に行きたいという好奇心に突き動かされただけだ。
ナスターシャは弔木が空けたダンジョンの縦穴を緩やかに落ちながらも、あちこちを観察していた。
「ほう、ダンジョンの最奥は巨大な洞窟空間になっているのか。さぞかし巨大なボスがいるんだろうなあ」
次第に落下地点が見えてくると、激しい戦闘の音が聞こえてきた。
「ずいぶんと激しいじゃないか。攻略組かな?」
最下層まではまだ距離があり、はっきりとは見えない。
分かるのは、ダンジョンの主と誰かが戦っているらしい、ということだけだ。
「見えないな。仕方ない」
ナスターシャは胸元から双眼鏡を取り出した。
ナスターシャのバニー衣装は、ダンジョン探索に特化した魔導具だ。身体機能の向上はもちろん、様々なアイテムを胸の谷間に収納することができるのだ。
ナスターシャは双眼鏡ごしに、地上の様子を見た。
そして驚愕した。
落下した井桐はまだ生きていたのだ。
それどころか、ダンジョンの主と戦闘までしている。
「す、すごいぞ! 彼、敵の攻撃を空中でかわしてる……のか? まるで踊ってるみたいだ! って言うか、何で生きてるんだ?」
ナスターシャは興奮を覚えた。
「分からない」という未知の状況こそが、ダンジョン研究の醍醐味なのだ。
「ひひ、うひひひひひひっ! ダンジョンって、本当に面白いねえ!!!!」
ナスターシャは〝綿毛の傘〟をすぼめ、ダンジョンの底に加速していった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「誰か、来るな」
弔木は上空から落ちてくるナスターシャの気配に気づいた。
「あの教授……本当にバニーの衣装でダンジョン攻略してるのか。えっちだな」
弔木はナスターシャのバニー姿を目に焼き付けた。
しかし直後、危機感を感じた。
他の探索者ならいざ知らず、ナスターシャはダンジョンの研究者だ。
この状況を続けていたら弔木の存在に気づかれてしまうかもしれない。
面倒なことになる予感がする。
(もっと遊んでいたかったが、終わりにするか)
「〝魔弾〟」
「うばばばっ!」
「〝魔弾〟!」
「グポッ!!!」
弔木はさらに激しく〝魔弾〟を連射して、井桐と竜騎士の立ち位置を調整した。
「〝浮遊〟!」
そしてへし折られた井桐の〝雷の十字剣〟を浮かばせ、強引に握らせた。
体勢としては、井桐が攻撃したかのように見えるはずだ。
そして弔木は、最後の一撃を放った。
「〝魔弾〟!」
弔木の魔弾が〝邪眼の竜騎士、リガンディヌス〟を貫いた。
同時にナスターシャ教授が最下層に降り立つ。
しかし時すでに遅かった。
迷宮の主を失ったダンジョンは、新宿から消え去ろうとしていた。
「井桐が新宿ダンジョンのボスを倒したらしい」という状況証拠だけを残して。




