19 奈落
「やれやれ、地獄だねえ」
バニーでマッドな魔導研究者、ナスターシャは新宿に降り立った。
時は大ダンジョン時代。
一年前、宗谷ダンジョンの進入を制限し、探索者を選抜していた頃とは何もかもが変わっていた。
「ダンジョンに入り口ないの?」
「西口の方で穴あけてるみたい。君、魔力量いくら? 俺と一儲けしない?」
「誰か、俺たちと即席パーティ組みませんか? ヒーラー募集中でーす」
有象無象の探索者達が、ダンジョンの富を求めて新宿に群がっていた。
「ったく、命が惜しくないのか……ただのバカなのか。やっぱダンジョン探索の自由化は早かったんじゃないか? 総理にも魔力量1500はないと死ぬって伝えたんだけどなあ」
ダンジョンの難易度や規模は、ダンジョン周辺から計測される魔力量で推測できる。
ナスターシャの分析では、この新宿ダンジョンの難易度Sランク。世界でもトップ10に入る規模のダンジョンだ。
政府にもこのことは伝えており、注意喚起がなされている。
が、この騒ぎようを見る限りでは効果は薄そうだ。
「まあ……金に目が眩んだ探索者に魔物を狩らせた方が、ダンジョン攻略も捗るだろうからねえ。自己責任だから探索者は救助しなくてもいいし」
ナスターシャは新宿の西口方面に向かった。
新宿ダンジョンは岩山に覆われているため、外側から穴を空けなければ中に入ることができない。
そのため政府は、ダンジョンに閉じ込められた人々を救助するために、岩山を掘削する工事業者を投入している。
西口では、ちょうどダンジョンの入口が開通していた。
自衛隊や消防が先行してダンジョンに入り、その後、一般の探索者が次々と中に入っていく。
多くの若者が、ダンジョンに向かっていた。
中にはダンジョン攻略の配信をやろうとしている者もいる。
「学生起業団体『ダンジョン&リサーチ』です。
私は代表の井桐です。今日はインスパとムーチューブで同時配信しながら魔物を倒していきたいと思います! ダンジョンで、稼ぐぞー!」
「「「稼ぐぞー!」」」
井桐に続いて数名の女子大生が声を揃える。
ずいぶんと慣れた様子だった。
ダンジョン内で電子機器を使おうとする者は、あまりいない。なぜならダンジョンに入ってしばらくすると、カメラや携帯は故障してしまうのだ。
一説にはダンジョンの高密度な魔力が、電子機器に干渉すると言われている。
(最新機種を使い捨てて配信するつもりか。この学生達はかなり羽振りが良いみたいだね。まったく、ダンジョンバブルだねえ)
ナスターシャはハイエンドなスマホで配信をする井桐達を見て、そんなことを思った。
「そこにいるのはもしかして、ダンジョン研究の第一人者、ナスターシャ教授ではありませんか?」
と、ライブ配信中の井桐が急にナスターシャに話しかけてきた。
「私のことを知っているのか?」
「知っているも何も、昨年、ダンジョン探索をご一緒した者ですよ。帝都大学四年、井桐充です」
ナスターシャは井桐を見て、宗谷ダンジョンで選抜した学生だったことを思い出す。
「……ああ、あの時の君か」
とは言ったが、ナスターシャはあまり覚えていない。
魔力量が少し多い程度の人間など、掃いて捨てる程いる。
宗谷ダンジョンと言えば、もっと気になることがある。
ダンジョンは、《《恐ろしく強力な存在》》――〝魔王〟に蹂躙された。
あれから一年が過ぎたが、未だにその存在の足取りは掴めていない。
あるいは〝魔王〟は――この新宿ダンジョンに出現するのではないか?
ナスターシャは、そんな淡い期待を抱いていた。
「どうです? ナスターシャ教授。我らと一緒に探索をしませんか? 教授の可愛らしい姿を見たら、視聴者も驚きますよ。それから、ダンジョンの解説もお願いしたいのですが」
と井桐がナスターシャを強引に誘ってくる。
女に不自由しない男の、忌々しいまでの自信と余裕が溢れていた。
しかもナスターシャは、ダンジョン探索のアドバイザーとして、政府や企業から多額の報酬を得ている。
つまり井桐は二重の意味でナスターシャに厚かましい態度を取っていることになる。
が、ナスターシャはさらりと井桐をかわす。
相手にする価値もないな、と判断した。
「あいにく、ダンジョンは一人で探索する主義だからね。それより……君達の魔力量と、レベルは大丈夫なのかい?」
ナスターシャは適当にあしらうついでに、井桐達に釘を刺した。
ダンジョンでは、こういうチャラついた奴らから先に死ぬ。
探索者がいくら死のうが、ナスターシャの感知するところではない。
が、井桐達はライブ配信をしている。
ナスターシャが関わった探索者がダンジョンで死んだとなれば、今後の研究活動に差し障る可能性がある。
――退屈なリスクは出来る限り排除したい。
ナスターシャは、そう考えているのだ。
そして彼女の予想どおり、井桐は微妙な魔力量を申告した。
「私の魔力量は1390です。宗谷ダンジョンに入った時よりも、遙かにレベルアップしています」
「うーん、悪いことは言わない。やめときなよ。このダンジョンの推奨魔力量は1500だ」
井桐は臆することもなく、話を続けた。
「大丈夫ですよ。問題ありません。俺にはこの魔剣〝雷の十字剣〟があります。魔力量が多少低くとも、問題はありません。
この武器を使うことで、私の魔力量は2000相当まで底上げされます。魔導具で戦闘力を底上げするのは、ナスターシャ教授もやっていることですよね。そのセクシーなバニー衣装で。ふふっ……」
井桐は「ドヤッ!」と言うセリフが今にも聞こえそうな顔で言った。
が、ナスターシャとしてはあまり興味がない。
「へえ……まあそこまで考えているなら止めはしないよ。じゃあ、頑張ってね」
ナスターシャにとっての一番の問題は、自分の発言が動画で配信されていることだ。
これくらい注意喚起をしておけば、井桐達が死んだところで専門家としての役目は果たしたことにはなるだろう。
――ところが。
井桐は、立ち去ろうとするナスターシャの腕をぐいっと掴んだ。
そして強引に話を自分のペースに持って行った。
「と、言う訳で! ナスターシャ教授が一緒にダンジョンを攻略してくれることになりました! 教授、よろしくお願いします!」
――井桐君は今日も元気にイキり倒す。
この後、滅茶苦茶な目に遭うことも知らずに。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
土木業者が開けた穴を通って、ナスターシャ達はダンジョンの中に入った。
暗く細い通路を抜けて数分ほど歩くと、平らで開けた空間に出た。
「ここは……闘技場か。罠はなさそうだ。みんな、入っても大丈夫だ」
ナスターシャもアリーナの中に入り、周囲を見渡した。
アリーナを見下ろすように、観客席がある。今はがらんとして誰もいない。
そしてアリーナを中心として、ダンジョンの奥に繋がる通路があった。
「ほう……これは二手に別れて攻略するダンジョンのようだね」
ナスターシャは初見でダンジョンの正体を見抜いた。
「二手に? 教授、それはどういう意味ですか」
「このアリーナとは別の場所にいる探索者がギミックを操作すると、ここに階層の主が召還される。で、アリーナのボスを倒すと次なる階層への道が開かれる……んだけども」
それ以前の問題が、ダンジョンに発生していた。
ナスターシャは、その問題の場所につかつかと歩み寄る。
「なっ、何なんだ……これは…………!!!」
異常事態だった。
闘技場のど真ん中に、とてつもなく巨大な穴が空いていたのだ。
穴を囲うように「立ち入り禁止」のコーンが置かれていた。
先行した自衛隊や消防が設置したのだろう。
ナスターシャはバリケードを通り抜け、そっと近づいた。
「どう見ても、人為的な穴だ。……有り得ないだろう、こんなこと!」
ナスターシャ我が目を疑う。
闘技場に空けられた穴は、ダンジョンの遥か深くまで穿たれていた。
――ビョォォォオオオオ…………
迷宮の奈落から、黴臭い風が吹いてくる。
ナスターシャは長い銀髪をたなびかせながら、誰に言うでもなく、まくし立てた。
「私も研究者として世界各地のダンジョンを見て来たが、こんなのは初めてだ。まさか、ダンジョンの奥底まで繋がっているのか? これを誰かが魔法でやったのか? 嘘だろ。信じられない。そんな奴がいるとしたら――」
ナスターシャの脳裏に浮かぶのは、宗谷ダンジョンでの光景だった。
「まさか、この新宿ダンジョンにいるのか? 〝魔王〟が……!!!」
そこに、ナスターシャを押しのけながら、カメラを構えた井桐が穴に近づいた。
「見てください! 新発見です! ナスターシャ教授ですら分からない、未知の穴がダンジョンに空けられています! ではリクエストにお応えして、この井桐がもう少し、カメラを寄せてみたいと思います」
「お、おい! 危ないぞ!」
「大丈夫ですよ、ダンジョン探索には慣れているので」
「先輩、頑張ってください!」
女だらけのパーティーメンバーを従えた井桐は気が大きくなっているのか、グイグイと穴に迫る。
そして、その時だった。
ダンジョンの穴から、何かが吹き上がってきた。
魔力、なのだと思う。
ナスターシャは目視でその魔力にどんな属性が宿っているかを見抜くことができる。
が、この時だけは――何も分からなかった。
おぼろげに見えたのは、黒く、妙に嫌らしい気配を纏った〝何か〟だった。
「今のは、何だ……? 黒い……魔力なのか?」
ナスターシャは初めて見た〝魔力〟らしきものに興味を惹かれる。
頭の中にある様々な記憶を呼び出し、それが何であるかを分析しようとする。
が、ナスターシャの思索はブツリと途切れる。
女の叫び声がアリーナに響いたのだ。
「きゃあああああああ!」
ナスターシャはふと穴の方を振り返る。
井桐がダンジョンの奈落に落ちていくのが見えた。
「うわあああああああああああああ――!!!」




