14 ギミック、愚者、元勇者
「なあ久保。ダンジョンって最高だな。金も稼げるし、体も動かしてストレス解消にもなる」
上司である小野寺のセリフに、久保は爛々と目を輝かせながら応えた。
戦闘と殺戮で、やけに興奮した様子だ。
「はい、最高っすね。俺的には、会社をサボれるのが最高っす。あと、合法的に殺しができるのも最高っすわ」
言いながら久保は、「ガボッ、ガボッ」と口から血を吐くゴブリンの腹を割いた。
「うーん、ゴブリンて何でしぶといんすかね? オラッ!!」
――ズチャッ
と鈍い音がしてゴブリンの頭蓋は完全に砕けた。
ゴブリンは断末魔の叫び声を上げ、肉の塊と化した。
「久保、お前ダンジョンの中だとキャラ違うな」
「んなこたないっすよ。ただ少しだけ楽しいだけっす」
「そうか? これぐらい仕事も真面目にやってくれればいいんだが」
少しすると、ゴブリンは魔力の霧となって消え去った。
ゴブリンの死骸は残らず、代わりに「穢れた小鬼の指」がドロップアイテムとして残った。
「うえ、汚ね。これ売れるんすかね?」
と久保が指先でつまみながら、アイテムを革袋にしまった。
「異世界のモンだったら何でも売れるだろ。何つっても今はダンジョンバブルだからな。おう、さっさと次行くぞ。上司命令だ、早くしろ」
二人は、パワハラ上司と部下の関係にあった。
かつて弔木を面接で落とした会社――ドーレイ住宅販売の社員だ。
この二人もまた、電車での移動中にダンジョン化現象に巻き込まれたのだった。
「俺は初めてだが、ダンジョンなんて言われるほど大したことないな。魔法だって簡単に出せるし、魔物も簡単に殺せるだろ。つうか久保。お前もなかなかやるな。ずいぶん殺し慣れてる感じじゃねえか」
と小野寺が言う。
久保は卑屈な笑みを顔に浮かべながら、上司に返事をする。
「俺、実は副業で探索者やってるんすよ。結構楽勝で稼げますよ?」
「おいおい、どうりで身のこなしが慣れてるはずだ。だったら俺もダンジョン探索者で食っていくかな。お前にできて、俺にできねえはずないからな。つーわけで、お前の魔法もっと見せてくれよ」
「いいっすよ。〝吹け、旋風〟!」
洞窟内に突風が吹き荒れた。
久保は風魔法の使い手だった。
洞窟にぶら下がっていた飛行タイプの魔物――〝吸精コウモリ〟の群れが、久保の魔法で一掃された。
「お前、やるじゃねえか! 魔力量いくらだよ?」
「800くらいすかね? これだけあれば、大抵のダンジョンの上層ではやってけますよ。基本、魔物を殺しただけレベルアップするんで、小野寺さんも殺した方がいいっすよ」
ダンジョンの奥の方から大型のネズミが数匹、二人に向かって突撃してきた。
「じゃあ俺もいくぞ! 〝湧け、泥溜まり〟!」
すると、洞窟の下から泥の塊がどばり、と湧き上がった。
ネズミの群れは足止めを食らい、動けなくなった。
その隙に小野寺は距離を詰め、短剣でネズミを切り殺していく。
「俺のは土属性の魔力っぽいな。それにしても、魔法ってこんなに簡単に出せるんだな」
「ダンジョンという異世界が人間の脳を書き換えるとか何とかって話っすね。どこまで本当なのか分かんないっすけど」
「まあ面白いから何でもいいよ」
魔力に目覚めた〝覚醒者〟は、急に魔法というものを理解する。
体内にわき上がる魔力を感知できるようになり、詠唱すべき魔法の一節も《《理解が完了した》》状態になる。
そう、〝覚醒者〟はRPGのプレイヤーにでもなったかのように、気軽にモンスターと戦えるのだ。
しかもこの一年の間で、最適な魔力量の上げ方も確立されてきた。ある程度の才能がある者は、手軽にレベルアップし、探索者として荒稼ぎできるようになったのだ。
そのカジュアルさは多数の一般人をダンジョンへと誘う。
そして探索者は軽率に命を落としていく。
「……あん? 久保。あんなところに通路なんてあったか?」
小野寺は、仕事用のカバンの中から〝火石のランタン〟を取り出した。
赤い炎が周囲を照らす。
確かに照らす先には、奇妙な空間があった。
モンスターと戦闘する前にはなかったものだ。
この場で戦闘をしていたら、いつの間にか現れていたのだ。
「これは隠し通路っすね。たまにダンジョンにあるんすよ、魔法を当てると消える幻の壁とか」
「あーなるほど。さっきの風魔法とかが当たったのかもな。こいつは面白い。行ってみるか」
「うっす」
久保は、小野寺に黙っていたことがあった。
この手の隠し通路は、貴重なアイテムが見つかる場合もあれば、そうでないこともある。
例えば、即死トラップだ。
久保は、パワハラ上司に対して誰もが抱く感情を抱いていた。
――小野寺、死なねえかな。
それが久保の密かなる願いだった。
ダンジョン内では死亡事故は当たり前に発生する。
しかし警察はあまり積極的に介入してこない。
ダンジョンは全ての階層のボスを倒せば、消滅する。
ダンジョンで殺人が起こっても、証拠は完全に消滅してしまうからだ。
(来い、落とし穴! ギロチン! 即死トラップ!)
しかし小野寺が進んだ先にあったのは、行き止まりの壁だった。
壁からは蛇のレリーフが施された、金属のレバーが突き出している。
「なんだこりゃあ……? 動かせってことか?」
「動かせってことっすね。こういうギミックは、割とアイテム落ちて来たりするっすね」
「マジかよ。じゃあアイテムが出てきたら俺の物だな」
(けけけ。それ絶対トラップだわ。死ねよ、小野寺……!)
久保は内心でほくそ笑みながら、上司にレバーを下げさせた。
――ガチャリ。
どこか遠くで何かが動く音がした。
「おい久保、何も起こんねえぞ」
「あれ、おかしいな……。まあ、こんなこともあるんじゃないすか? 何せここは異世界っすからね。次行きましょう」
(くそっ、ただのダンジョンギミックか。どっかに転送でもされんのか? 小野寺、早く死なねえかな)
と、久保が内心で上司を罵倒した時、遠くから若い男の声が聞こえてきた。
「誰か、助けてくれ――!!」
そしてその直後、二人の足場が大きく動いた。
二人はどこか別の場所へと運ばれていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
弔木は、ぽつんと一人、コロシアムの真ん中に立っていた。
「まあ、ここで待っていれば、そのうちダンジョン化も解除されるだろ」
と言って弔木はコロシアムの中央に座り込んだ。
こうなってしまっては開き直るしかない。
今の弔木にダンジョン攻略はできないし、面接の時間はとうに過ぎている。
弔木ができることと言えば、闘技場にしゃがみこんで、ぼんやりすることくらいだ。
「ふう……たまには、こういうのも良いな」
人気がなくなったコロシアムはしんと静まり返っていた。
時折、ダンジョンの深層から吹き上げてくる風の音と、探索者達が戦う音が聞こえてくる。
こうして「何もせずに過ごす」というのは、かなり久しぶりのことだった。
弔木はこの一年、バイトや資格の勉強、面接に明け暮れていた。
フリーターの生活は案外忙しいのだ。
その意味では弔木は、久しぶりに贅沢な時間を過ごしていた。
これで温かいコーヒーでもあれば最高なんだけどなあ。
――と思った矢先だった。
ガゴン! ガゴン! ガゴン!
と闘技場の四方八方に設けられていた通路が閉ざされた。
「……え?」
弔木は、逃げ道を全てふさがれてしまった。
「な、何だ? 一体何が……」
弔木は自らを落ち着かせるために、深呼吸した。
――大丈夫だ。問題ないはずだ。
きっとどこかの階層で、探索者がダンジョンのギミックを動かしたのだ。
それでこの闘技場のゲートが閉じたのだ。
きっと、そうに違いない。
そこまで考えを巡らせた瞬間、弔木はあることを思い出して、絶望した。
「しまった……!!」
どうして忘れていたのだろう、と己の間抜けさに嫌気がさす。
弔木は、かつて〝レイルグラント〟の地で、このダンジョンを攻略していた。
やはりダンジョン化現象は、〝レイルグラント〟の世界と何らかの関係があるのだ。
〝試練の幽牢〟
それが、このダンジョンの名前だ。
これは特殊なギミックがあるダンジョンだ。
パーティメンバーは二手に別れてこのダンジョンを攻略しなければならない。
一つは、コロシアムから伸びる迷宮を攻略するグループだ。
このグループの役割は、迷宮の奥にあるギミックを操作することだ。
もう一つのグループの役割は、ギミックの操作によってコロシアムに出現した、階層の主と戦うことだ。
それゆえ戦力の配分としては、コロシアム側に戦闘向きのメンバーが固められることになる。
だが弔木は今、一人だ。
「や、ヤバい、ヤバいぞ……」
弔木が〝光の勇者〟であったならば、何も恐れることはなかった。
だが今の弔木は、凡人だ。
魔力を持たない、ただの人間だ。
その人間が、魔物と戦わなければならない。
無理だ。
「だ、誰か……」
ゆらり、とコロシアムの端に紫色の淡い光が現れる。
その光は次第に色を濃くし、〝魔力の幻影〟から〝魔力を帯びた実体〟へと以降していく。
敵の名は〝幽牢の闇騎士〟。
弔木の背丈の数倍はある、巨大な甲冑騎士だ。
ジャリ……
幽牢の闇騎士が剣を抜いた。恐ろしく巨大な剣だ。
剣と鞘が擦れる抜く金属音は、死刑宣告のように弔木の耳朶を打つ。
その音だけで、全身が恐怖で震える。
もはや戦う気力などなかった。
勇者である過去を捨てた弔木は、ただ叫ぶことしかできなかった。
「誰か、助けてくれ――!!」




