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短編

無口な彼は花を描く

作者: 驟雨レン




窓から差し込む暖かい日差しが彼と私を照らしている。


(るい)くん、おはよう」

「・・・」

「今日はいい天気だね」

「・・・」


返事がない。どうやら彼はまだ寝ているらしい。

普段から彼はよく眠るため、ベットを占領しているのはいつものことで同棲を初めて2年半、もう慣れたことだ。



彼の顔を見ようと体を屈めばふと目に入るのは彼の隣に飾られている色鮮やかなスターチス。昨日私が花屋で買ったものだ。

初めて買ったが、可愛らしくて綺麗な花だと思う。


なかなか起きない彼を寝室において私は、彼の好きなフレンチトーストを作ることにした。


「累くん、起きないと仕事があるでしょ」

「・・・」


フレンチトーストが完成し、彼を呼びに行く。しかし声は帰って来ない。

もう午前11時を回った。いつもの彼なら起きて、写真でも眺めているというのに今日の彼はとことん無口だ。

そこで私はこの無口な彼の口をどうにか開かせようと様々な策を立てた。


「ほら、フレンチトーストにチョコシロップ私がかけちゃうよ」

「・・・」


作戦その一、いつも絶対に自分でかけたがるチョコレートシロップを私がかける。

彼なら絶対、「僕がトーストの上に猫を描くから僕に任せてよ」みたいに言うはずだ。

チョコレートシロップで絵を描くとか難しいのに彼はとてもかわいい猫を描くのだ。思わず写真を撮ってネットに投稿してしまう。

でも、結果は無言。


しかし、私はめげない次の手だ。


「累くん、絶対に見ないでって言ってたスケッチブック見るよ」

「・・・」


作戦その二、どれだけ言っても私に見せてくれなかったスケッチブックを見る。

彼は絵を描く仕事をしている。

風景と穏やかな表情の人物画に定評があり、その道の人なら知っている人は多い。


私も彼とは絵を通して出会った。


彼はいつも私に完成した絵を見せてくれる。私が、綺麗だとか好きな絵だとか言えば彼は少し照れくさそうに顔をずらしてほほ笑む。

私は彼のその表情が好きだった。


そんな彼が唯一私に見せなかった絵、それはベットの隣の棚の引き出しにあることを密かに私は知っていた。

棚の取っ手を引き、中に入っているA4の分厚いスケッチブックを取り出す。


「累くん、いいの?私、見ちゃうよ」

「・・・」


返事がない。

私は意を決して表紙をめくった。


その時、目に入ったものを見て


────私の頬に暖かい何かが伝った。


スケッチブックに描かれていたのは、若い頃の私。

日付が4年前の3月18日と彼の字で記されている。4年前の3月18日は私と彼が出会った日だ。


どうやら、スケッチブックは彼の日記のようだった。

所々にベゴニアやセンニチコウなどの花や私の絵が添えられている。鉛筆で書かれたのか黒で埋まった紙、それがページをめくるたび赤に染まっていっている。


『3月18日、一目ぼれをした。僕の絵が好きだと言うために遠くからわざわざこんな田舎まで来てくれた女性だ。こんな情けない僕を見ても、ほほ笑んで「大好きだって言ってくれた」明るくて綺麗な女性。彼女の名前は高山 凛音さん。彼女の笑顔をもっと見たい』


喉が締め付けられ声が出なかった。

ポタポタと垂れるしょっぱい涙が私の顔ををぐちゃぐちゃにする。


これじゃあ、彼が好きな笑顔とは程遠いじゃないか。

笑え、私。

同棲したときにそう決めたはずだ。

彼の前では笑顔でいようと。


「累くん、初めて会った時から私のこと好きだったんだね。

・・・私と一緒だよ」

「・・・」


最後の作戦は、彼がもしもの時のために私に渡していた昔のスマホ。


「累くん、スマホ開くよ」

「・・・」


冷え性な彼の冷たい手を掴み、スマホの指紋認証でロックを解く。

開いたスマホのホーム画面は付き合った日に撮ったツーショット写真。


彼のスマホの写真はほとんど私で埋まっている。

彼とともにいるからか、写真の中の私はとても嬉しそうだ。


一枚ずつしっかりと確認していると、一つの動画を見つけた。


『…────凛音さんが作ってくれるフレンチトーストに僕が絵を描いて、それを見て喜ぶ凛音さんの顔が好きだった。ごほっごほっ。凛音さん、体の弱い僕を支えてくれてありがとう。絵を応援してくれてありがとう。すきになってくれてありがとう。愛しているよ、どうか幸せに』


5分近くあるその動画はその言葉で締めくくられていた。

体が弱く、長くはないと分かってながら懸命に生きてきた彼、血を吐き絵が汚れても最後まで描き続けた彼、咳が出て苦しいはずなのに私に明るく話しをしてくれた彼。


「累くん、」

「・・・」


彼は無口な人ではなかった。

むしろ、私の前では明るくよく話をする人だった。


「やっぱり、もう”おはよう”は言ってくれないんだね」

「・・・」


「がんばったね、累くん」

「・・・」


今日は無口な彼。

眠りについた彼の顔はとても穏やかで私の好きな顔だった。














花言葉

スターチス「変わらぬ心」「途絶えぬ記憶」


ベゴニア「愛の告白」「幸せな日々」

センニチコウ「色あせぬ愛」「不朽」


読んでくださりありがとうございました。



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