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Vedete-01:唐突にて(あるいは、ディヌォーヴォなる/乱世發華/真:夜伽草子)

 はぁ、こいつぁ酔狂な御人だねえ……ここいらの、昔の。へぇぇぇ、そんな話を聞きたがるって事は、で、それでもってこのあたしにわざわざ聞きに来たっていうのは。


 そういうことなんだろうねぇ、まあ別に気にはしないよ、はぁ、はぁってそんな感じさね。戦乱、争乱の時代……「騒乱」でもあったと、そう言うしかないような。あの時代のことをねぇ。はぁ、はぁ。


 おっと御免よ、あんたの顔見てたらつまらないことまで思い出しちまったりしてねぇ。いやいやいきなり閑話休題かぁ、じゃあじゃあ、まあまあ夜は長いんだ、ここいらからの夜景を見下ろしながら、地場の酒でも差し合いつつ。


 永い話を始めるとでもしようじゃないかい。


――


謝佳鄙(ジャカビ)二十八年。って言って分かるかい? はぁ、そうそう、そうだぁね。あんた結構知っているじゃあないか。南流湾(ナルベイン)の内海のほど近く、肥沃な地に恵まれた甲疾(コバシル)の小国がひとつ、宇端田(ウパシタ)


 のんびりとした気候、人々の気性も概ね穏やか、だったそうだ。でも安穏で平穏なる暮らしを営んでいたこの国にも、時代の流れだろうかねぇ、戦火の影がちらつき始めて来ていたと。事の発端は諸説あるのは御存知だろう? 隣国の地方領主、輩玖珠(ヤクラックス)家がこちらの支配地において不当な取引をしたとか何とか。それを諫めた李枇ァ梛(リクシアナ)家の当主に対し、非のある輩の側があるまじき難癖、暴言を吐いたとかかんとか。まぁいつの御時世も争乱の口火というものは些細であることが常だぁね。さらには「中央」のいざこざやきな臭い空気が、その時期その時代、この列島全土を覆っていたと、言えなくもないってわけさ。ともかく、


 売り言葉に買い言葉、それも正論に大義を巻き付けたような穂先にて相手をねちねちと突っつき回すという、まあそのやり方もどうかと思うところだけれどねぇ、それがあちらさんの逆鱗を的確(クリティカル)に突き剥がし飛ばしたと。こうなると絶対穏便には収まらないのが女同士のげに怖ろしきところってな奴なわけで。ままならないものならば、いっそ色氣力(シキりょく)を使って奪ってやるわいっていう感じの侵略者の鑑のような精神を持っているが相手方、真衣座(マイザー)の国の風土でもあったと。ま、そんなこんなで双方に飛び散らかった火花が、一気(ヒステリック)に発火して国同士の争いへと。発展してしまったわけ。


 ……「色氣力」のことを知りたいって? さらっと返したってことぁ、あんたそれが何かは分かってるってことだろう? まあいいけれど。


 簡単に言えば「魔法」のような、そんな感じさ。今や顕現できる人間はほぼいないけれど、遥か昔には人々の営みと共に確かに在った摩訶不思議な「力」とも言えるねぇ。


 「色」を意識媒介として、自然や事象に働きかける、例えば火を熾さずして灯りをともしたり、湯を沸かしたり、とか。土壌を醸し、風雨を操り、植物を丈夫にし実りを増やしたり、木石を組み上げ建物を築き上げたり、人や獣の病害疾病を治癒したり和らげたりと。そのような今の人らから見れば、不可思議の力。そして、


 ……無論、平和的利用に用途は限らない。人の世の常って括ってしまえばそれまでだけれどね。


 リクシァナ家にも自衛的組織は一応あったものの、あくまで領土内での自警、不測の事態に対し備えるという立ち位置であってね。対するヤクラのそれはまあ臆面も無い一個の「軍隊」そのものであって、彼我の戦力差は、まあ論ずるまでも無い。で、色氣力を存分に利用した暴虐の限りを尽くす輩どもに、たちまちの内に宇端田の中央、その中枢部までその軍勢をひと時も留めることなども出来ずに、侵攻を許してしまったと。


 宇端田の領内東西を突っ切る寝須府(ネスプ)街道沿いに建造された堅牢たる石造りは三階建ての見上げる威容、両翼を広げた巨鳥を思わせる堂々たる佇まいの自警隊本部が、「今」、急襲を受けた西側から必死で避難をはかる人々のしんがりを務め、猛攻を受け止める文字通り最後の砦となってしまったわけだね。


 ヤクラ側も守るに適したここを落とせばの思いがあったのでしょうな。逃げ惑う領民たちには目もくれずに、その要衝のおよそ百(メトラァ)四方を三千超もの軍勢で取り囲んだわけだ。


 篠突く雨が視界を遮る中、その日の朝から続いた小競り合いの「攻城戦」はしかし、防衛側の采配と踏ん張りが功を奏し、悪天候の影響もあって一時小康の休戦状態。この時代の兵力というのはこと色氣力にすべてが懸かっていると言っても過言では無く、つまりはどんなに鎧兜で武装した屈強な兵士を揃えたところで奔嬢(ヴァズレィ)のひと煽ぎで苦も無く百や二百が持っていかれる世界のお話ってわけ。「ヴァズレィ」知ってる? そうそう、色氣力に秀でた者の呼び名ね。まさに一騎当千。その人数の多寡で戦局ほぼ全てが決まるほどの。


 ……ああ、よく知っているじゃあないか。色氣力は「脳」の機能に影響を受けていると考えられている。それで一般に女性は男性の実に「八倍」ほどの出力・許容量を生まれながらに有してるってね、まあ政治経済のほぼほぼは女性によって動かされてたし、いわんや戦乱の世などにおいては男衆などまさに塵芥(ゴミ)のような存在であったと。あはは、そんな顔するもんじゃあないって。昔の話さ。


 ただしその無敵の能力にも容量(キャパシティ)というものがあって、失われた力を回復するには安静なる時間が絶対に必要だったと。さらにはおよそ一時間(ジクゥム)につき、六(ペルノサント)ほどしか再度充填は出来ないって寸法だから、「大技」をカマした後は長時間に渡って無防備状態の隙を晒してしまうこととなる。その時に身体を張って護衛するためだけに男という存在はいたんだってねぇ。いい時代だったんだろうよ。うらやましい限りさ。


 ともかく此度の「戦」では、先方の硬い守備に業を煮やした攻め方、横暴さでは右に出る者なしと言われたヤクラ家の巨漢悪漢たる重臣、サインバ=ルタ・馬鞭猪(バベンチオ)って奴の功を焦った拙速なる「大技」が、その出を伏して待っていたこちら方の将の狙いすました一撃によりうまくいなされてからは、迂闊に仕掛けた方がハマるっていう膠着状態……陽も沈んだこともあり、翌朝までは双方静観の構えとなっていたわけさ。


 息をひそめ、互いの動向を探り合う、静かなれど張りつめた空気が敵味方合わせて沼の底に落とし込んでいくかのような、そのような雨夜の刻……


 この時は、この場にいる誰もが、そしておそらくは双国の者たち、否、列島に在る者ら、その全てが。


 のちに全土を席巻していく激しき動乱の端緒であることなど、そして急転直下の乱世へ落とし込まれるという厳然たる歴史の語る事実も、ま、知る由も無かったってわけねぇ。そして、


 その正にの分水嶺が、この夜にあったということさえも。その発端が、たった一人の男によって開かれたということさえも……


 さぁて長々しい前口上もここまでにしようか。血で血を洗うが如くに生臭く殺伐としていながら、どこか妖艶にて絢爛たる、「夜伽草子(よとぎぞうし)」の絵巻物の中へと、ご招待するとしようかねぇ――


――


「……この喫緊の折に、何用だッ!! 今がどのような時か、いかな下賤なる貴様でも分かろうものッ!!」


 闇を照らすのは、照度の絞られた「灯り」。色氣力により建屋内部を一様に薄ぼんやりとした明るさに保っているのは、灯りの場所によって敵に居場所を悟られないためである。


 その頼りなく淡い光の中に佇むは、妙に姿勢の良い、身の丈二mはある引き締まった体躯をした黒髪の青年。膝下まで届くばかりの、周りの光を吸収するかのような漆黒色の長い外套を羽織り、その下の装束の一切も全てが黒色。さらにはそこだけが眩く見えるほどの、対照的なる白一色の長剣を佩いている。


「……さなる時ゆえ。司督(しとく)殿に直接お願い申し上げたき事がある」


 地の底より這い上がり響くかのような低音。口許をほぼ動かさず、周囲わずかにしか届かぬであろう抑えた声色にてそう応えた青年の、目元は豊かな黒髪に覆われており、感情を窺い知ることは出来ない。


「……口の利き方を知らんのか? 聞いているぞ、母親の功労により、身の程をわきまえぬお情け『士分(しぶん)』となった下郎が 近頃領内で目に余る所業を働いているとな……」


 その眼前、自らの身体で背後の大扉を遮るようにして仁王立ち、鋭き叱声をぶつけかけているのは……これまた二mはあると見受けられる、鮮やかな藍色の髪を頭頂部あたりで一つに結わえた、褐色の肌をした華奢ながら出る所は出ているという流麗な肢体の若い女性であった。鋭く吊り上がった瞳は野生動物の趣きを感じさせる。身体の線を強調するような伸縮性のある深緑のスーツに首元から下すべてを覆われており、肩に背負った軍服のような詰襟は落ち着いた臙脂色。その前裾をからげながら突き出されたしなやかな右腕からは三十cm(サンクルメトラァ)ほどの細い棒のようなものが伸びており、それはほのかな青白い光を帯びながら、件の若者の喉元に触れんばかりに突き付けられていた。しかしてそれに怯む素振りさえ見せず、泰然とその場に佇むままの青年。双方譲らぬこれまた膠着状態のその、


 刹那、だった……


「……リアルダさん、構いません。この逼迫状況を打破する何かがあるのなら聞きましょう。通しなさい」


 扉の向こうから、柔らかながら凛とした声が響く。その言葉に逡巡を見せたのは一瞬で、リアルダと呼ばれた女性は素早い所作にて扉を引き開けると、入れとばかりに顎をしゃくる……その眼前にいる青年を眼力にて殺さんばかりの目つきにて。しかしてその者は軽く頷きを見せると、何の躊躇も無く室内へと歩み入るのであった。暖色の光が濃い広々とした執務室……だろうか、石畳の中央に設えられたソファに身を横たえた、美しい光沢を見せる銀髪の女性を不敬にも見下ろすような立ち位置にてかしこまるのだが。


「くつろいだ格好のままで失礼しますわ。これより五時間ばかり後の夜明け時には、こちらから討って出る必要が高まっていますので」


 年の頃は三十過ぎくらいだろうか。切れ長の瞳はどことなく物憂げさを醸し出し、整った顔には柔和さと鋭利さが同居しているかのように感じられる。ゆったりとした乳白色のローブのようなものを細いが出ているところは出ている肢体に纏わせており、その細く長い指には大きめのグラスが保持され、中の液体はうっすらとした緑色の光を湛えて持ち主の身体を少し照らしていた。


 ベネフィ=クス・業煉(アクトネル)。此度の争乱において自らしんがりを買って出た、リク家の中でも取り分け上下からの信頼の厚い「智将」であり、色氣力のひとつを究めた者に与えられる称号「淑婦(ヴォーコ)」をも持つ、相当の、いや最強級の手練れである。


「そのことにつきまして、それがしから、『案』を……ご提示させていただければと」


 そのような相手にも全く臆することなく、不遜な物言いながらも、青年は言葉を真摯に紡いていく。男性なんて珍しいわね、お名前は? とのベネフィクスの問いには、


「アザトラ……亜聡南(アザトイナ)=アザトラ。『十八士(じゅうはっし)』にて御座いまする」


 これまた動ぜず平坦な名乗りを上げていくのであった。その背後、戸口辺りで腕組みをしながら様子をうかがっていたリアルダからの、舐めてんのは態度だけじゃないのかェ……という腐った溜息のような声にも、無論動ずる気配は無い。


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