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富裕街リッシュモンド

「問題はこの機械パーツと人の皮膚を融合するときの拒絶反応と劣化進行だな。ここをなんとかしないと」とわたしが言うと、彼女は私を見て頷いた。

「そうね、でもなんとか時間をかければなんとかなるかも」

その時、急に執事が研究室に入ってきた。息を切らして目を血走らせていた。異常事態であることはすぐに分かった。「坊ちゃま、お逃げください」

「どうしたんだ?」

「旦那様が何者かに殺されました」

殺された?私は気が動転した。一緒にいた妹のジールはそれを聞いて息を荒くしていた、それから大きな咳をしたかと思うと吐血した。

「ジール!」

妹の容態は非常に不安定だった。「私にかまわず・・、早く逃げて」

追っ手がみえた。彼らは手に銃を所持していた。

「坊ちゃまだけでも、はやく!」

「そんな、いやだ!」

私はそれから執事の運転する車で小さく丸まっていた、執事も撃たれ、車は建物にぶつかった。私はなんとかそこから抜け出し、ただただ追跡者から逃げた。


――

 富裕街リッシュモンド。

 それは国民の1%を占める富裕層が多く住む街。行き交う人々は洗練され、身なりも整っていた。大手新聞社に勤めるアランはいつもバスを使って会社まで向かう。だが今日はバスが渋滞で遅れているようだったので歩くことにした。途中、貧民街を抜ける必要があった。人々は事件に巻き込まれないようその街を避けて通るが彼はあえてそこを歩くことにした。

 貧民街には多くの飢えた子供たちがいた。食べることに貧したもの、盗みを働くもの、ゴミを漁り売れるものを探してお金を稼ぐもの。

「お金、めぐんでください」

 一人の小さな少女が足早に歩くアランに声をかけた。アランは足を止めた。少女の服はよれていて、髪もボサボサだった。一瞥してから、ポケットに手を入れ財布から札を一枚取り出し彼女に手渡した。それからアランは何事もなかったかのように歩き出した。少女は無言でその場から走り去った。その一部始終をみていた他の子供たちは少女をとらえて札を奪った。アランはその様子を横目に時計をみた。どうやら少し急がないと会社に遅れそうだった。


――リッシュモンドの中央一角に事務所を構える新聞社――

アランがコーヒーを飲みながらくつろいでいると部下のエミリーがやってきた。縁の厚い眼鏡をかけ、いかにも知的な女性だった。

「編集長、明日は大統領選挙特集となりますがよろしいでしょうか?」

「いいよ」

特に興味もなさそうに言った。

「大本命は共生党のジェルマンだろうね」別の男が言った。そして話をつづけた。

「東帝国大学出身。若くして党でも重役を次々こなし経歴もよい。民衆からの指示も高い。きいたところによるとブルトン自動車はジェルマンを推すことにきめたようですよ。エミリーさんはどう思う?」

エミリーはパソコンの入力を止めて言った。

「ブルトン自動車がジェルマンを推すのだから、ジェルマンに決まりでしょうね。投票は自由意志ではあるけれど、自由とは何でしょうね。そもそも平等とは何でしょう。政治家へ立候補するにもお金がかかる。それに…」

二人のやりとりを無言で聞いていたアランはようやく口を開いた。

「誠実で才能がある。素晴らしい経歴。つまり国の代表者に値する。一面はジェルマンをクローズアップしよう。いいね?」


大統領選挙が行われ、おおかたの予想通りジェルマンが大統領に選出された。

町中のテレビで彼の演説が放送された。

「尊敬する国民の皆様へ。我が国は、長年にわたってさまざまな困難に直面し、数多くの課題を抱えてまいりました。しかしながら、我々の不屈の精神と、強い結束力によって、困難を乗り越え、多くの成果を収めることができました。

しかし、我々の国はまだまだ発展途上であり、多くの課題を抱えています。その中でも、貧困や社会的格差が依然として深刻な問題であることは明らかです。そのような状況を改善し、貧しい者たちを救済することは、我々が直面している最大の課題の一つであります――――」

アランは鼻で笑った。貧困であるがゆえに女性は体を売り病で亡くなる、男は盗みを働き、そして牢屋にぶち込まれる。十分な教育も与えられない。与えられたとしても義務的なもののみで富裕層とは差が開くばかり。才能があるから富を得たのか、富を得たから才能があるのか。


 アランは郊外に構える家に帰宅した。小さな一人住まいの賃貸住宅だ。

簡単な食事をとり、自室の椅子に座った。机の上には一体の自動機械が置いてあった。小さくて古い人型の自動機械だ。それはとても精密にできており、電力を供給すると生きているように歩くことができた。

 今日はとても疲れた。新しい大統領が選出されたことで各所との調整が多く発生した。意識がゆっくりと薄らいでいく中でアランは昔のことを思い出していた。

――

彼女は天才だった。私たちは、いや彼女は精巧な機械を作っていた。

それはとても小さいのに自分で歩行することができた。そのようなものをみたことは一度としてなかったのだ。それから私は作り方を彼女から教わった。

私にはその時間が幸せだった。この時間がもっと続けばいいと心の底から思った

――

ジリリ。家のチャイムが鳴った。アランはふと起き上がり時刻を確認した。23時を少し過ぎたころだった。

クソッ。

私は机を思い切りたたいた。振動で小さな人形がわずかに震えた。心地よい夢を邪魔されることはなによりも許すことができなかった。だがすぐに思い直した。なぜなら、我が家を訪問するように指示したのは自分自身だったからだ。


 アランが家の扉をあけると、そこには部下のエミリーが立っていた。エミリーを家に通し、居間の椅子に座らせた。

「それで、準備の方はどうだ?」

 私が確認するとエミリーは計画の進捗状況について説明をしてくれた。おおよそ順調にすすんでいるということだった。私は言った。

「機械兵については私の方で直接準備をする」

 私は腕をめくり、パソコンと腕をコードで接続した。あらゆる情報が頭の中に流れ込んでくる、まるで河川のダムを開けることで溜まっていた水が勢いよく流れだすように。機械兵の数はおよそ200体。これだけを準備するのに一体どれほどの時間がかかったのだろうか。人の能力をはるかに超えた身体能力をもつ彼らがこれだけいれば何だってできる。

うっ。

私は急に気分がわるくなりコードを引き抜く。

久しぶりの拒否反応だった。視界がぐるぐると回りだし、それから吐き気がやってきた。椅子から滑り、床に倒れこむ。

「アランさん!」

エミリーは急いで薬を持ち出し、アランの腕に注射を行った。しばらくすると症状はおちついてきた。

「すまないな、・・・、えっと」

「エミリーです」

「そうだったな。エミリーすまなかった」

機械と融合することによる弊害も起きていた。あまりの情報量の多さに人間の脳の部分が耐えられず重要でないことも重要なことも、多くのことを忘れようとする。特に固有の名前や特徴は大量の情報に押し流されて消えていくのだった。

 アランはゆっくりと足元を確かめるように立ち上がり、それから誰をみるわけでもなく、独り言のようにつぶやいた。

「世界を変えなければならない。命に代えても」


私はジェルマン大統領が開くパーティに出席することになった。

長い間、共生党、とりわけジェルマンをひいきにしてきた甲斐があったというものだ。ジェルマンに関する悪い情報はすべて握りつぶした。スキャンダルを持ち込んだ者がいれば、その者についてジェルマンの秘書を通じて情報提供も行った。そのようにして私はジェルマンに近づくことに成功したのだ。

 パーティには多くの大企業の代表者が出席していた。もちろんその中にはブルトン自動車の代表者もいた。かれらはこぞってジェルマンにゴマをすり、それから友好関係をさらに強力なものにして企業が有利になるよう便宜をはかってもらうのだ。もしくは、国家事業を融通してもらうのだ。

 私は秘書を通じてジェルマン大統領から2分の時間をもらっていた。

「この度はおめでとうございます。大統領閣下」

「君が新聞社のアラン君か」

「素晴らしい演説でした」

 私が言うと彼はにこりと笑って言った。

「私の仕事は公平な国にすることだ。裕福なものもそうでないものも人らしく暮らせる社会だ。勤勉な者にはその対価をしっかり繁栄する。大衆のために生きるということだ」

「素晴らしいお考えですね。記事にさせていただきます。ところで今日は私の友人を紹介したくてやってきたのです」

私は言いながら、エミリーを紹介する。頭を下げ自己紹介をするエミリー。

「腕のよい記者でして、どうですか、なかなかの美人でしょう」

「これはこれは」

ジェルマンの声のトーンが一段階あがったようだった。

「政治、とりわけ共生党の取材を主に担当しております。どうぞお見知りおきください」


私は目的の用事がすみ、すぐにそのパーティー会場から退席をすることとした。しかし出口付近で私を呼び止めた者がいた。

「もしかして、あなたが新聞社のアランさんですか?」

私が振り返るとそこにはジェルマン夫人がいた。

「これはジェルマン夫人。私の事を御見知りいただいていたなんて光栄です」

「もちろん知っております。ですが、どこであなたのことを知ったのかよく思い出せないのです」

「もしかしたら、別の機会にお話ししたことがあったのかもしれませんね」

私にはまったくの記憶がなかった。

婦人はどうやら私にとても興味があるようだった。もしかしたら、私の計画がばれているのかと勘ぐっても見たがどうも私を探るような節はなかった。どういうわけか、話していてもとてもスムーズで、どこか安心させるものでもあった。彼女の人となりが良いのかもしれない。

「そういえば婦人も政治家になられたのですよね?」

「私の場合は夫の経歴を借りたにすぎませんからね」

「なんと。そのようなことをおっしゃる政治家の方がおられるなんて。失礼ながら私はとてもあなたに興味が湧きました」

「このように経歴を隠すことにやましい点がないわけではないですが、それでも私は大衆のために生きようと思うのですよ。手段はほどほどにして、目的を達成することにしか興味がないのです」

私はなぜジェルマン夫人がこのような話をしてくるのかについて考えた。私に妙な親近感をなぜか抱いているせいなのか、それとも、ただ自分の考えを宣言してうぬぼれているのか。いづれにしてもそれはとても不用心だ。特に新聞社の人間に話すような内容ではない。

「そうですか。どうやら私たちは失礼ながら、性格というか考え方が似ているように思えます。私も大衆のために生きたいと考えています、手段はほどほどにして」

「アランさん、公平な世の中の礎になろうと本気で思っているのですよ、私は」

あなたには無理です、とアランは思った。ジェルマンというとても心地の良い環境に身を置くあなたには到底無理です。

私は時計を確認してから言った。

「おっとすみません。これから仕事がありまして。お声がけいただいてありがとうございました。それではまたの機会に」

アランはそう言ってパーティー会場を後にした。


翌朝、私はオフィスの自室にエミリーを呼んだ。

「で、昨日はうまくいったのか?」

「はい。あの男は少しわきが甘いように思えます」

「君の腕がいいのでは?」

私は彼女が差し出した情報を確認した。必要な情報がそろいつつある。長年の計画が実を結ぶときがやってくるのだ。

「アランさん、お願いがあります。私の体も機械と融合させてください。少しでも役にたちたいのです」

「なに?」

私はエミリーの顔を見た。エミリーの表情からどうやら本気であることがわかった。彼女は本気で私の計画に賛同してくれているようだった。

「お前は何を言っている。ダメだ。そのような余裕はない」


計画実行の日――

「父は経済的に恵まれない大多数の人々の支持を受けて、政治界への参入を狙っていた。父は貧民たちも含めた本当の平等を実現させたかったのだ。それが目障りだったのだろう。私の父は殺された。誰にやられたのか?もはやそんなことはどうでもよい。私たちは今日、この手で本当の公平な世界を手に入れるのだから」

事はすべて順調に運んでいた。200体もの機械化された人間が一気に政府中枢を武力により制圧、それから独立政権を樹立、もっとも公正な国を築くのだ。


 だが計画はうまくいかなかった。機械兵200体は相手の機械兵にことごとくやられていった。それは全くもって予想をしていなかった事態だった。

「どうなっているんだ。このようなことがありえるわけがない。政府が我々をはるかにうわまわる数の機械兵を用意しているなんて話はどこにもなかった」

アランは仲間が順次やられ、あるいは拿捕されていく中、一室に隠れていた。机を思い切り叩いた。機械の腕の威力により、それは真っ二つに折れた。ジェルマンにしてやられたということなのだろうか。すべて手のひらで動かされていたのだろうか。私は父と同じようにしてやられたということだろうか。

 私はそれから仲間にできるだけ遠くに逃げるように伝えた。この計画はすべて失敗した、と。これ以上の犠牲は不要だと伝えた。エミリーだけはそれに異を唱えた。

「私は最後までこの理想の実現まであきらめない。かならず平等の世界を実現させたい」

「ばかをいうな。お前ひとりではなにもできない。とっとと出て行くんだ。もう君に用はないのだから」


 私が逃げる行く手にも一体の機械兵が待ち構えていた。私はこの機械兵をつぶすことにした。機械兵は私の速さと互角、もしくはそれ以上の速さを持っていた。そしてそれは完全に人と機械が融合しているかのようだった。その強さは生身の人間では太刀打ちできないことは確かであったが、ようやくのことでその機械兵の動きを止めた。アランも機械兵についてはよく理解しているのだった。そして、私は一体だれがこれを行ったのか、明確に理解していた。

 ポケットに忍ばせた小さな古い自動機械を見つめた。体中にあつい鼓動が脈を打ち、頭が何も考えられず情報で飽和していた。私はそれを叩き潰した。おおきな音を立ててそれを構成していた金属の破片が飛び散った。

手が震え、唇が震え、足が震えた。

「ああ!!あああ“あ”…!!!」

私はそれから金属の破片を一つずつ拾い上げた。


ジェルマン邸――

「奥様。おおよそクーデターに加わったものの始末、もしくは逮捕が完了しました。まだ何名か仲間がいるようですが時間の問題かと」

「機械兵はどうなっているの?」

「300体いるうち、1体は相手に破壊されたようです」

「そうですか」

婦人はそういってから、窓際の男に目を向けた。

「ところで、そこのあなた。一体そこでなにをしているのかしら?」

男は深く帽子をかぶっていた。だが、自らの身を完全に隠すつもりは最初から無いようにみえた。

「あなたのやり方は間違っている」

「その声はアランさんではないですか?」

私はその問には答えなかった。彼女の護衛の者たち数名が銃を持ち、その銃はすべて私に向けられていた。だが私は特にそれを気にしたりはしなかった。

「この世界は腐敗している。古くに作られた民主主義は崩壊した。一部の富裕層だけが儲かる世界。そして、大衆が富裕層に仲間入りすることもない。まるで使用人と奴隷の世界だ」

「その通りかもしれません」

「あなたは公平な世の中の礎になるといいましたね。でもそれは無理だ。あなたが人である限り。人は子孫のために利益を独り占めにするものだ。その積み重ねによって人々は富める者とそうでない者に二極化する」

「だからこそ私は政治に機械人の導入を考えています。彼らが人の価値を正しく見直す社会を作り出すでしょう。完全に人にとって平等な社会です。今その途中なのです」

「そうか、ジェルマン夫人。君がそれを達成することを心から祈るよ」

私はジェルマン夫人、いや、ジールにかけてもいいと思った。彼女ならできるのかもしれない。私はゆっくりと銃をポケットから取り出し、彼女に銃口を向けた。すぐにいくつかの弾丸が私の体を貫いた。機械化された私の体であっても、さすがに耐えることはできなかった。

私はそのまま床に倒れこんだ。

 だれかがジェルマン夫人に銃を放った。何発かが彼女の体を貫いたようにみえた。

「私は、あなたたちを許さない。絶対に」

「エミリー…。なにを」

私は手を伸ばした。すぐにエミリーの体にはいくつかの穴が開き、そのままゆっくりと倒れこんだ。高価な絨毯を赤黒い血が染みていった。エミリーはすぐに息絶えたようだった。私にとって、それは少しの救いでもあった。ジールをみた。彼女もエミリーと同じように息絶えるはずだった。しかし、彼女は平然とした顔でそこに立っていた。

「まさか・・・」

彼女の破けた服の隙間から金属的な光沢がのぞいていた。額には少しの陥没ができていがきれいな肌のままだった。彼女の体はどうやら『すべて』機械化されているようだった。私は息絶える中でただその様子を凝視した。そしてようやく理解したのだ。彼女は私との約束をうらぎったわけではなかった。それどころか、約束を現実のものとするためにただそれを追い求めたのだった。まるで、自動機械の人形を作ったときのように。アランはゆっくりと目を閉じた。その生命活動は停止した。

 彼のポケットに除いていた小さな自動機械をジールは取り出した。ただそれをジールはじっとみつめていた。それが一体何であったのかを思い出そうとしているようだった。


――

「お父さん、彼女はすごいんだよ。とても頭がいいんだ」

男の子は言った。その子の父親が私に尋ねた。

「そうか、お名前は?」

私は答えることができなかった。名前が分からなかったのだ。それから何度か彼らと顔を合わせた。そしてどうやら彼らが私を引き取ることになったようだった。

「君のような子が社会には必要だ。今日から君は私たちの家族だ。名前はジール。幸せになるようにという意味だ。いいかい?」

私はただ頷いた。そしてとても楽しい生活が始まったのだ。そして私たちは未来を語り合った。彼は言った。

「人が真の意味で平等になる世界を目指したいんだ」

「それがアランの願いなの?私も一緒に叶えるよ」

彼はにこりと笑った。その笑顔に私は恋をした。



おわり


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